文通(1)

翌日の昼過ぎ、約束通りロビンが家を訪ねてきた。叔父が鼻歌を歌いながら庭に生えているミントとレモングラスを使ってハーブティーを淹れている。叔父は家庭菜園が趣味で、当初裏庭の一部分にしかなかった畑が庭の芝生を侵食し、前庭までじわじわと領地を広げている。野菜や果物を育てることに関しては大いに結構だが、裏庭に大量に生えているハーブをモニは非常に忌々しく思っており、叔父が家を空けることでもあれば火を放って焼いてしまおうかと思っている。もともと鉢に植えられていたものが、叔父が模様替えをするとか何とか言って鉢を運ぶ際に転んでしまい、裏庭にぶちまけてしまったのだ。きれいに片づけたと思っていたが残党がいたらしい。それから幾ばくも経たないというのに裏庭を占領しつつある。恐ろしい生命力だ。

叔父がポットを覗いて蒸らし具合を確認しているのを尻目に、モニは鍋に牛乳とシナモンを入れて火にかけた。

「どうぞ。それで、何に困っているのか話してくれるかい?」

「困ってるというか、困ってはいないんだけど……」

ロビンはお茶を冷まそうと何度かコップに息を吹きかけてから話し始めた。

「昨日ね、僕、猫というか、猫が持っている手紙を追いかけていたんだ。」

「手紙?」

「うん。猫の首輪に手紙を挟んでおくと、返事が返ってくるの。だけど最近返事が返ってこないからどうしよう、って思って。」

猫を介した文通とは。少年のくせに、なかなか味のある趣味じゃないか。とモニは感心する。叔父も同じことを思ったようで、へえ、と目を見開く。

「いつから文通しているの?」

「2か月くらい前かな。うちの近くをよくうろうろしてる猫がいるんだけど、妹が首輪をつけたの。外そうとしたら妹が泣くから、とりあえず着けておいて、次会ったときに首輪を外そうと思ったんだ。2日後くらいかな?またうちの近くに来たから近づいたんだ。そしたら手紙が挟まってて……。」

ロビンが言うには、猫自体は少なくとも1年以上前から街に住み着いているらしい。恰幅の良い白黒の猫で、前足の先が二本とも靴下を履いたように黒くなっている。特徴を聞いて、ああ、あの猫かとモニも思い当たった。民家の塀の上を歩いているのを見かけるたび、あの体格でよく落ちないものだなと感心したのだ。ロビンの妹たちがたまに餌付けしているようだが、でっぷり太り具合を見るに他にもパトロンがいるのだろう。だが、2週間前に叔父と買い物に行った際にもその猫を見た気がする。首輪なんて着けていたっけ?とモニは首をかしげる。

「白い首輪だからあんまり目立たないんだ。お母さんが今洋服を作ってて、余った布で妹が編んだの。」

「そうなんだね。そういえば、お母さんの体調はどう?」

「良くなってきたって言ってる。おなかも大きくなってきたよ。お母さんはよく動くって言うけど、触っても分かんなかった。」

ロビンには6歳の妹と3歳の弟がおり、4か月後に兄弟が増える予定だ。ロビンの母は衣類の直しを生業にしており、叔父もモニも懇意にしている。叔父は趣味の園芸中にものすごい頻度で服を柵やら枝にひっかけて破くのと、モニは成長期なので服のサイズを直すのとでよくお世話になっている。快活な女性で、モニにちょっとした裁縫の基礎を教えてくれたりもした。「僕が自分で裾直しできるようになったらお仕事減っちゃうんじゃないの?」と言うと、「あんたの叔父さんからの依頼だけで私ら5人食っていけるよ。」と笑っていた。そんな彼女が4回目の妊娠にして初めて悪阻を経験し、ここ数か月寝込んでいたのだ。折悪しくロビンの父親はトウモロコシの収穫のため忙しく、近所のご婦人たちが買い物や家事を手伝っている。叔父も何度かハーブティーを調合して届けている。

「お裁縫できるまで回復したんだ。良かった。先週ローズヒップのお茶を届けたとき、少し元気になったかなって思ったんだ。」

モニが言った。叔父もうんうんと頷いている。

「ロビンのお母さんに会えないのは寂しいよ、直しに出す僕の服がどんどん溜まってモニからの視線が痛くって……」

「もうちょっと気をつけて作業しろって、僕、何回も言ってますよね。少し元気になったからって、相手はこれから赤ちゃんを産むんですよ?依頼なんて絶対だめです、ちゃんと休んでもらわなきゃ。」

