異世界転生未満

狩野緒 塩

第1話 一瞬違う世界に居た気がする。

 買い物の帰り道にド田舎の歩道を歩いていたら、向かい側を走ってきた中型トラックが僕の歩いている歩道まではみ出してきた。


 身体はとっさに動いたため避けられたが、僕はバランスを崩して田んぼの中に落っこちた。


 見ている世界が斜めになって、身体に大きな衝撃が加わる。

 

 冬の午後六時はすでに暗いからなあ。反射材つけてても見えなかったんだろうな――。


 そんなことを考えつつ、どこか打ち所が悪かったのか、パソコンがシャットダウンするみたいに意識がフェードアウトしていく。



 光を感じて、目をゆっくりと開ける。


 ぼやけた世界が鮮明になると、目の前に耳のとがった美女の顔が見えた。大学でもテレビでも、今まで見たことがないくらいの美人である。


 僕はその美女をぼうっと見つめる。髪は艶やかな栗色で、淡い水色のドレスを着ている。シルクってあんまり見たことないけど、多分こんな感じだろうな、という滑らかで着心地の良さそうな素材でできた服だ。


 目は丸くて優しげで、新芽みたいなきれいな黄緑色。聞いたことのない旋律の歌を気持ちよさそうに口ずさんでいて、顔の角度から見るに、僕の頭を膝に乗せて優しく撫でているようだ。


 ……僕の頭を膝に乗せて優しく撫でている!?


 膝枕という代物をあまりしてもらったことがないため、つい僕の心の声が大きくなってしまった。取り乱して失礼した。


 それにしても、聞いたことのない旋律だけど不思議と心地よい。空は晴れていて、そよ風が頬を撫でるように吹いている。


 これは、僕が都合の良い夢をみているんだ。きっとそうだ。僕には分かる。


 あ、エルフっぽい耳のとがった美女が僕の顔を見た。綺麗だなあ。


「gEあ§*▽d」


 うまく聞き取れない。頬をペチペチ叩かれる。


「あ、あの、すみません」

 耐えられなくなって、僕は声を発した。


「k◎Σr△…………あー、あー。失礼しました、f-12の言葉にチューニングしました。貴方はここで倒れていたのですよ、お体の調子はどうですか?」


 身体の調子はすこぶる良い。


「あ、大丈夫、です」


 僕がコミュ障を発揮して答えると、暫定エルフ美女が眉間に皺を寄せた。眉間を寄せても美しい。


「f-12…………? 待ってください、もしかして貴方は連絡にあった転生者? あなたには、死の記憶があるのではないですか?」


「言われてみると、そうかもしれないです」


 僕の答えを聞いて、暫定エルフ美女の顔色がさっと変わった。それにしても、f-12ってなんだ? 転生者?


「やっぱり転生者なのですね! どうしましょう、本当に現れるとは! えーと、対処法は、確か気絶させること――――」


 え、気絶? 何を? もしかして、僕を――――?


「◇^:▼⊿」


 その瞬間、雷に打たれたような強い衝撃が僕に走った。暫定エルフ美女が何か呪文を唱えたらしい。

 いつの間にか暫定エルフ美女は身長ほどもある長い杖を取り出していて、見ると、その杖の先から僕に向かってバチバチと電流が流れている。


 痛い! めっちゃ痛い! なんだこの夢は!? 都合の良い夢と言ったが前言撤回! 


 悪夢だ、これは悪夢だ。それにしたって、なんで僕は暫定エルフ美女に電流(のようなもの)を浴びせられているのだろうか!?


 僕の口から、聞いたことのないくらい悲痛な叫び声が上がっている。頼むから早く終わってくれ、と心から願う。


 目の前が揺れる。ああ、これは自分の身体がのたうち回っているんだ。


「よし、そろそろですかね」


 暫定エルフ美女は、まるで料理をして揚げ物をあげているときのような台詞を呟いた。

 それを聞いた瞬間、視界に大きな火花が散って、僕の意識はまたフェードアウトしていく。


「……に転生……ば連絡…………いと……」


 暫定エルフ美女が何かを言っているが、もう聞き取れない。






 

 

 

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