愛を試すのもほどほどに~殿下は氷の令嬢の心をどうしても知りたい~

古芭白 あきら

第1話 ガトー殿下の憂鬱

「なあ、ロッシェ」


 何やらずっと悩み塞ぎ込んでいた我が主人あるじガトー殿下がにわかにクルッと私の方に顔を向けてこられました。


「何でしょう?」

「イアリスへの贈り物は何が良いと思う?」


 まあ、殿下の悩みの種などイアリス様の事しかありませんね。


 イアリス様とはクーム伯爵のご息女で、ガトー殿下の婚約者として選ばれたご令嬢です。政略結婚ではあったのですが、殿下はお見合いの席で彼女に一目惚れしたのです。


「ああ、寝ても覚めてもイアリスの事が頭から離れんのだ……いや、風呂でも食事でもトイレでも、なんなら息をしても彼女が気になる」


 いえ、一目惚れなど生ぬるい表現でした。

 一目ベタ惚れと言うべきですね、これは。


「今この時、私と同じようにイアリスも呼吸をしているのかと思うと運命を感じる」

「生きとし生けるものみな息をしていますが、殿下の運命の相手が余りに多すぎやしませんか?」

「ロッシェ、それは不粋ぶすいと言うものだ」


 私の迂闊な指摘に殿下が僅かにムッとされました。従者たる者なら主人の意を汲むべきなのかもしれませんが、どうにも私は一言余計なようです。


「お前からは私がさぞ滑稽に見えるだろうな」


 自覚はあったのですね。


「だが、それでもロマンは大切だ」

「ロマン……で、ございますか?」

「そうロマンだ!」


 立ち上がり両手を大仰に広げる殿下の芝居じみたお姿からは想像できませんが、こんなでも普段は沈着冷静な良く出来たお方なんですよ。ホントに。


「ロッシェとて好きな相手が自分と同じ事をしているのではないかと想像するだけで胸が高鳴るだろう?」


 それは想像ではなく妄想では?


「さあ、お前も自分の好きな相手を思い浮かべてみろ」


 そう仰られても私には懸想けそうする相手はおりませんが?


「食事をすれば彼女は同じものを食べているだろうかとか、風呂に入れば今ごろ彼女も風呂に入って……グフッ……トイレでは……ゲヘヘヘ……」

「変態ですか」


 ホントに普段はご立派な王子なんですよ?


 まあでも、イアリス様がお相手では致し方ございませんか。


 氷のように白銀に輝く髪シルバーブロンド、清涼感のある澄んだ青い色アイスブルーの瞳、抜けるような白い柔肌はまるで汚れのない白雪スノーホワイト――数々の男性を惑わしてきた絶世の美少女なのですから。


 物静かで振る舞いも落ち着いていて美しい。

 学園での成績も優秀と聞き及んでおります。


 顔良し、頭良し、性格良しの天から何物も与えられた奇跡のご令嬢――それがイアリス・クーム様なのであります。


 だからこそ伯爵令嬢でありながら未来の王妃候補として抜擢されたわけですが。


 唯一の欠点は作り物の如く完全な無表情くらいでしょうか。


 白い外見と感情の温度を感じさせない美しい顔から付いた通り名が『氷の令嬢』。


 殿下と婚約するまでは、誰がその氷を溶かすのかが社交界でぶっちぎりのホットな話題でした。


「ああ、イアリス、イアリス、イアリス、イアリス、イアリス!」

「また発作が」

「イアリス、君はどうしてイアリスなんだ!」


 イアリス様を想像して殿下がまた壊れてますよ。


「それより贈り物を選びませんか?」

「むぅ、確かにそれは最重要事項だ」


 もっと重要案件はあるとは思いますが、賢明な私は何も申しませんよ?


「だが、彼女が喜んでくれそうな物を選ぶのは至難……そうだ、選ぼうとするからいかんのだ」

「贈り物を諦めるのですか?」

「そうではない。国中のありとあらゆる宝物を買えばいいのさ」

「バカですか。国庫が空になってしまいますよ!?」

「イアリスに微笑んでもらう為なら国庫を空にしたって構わない!」

「構いますって!」


 あの堅物だった殿下がここまで壊れるとは。


 恐るべきイアリス様。

 まさに傾国級の美少女です。


「落ち着いてください。国のお金を浪費したらイアリス様はむしろ殿下を軽蔑されますよ」

「むぅ、確かにイアリスは貴族としての気高さと聖女の如き慈愛を兼ね備えた素晴らしい女性だった」


 贈り物で国を潰すとか勘弁してください。


「以前贈られたドレスに合わせてイヤリングかティアラなんかどうです?」

「ホントにそれで良いと思うか?」

「きっとイアリス様も喜ばれますって」

「ホントにホントか?」


 しつこいですねぇ


「殿下の贈り物に喜ばぬはずありません」

「いや、だって前のドレスもぜんぜん嬉しそうにしてくれなかったぞ?」

「嬉しそうも何もイアリス様は表情が全く変わらないではないですか」


 そもそも『氷の令嬢』は微笑むどころか表情筋がピクリとも動かないのです。


「もしかして私の贈り物は迷惑だったのか?」

「別に誰に対してもイアリス様の表情は変わりませんよ」

「それはつまり、イアリスにとって私はその他大勢と同じ!?」

「嫌われるより良くないですか?」

「ロッシェ、それは違うぞ!」


 オブジェクション!

 叫んで殿下が机をバンバン叩く。


「好きの反対は無関心なんだ。好きも嫌いも関心のある裏返し、まずは私に興味を持ってもらわなければ」

「それじゃ、贈り物を大量の虫にされますか?」


 一発で嫌われること請け合いです。


「それではイアリスに嫌われてしまうじゃないか!」

「無関心よりはマシなのでしょう?」

「まず好かれる方法を先に考えろよ」


 めんどくさい人ですねぇ。


「好かれるより嫌われる方が簡単なんですが」

「私はイアリスに嫌われたくない!」


 わがままですねぇ。


「ロッシェ、面倒な奴とかわがままとか思っただろ」

「まさか、そんな事は……」


 考えまくってましたよ。

 何ですかこの人、私の思考を読めるんですか?


「お前の考えている事などすぐに分かる」


 ちょっと止めてくださいよ。


「お前とは長い付き合いだからな」

「そんな洞察力があるのにイアリス様のお気持ちが分からないのですか。婚約者でしょ?」

「こういう以心伝心は、お互いの気持ちを理解していなければできんものだ」


 私が殿下と気持ちが通い合っているって言うんですか?

 やめてください気持ち悪い。

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