「ゔ、モニは正論を言うね……。でも正論では僕の服が減っていくのを止められない……。」

「裸で作業したらいいんじゃないですか?洗濯も要らなくなって僕は楽ですけどね。」

モニと叔父が言い合っているのを見ながらロビンはハーブティーに口をつけ、顔をしかめた。

「お母さんが寝込んじゃう前に、赤ちゃんの服を作るために布とか色々準備していたの。その切れ端を妹が貰って編んで首輪にしたんだ。白い布、クリーム色のリボン、白いレースを三つ編みにして。首輪を外そうとしたら小さい紙が挟まってて、『きれいな首輪ですね』って書かれてたんだ。びっくりしてるうちに猫はまたどこか行っちゃって、だから僕は手紙を持って家に帰ったんだ。」

「差出人の名前は書かれていなかったんだよね。」

叔父が尋ねる。

「うん、『きれいな首輪ですね』って、それだけ。」

「持ち帰った手紙はどうしたの?」

「うーん、最初は妹に見せようかと思ったんだけど、誰にも見せてない。」

「それはどうして?妹に教えたら喜ぶんじゃない?」

「そうなんだけど、あいつ絶対返事書くって言うだろうし、まだ上手く字が書けないから僕が書くことになるだろうし、もし返事がなかったら泣くだろうし……」

「それで?」

「猫が運んだ手紙だよ?返事なんて帰ってこないと思ってたし、だから言わなくていいかなって……」

「本当は?」

「うるさいな、僕だけの秘密にしようと思ったの!」

ロビンがむくれる。ごめんごめんと笑いながら謝る叔父に、モニは冷ややかな視線を向けた。

「本当に性格悪いですね。自分が経験ないからって他人の青春を茶化すなんて、こんなんだから嫁の来手がないんですよ。ほんと、世の女性は見る目ありますよ。」

「モニ最近姉さんに似てきてないか?口の悪さが。」

モニは温まった牛乳にはちみつを少し垂らし、カップに注ぐ。ほとんど減っていないロビンのハーブティーと交換した。ついでに自分の分も用意する。

「手紙の現物、ある?」

モニがロビンに尋ねる。幸せそうにホットミルクを飲んだロビンがうなずいて、ポシェットから小さな紙の束を取り出す。

「これで全部。」

大きさがバラバラな20枚ほどの紙が、丁寧に折り皺を伸ばされた状態で束になっている。

『きれいな首輪ですね』

『あなたの飼い猫?』

『たまに。太っているから飼い猫だと思っていました』

小さな紙に、たどたどしいながらも丁寧に書かれた文字が並んでいる。やや丸みがかった文字、バランスの取れた単語間の余白を見るに女の子が書いた文字のように思える。

「どういう話の流れか説明してもらっていいかな?」

ロビンが書いた手紙は当然ないので、会話を補完してもらう。

「うーん、書くもの貸してもらっていい?細かいところは覚えてないけど大体こんな感じだったと思う。」

ロビンが紙束を見ながら自分の送った内容を書き出していく。この年にしては達筆だなとモニは思った。

『ありがとう。妹が作ったんだ。』

『野良猫。あなたも餌をあげてるの?』

『近寄っても逃げないしね。』

ロビンが書き出した内容と、手紙の内容を突き合わせてみる。

とりとめのない話が続いている。ロビンの方は、妹と喧嘩をしたこと、ある日夜中に目を覚ますと父親が玄関で寝ていたこと、大きくなったらもっと上の学校に行きたいことなどを書いて送ったようだ。相手の方は父親が遠方で働いておりなかなか会えないこと、最近食卓にブドウが出て嬉しかったこと、猫を飼いたいが母親が許してくれないことなどを書いている。当初は5㎝四方の紙切れに一言二言だったのが、日を追うにつれ紙が大きくなっていく。そんなやり取りが十数往復もした頃だろうか。相手からの手紙の様子が変わってきているのを感じた。

『お家にいつも家族がいるって、いいな。私のお母さんは最近よくいなくなるの。お父さんに会いに行っていると言うけど、どうして私を置いて行くんだろう?本当にお父さんに会っているなら、お父さんから私にお菓子か手紙があってもいいと思う。』

『雨が降る前に手紙が届くように、急いで書いています。お母さんは天気が悪くてもどこかに行ってしまう。最近あまりお話してくれない。私にも兄弟がいたらいいのに。兄弟が増えるの羨ましいな。トウモロコシはそろそろ終わりますか?』

『お母さんは私を邪魔だと思っているみたいです。あなたはきっとそんなことないよと言うだろうけど。家の中で他人と話すのはこの手紙だけかもしれない。寂しい。』

そして最後の手紙は以下のような内容であった。

『会いたいです。3日後、教会の明かりが消えた後、スミソナ池の隣の農具小屋に来てくれませんか?』

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