異世界オカマ無双

えびもっちーん

プロローグ オカマ参上‼

 ボブカットに整えられた金髪は滑らかな絹を、鮮やかな瞳はエメラルドの宝珠を、そんな一幅の絵画さながらの美しさを誇るわたくしは、デュアリティ帝国の第一皇女であるクリスティーナ・ロンリー・ガーネットだ。


 今そんなことはどうでもよくて――わたくしの容姿はどうでもよくないが、まず断言しよう。この国は武力に関し極めて軟弱だということを。そうでもなければこの状況を説明できまい。


 皇女である――傾城傾国かつ絶世の美女である、このわたくしの部屋に誰かが跳梁跋扈しているという事実を。


 帝都のど真ん中に位置する城のてっぺんに私室があり、その扉から黒ずくめの不審者が這入ってきた。まるで音すら無に帰すような歩行術で窓際のベッドに向かってくる。


 影がゆらゆらと揺れるように外套もなびく。


 そして、枕元に立ったソイツは不気味に顔を歪めた。


 ――いやー‼ 怖いっ、誰か! 衛兵! お兄様ー‼


 まるで金縛りになったかのように体が動かないわたくしは胸中で叫ぶことしか出来ない。できたとしても、喧嘩すらしたことがないため結果は変わらないことなのかもしれないが、それでも生きたいという思いは生きとし生けるものとして当然の本能。

 自殺や自死を望む者でも生きたいという欲求は必ず胸のどこかにあるはずだ。しかし、それ以上に死にたいと思ってしまうから、本当に悲しい結末なのである。


 そして、わたくしは死にたいと微塵も思わないため、これは正真正銘ただの悲劇。死の影がすぐそこまで迫ってきているのだ。今も逼迫しているのだ。


 ――この国の軍は何をしていますの? 寝ている? この私を守らずに⁉


 ならば全員解雇してやろう、即刻。

 そんな心情も誰にも伝わらないで人生と共に終わるのか。そう考えただけで涙が溢れ出てくる。大好きなお兄様はまた旅に出てしまったし、今度は魔王を倒すなんて言っていた。そんな事情なんて知らないわたくしは凄いと寂しいしか分からないのに。


 ――――死が近づく。


 辛酸な最期ではなく、幸福な最期であったなら――どんなに良かったことか。

 わたくしは死を受け入れた。振り上げられた銀光は一筋の線となって身体のどこかを貫くのだから。


 ふと、パリッと玻璃に亀裂が入る音がした――気がした。


 「――――――オカマ参上‼」


 バリーンッ、と城内に響き渡る窓硝子の炸裂する甲高い破裂音が静寂なる夜を貫く。月光をキラキラと反射させ、光の欠片となって舞い落ちていく硝子片は幻想的で夢のような情景。


 想定外の闖入者による裂帛の豪気によって、わたくしは金縛りから開放される。

 そして、咄嗟にベッドから跳び起き、オカマと名乗った彼? 彼女? の元に縋る。


 外の夜気と月光が室内へと飛び込み、漆黒の冥闇はたちまち霧散し暗殺者の孤影をくっきりと具現させる。オカマの登場によって邪気と恐怖がこの室内から消え失せたように。


「貴様! 何者だ‼」


 想定外は敵も同様。もはや城内のことなど視野になく、声を荒げて罵声を浴びせるかの如く叫ぶ。


「失礼ねぇえ! 名を尋ねるときは、まず自分から名乗るのが礼儀なのよぉ⁉」


 ――そうなのですか‼ 名を訪ねるときは自分からなんですの⁉


 身分だとか皇族だとかそんなことを忘我し、わたくしはその言葉に純粋な感銘を受けた。


「名乗る名などない!」


「そうねぇ、boy」


 オカマはなにやら思案顔で顎に当てた指をトントンと刻ませる。

 そして、唐突に閃いたと口を開く。


「あなたは暗殺ボーイよ‼」


 暗殺ボーイと名付けられた黒衣は苛立たしげに短剣を逆手に構える。

 その姿は剣士では決してない、あれは高さのない室内での戦闘に最適化された暗殺術。敏捷性によって敵の攻撃を潜り抜け、致命傷を懐から確実に刻むという狂気の剣。


 その殺しの構えを前に、オカマは腕を広げた。

 まるで何も持っていないことをアピールするように。


 オカマの身長は百九十ないくらいの長躯であり、その体躯はゴリゴリの筋肉で隆起している。それはまさに美ボディそのもの。長いが太く頑強なためバランスの良い足、腕も同様に筋肉で力強さを演出している。

 そして、顔は――イケメンだ。切れ長で主役を張れる押し出しのいい眉目秀麗といった一品。皇室に納められた彫刻でもこれほど美しいものは数少ない。無論、美しさのベクトルが違うため、比べえない芸術であることは言うべくもない事象。


「さぁ、終わりにしましょう……」


 素手を広げて、オカマは毅然と言う。

 それに呼応してか、黒衣は姿勢を低くする。


 そして、下半身のバネを一気に解き放つように突っ込んだ。


 ――え、わたくし?


 わたくしの眼前を覆う闇は敵が醸す死へのウイニングロード。時が止まったように遅々と、そして、視界はぐにゃりと歪んだ。悪魔の口がほくそ笑むように。


 ――あ、しんだ。


「アルファベット・オカ魔法――――」


 その声は力強く、逞しく、しかして銀鈴の様に美しく。そんな二律背反の音色だった。


「――オカマBlowブロー――」


 ――――ドゴォオオオオンッツ‼


 空気が、大地が、空間が揺れて響いて吶喊を上げるように、その一撃は城の壁を一直線に貫いた。


 唖然と目をぱちくりしているわたくしにオカマは言った。


「浮気なんてヒドイわよねぇ?」


 こんな状況だが、可笑しくて、たまらず声を出して笑った。


 ――――それが、わたくしとオカマとの初めての邂逅だった。

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