第8話 黄泉に呼ばれし者

 カランと石が終わりを告げるように崖上から落ちてくる。

 崖下の川岸は土砂によって小山が出来ていた。小山によって本来の流れを堰き止められた川は反対側に蛇行して流れていく。その水の流れで小山は横から削られていく。

 古来より続く水と土の鬩ぎ合い。いずれ均され新たな川の流れとなる。

 世界は廻り流れる。

「ふう~なんとか助かったな。

 掘り起こしてやろうか?」

 小山のてっぺんに立つ俺は横で土砂に体が半分埋まった山伏に問う。

「放っておけ、無駄だ。

 私もやっと黄泉に行ける」

「なああんたなんで根の国なんかに仕えよう何て思ったんだ?

 そういう血筋なのか?」

 話を横から聞いた感じでは根の国は日本神話にある死者の国のことなんだろうな。姫さんも葦原とか呼ばれていたし、神話の時代の住人なのか。

「どうせ最後だ、人と会話をするのもいいだろう

 生まれも育ちも平凡な凡人だ」

 取香は怒りも喜びも無く淡々という。

「だったら素直に街で人生を謳歌すればいいじゃないか。

 世界は美に溢れているぜ。俺は生きている内にその美を全て見たい。死んでる暇なんか無いぜ」

 未だ御簾神を開ける美に出会ってないが絶望は無い。世界のどこかにあると信じて俺は世界を冒険する。

「若いお前には分からないかも知れないが世の中には人の世に絶望する者もいる。そうした者達にとって黄泉の静寂なる美しさにどうしようもなく心惹かれるのだ」

「美しいのか?」

「ああ、美しい。

 この世の何よりも心に平穏をもたらしてくれる」

 土砂に埋まる男の目は俺と同じ色をしていた。

「黄泉の救済、それだけを求める」

「どうやったら見れるんだ?」

「生き足搔き心の絶望に辿り着いた者だけに黄泉の神が垣間見せてくれる。そこで根の国の者として忠誠を誓えば、使命に殉じた果てに招かれる」

「そうか、なら俺にはまだ無理そうだな」

 俺が絶望するのはまだまだ遠い。

「さあ、もう行くがいい。残りの時間は独り心静かにしたい。

 若者よ生き足搔け、その果てにお前は誰に呼ばれるかな」

「まっ美貌の女神に呼ばれることを祈っていてくれ」

 これ以上この男の最後の時を邪魔してはいけない。俺はその場を静かに離れていくのであった。

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