ミステリーゲームの世界で犯人をすでに知っている俺
ナオベェ
第一章
邂逅
「キャアアアアアアアアッッ!!」
甲高い悲鳴が聞こえてくる。
――始まったか。
ヴェ=センリ急行の列車内で、チェック柄のスーツを着こんだ青年は、そんなことを考えていた。
すぐさま席を立ち、揺れる車内の中で悲鳴の聞こえてきた車両に向けて歩みを進める。
「すいません。通してください」
逃げてくる人の波に逆らうようにして、青年は声を上げつつゆっくりと歩く。
――と、そこで大きく車両が揺れ、思わずバランスを崩して近くの壁に手をついてしまう。
倒れる時に人を巻き込んでしまったようで、腕の中の人――それも可憐な少女が声を上げる。
「はやくどいて下さるかしら?」
「……あ、あぁ、すまない」
落ち着いた色合いのジャンパースカートとレースのあしらわれたハイネックリボンブラウスを着こなした少女を見て、青年は動揺しつつも慌てて立ち直る。
――ま、まずいっ!
青年は焦っていた。
しかし、それは決して年ごろの
(なんで、こんなところにリリィが!?)
彼女の名前を知っているのは偶然ではない。
新聞でたまたま名前を見たからというわけでもなく、ストーカーだからという理由でもない。
――青年は、転生者だった。
転生という現象について、青年はそれなりの知識を持っていた。そしてこの世界もまた、青年のよく知る世界であったのだ。
――それは、前世で大人気だったノベルゲームである『MyStery』の世界だった。
それを知った時、青年は喜びもしたし悲しみもした。
元の世界には帰れないという事実と、自身が好きだったゲームの世界に生まれ変わったという事実によってだ。
そしてこの少女は、主人公ステラの相棒であるリリィだ。
これを聞けば、青年が動揺した理由も分かるというものだろう。
「ねえ、貴方もあちらの車両に向かっているようだけど……なにか用事でもあるのかしら」
「……ああ、ちょっと野暮用がね」
『MyStery』は、推理系のノベルゲームだ。
推理系の名の通り、主人公は探偵でありその相棒であるリリィもそれに当てはまるだろう。
――疑われているっ!
青年は確信した。リリィの表情はただただ疑問を述べているように見えて、実際はこちらを
「ふーん、じゃあ一緒に行きましょうか。私も声の方向に用事があるの」
「そ、そうだね」
青年とリリィは、すっかり
「――ぼくの頭脳が言っている。確実に、犯人はこの中にいる!」
「なにぃ!?」
そこには二人の人間がいた。
片方は、黒髪を肩口で切り揃え、鹿打ち帽をかぶりチェック柄のインパネスコートを羽織った少女だった。
そしてもう片方は、シャツの上からカーキ色のコートを着た中年の
「ステラ、これは一体どういう状況?」
「殺人事件だよ、相棒。しかも密室殺人ときたものだ。……困ったものだ」
大仰でキザったらしい喋り方をする少女――ステラに、リリィが躊躇なく話し掛けた。
この雰囲気の中で、良く聞けるものだと青年は呆れた。
「ステラさんよ、そいつは一体どういうことだい。……これが殺人事件だってのは」
「簡単な推理だよ、マーク刑事。密室で人が首を吊っている。だからといって自殺とは限らないんだ」
そこでステラは言葉を切る。
地面に下ろされた――おそらく貴族と思わしき死体に近づいて、その鋭い視線を首もとに向けていた。
「ここに首をかきむしった跡がある。これはこの男性が抵抗したことを表している。自殺ならこうはいかない」
「なんだって!? ……本当だ。確かに、激しく抵抗したような跡があるじゃねぇか」
「じゃあステラ、この事件の犯人はどうやって――」
進んでいく推理パートをぼんやりと眺めつつ、青年はこんなことを思った。
――この事件の犯人は、実はこの貴族の執事……と見せかけて奥さんなんだよな。たしか、望まない結婚をさせられた恨みと、遺産目当てだったっけ。そして、それを執事が庇ったんだったかな。
これは青年の推理ではない。そう――これはただの
「じゃあ容疑者は、この個室に疑われることなく入ることができる男性の関係者のみ――」
「そう……だから容疑者は、この四人に絞られるということさ」
婦人、執事、メイド、そして弟。
集められた彼らは、一様に混乱した様子であった。犯人を知っている青年の目からすると、婦人の怪しさがとても気になった。
「これが見込み捜査って奴か……」
などと小さく呟いていると、リリィがこちらを指差しながら、なにやらステラに耳打ちをしているではないか。
青年はあわてた。
「容疑者は、この五人に絞られるということさ!」
「ちょっと待て! なんでさらっと俺を容疑者に含めてるんだよ!」
「ふーん。じゃ、貴方はいったい何者なの?」
リリィがすかさず聞いてくる。
被害者の知り合い……だと露骨に怪しいし、怖いもの見たさの野次馬なんていった日にはこちらを睨むリリィに、列車から蹴り落とされてしまいそうだった。
「俺は
探偵、というワードを口に出したとたんに、ステラの目蓋がぴくりと動いた。
すると、マーク刑事が嬉しそうに言う。
「探偵が二人もいるなら心強い! 俺たちも捜査してはいるんだが、犯人は分かりそうもないんだ」
と、そこでステラが青年――ユータに語りかけた。
「なるほど、ならばユータ君」
「なんだいステラ女史。いや、探偵さんと呼んだほうがいいかな?」
「推理してみたまえ、犯人を」
ちなみに、探偵だというのは嘘っぱちである。
「…………え?」
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