43 最高のシナリオ


 ――その後。


 組織の後ろ盾をしていたデヴァリア伯爵家を始め、組織を利用し、暗殺や人身売買に手を染めた各地の貴族たちは一斉に処罰された。

 

 領主を務めるデヴァリア家のように、まつりごとに関わる一族があちこちで権力を失ったため、国の上層部は対応に追われているようだ。


 当然、ヒルゼンマイヤー家でも当主であるレビウスが捕まり、子爵としての地位を失った。

 あの傲慢な長女・ドリゼラも、華やかな貴族の生活を失うことになり、今頃愕然としているだろう。

 

 ファティカ様は人身売買の犠牲者としてヒルゼンマイヤー家の籍を抜け、今は本来の姓であるクロンシュタイトを名乗っている。

 また、先の作戦による見事な活躍が認められ、学生でありながら軍部から表彰された。

 卒業後はエミディオさんのいる特殊捜索部隊に入隊したいそうだ。部隊としても、願ってもない申し出だろう。


 そのエミディオさんは、組織や貴族たちの余罪を洗うための再捜査に忙しいらしく、あれから一度しかお会いしていない。「落ち着いたらゆっくり婚約祝いさせてね」と、何も報告しない内に言われてしまった。私とジンさんの雰囲気と、左手の指輪を見て瞬時に悟ったらしい。本当に、どこまでも抜け目のない人である。


 シスターのドロシーさんは、全焼した教会の再建費用と焼失した私財の賠償を国に請求しようとしたが、特殊部隊が現場検証する中で帳簿が見つかり、お布施を着服しまくっていた罪で逆に罰金を命じられた。今はカルミア領内の別の教会で、修道女の修行を一からやり直しているらしい。




 そして。

 私とジンさんは――



「――ここが、アイロルディ家の屋敷があった場所だ」



 諸々が片付いた、一ヶ月後。

 王都の端にある、アイロルディ家の跡地を訪れていた。

 ジンさんのご家族に、『復讐』が終わったことを報告するためである。



 屋敷の建物は消失しているが、石造りの土台は残り、広大な敷地に草花が生い茂っていた。

 私は持参した花束をそっと置き、手を合わせる。瞼の裏に、記憶の中で見たご家族の顔を思い浮かべながら。


「この土地が残るよう、執事のヤドヴィクが手を回してくれた。この場所に、いつかアイロルディ家を再建しようと決めていたからな」


 真っさらな生家の跡地を見渡し、ジンさんが言う。


 貴族たちが粛清され、報復の恐れがなくなったジンさんは、国から正式にアイロルディ公爵の爵位を賜った。

 彼のお父様がそうだったように、今後は教員を務める傍ら、国の魔法技術の指南役としての仕事もこなすことになる。

 ただでさえすごい先生だったのに、ますますとおとい身分となり、私も身が引き締まる思いだ。


 彼の隣に立ち、私も風の吹き抜けるその場所を眺める。


「……素敵な場所ですね」

「あぁ。王都の中でも自然が多く残る地域だ。田舎と言えば田舎だが、俺も気に入っている」

「どんなお屋敷を建てるか、もう決めているのですか?」

「細かな間取りまでは決めていないが、以前よりも広く立派な屋敷にすることだけは確かだな」

「……私は、今住んでいるお屋敷くらいの広さでも十分だと思いますけど」

「ん、そうか?」

「だって……広いと、それだけジンさんとの距離が離れちゃうじゃないですか」


 ……と、照れながら、ぼそっと呟いてみる。

 婚約者になったのだから、こうした素直な気持ちを口にしていこうと努力しているのだが……やはり、恥ずかしいもの恥ずかしい。

 

 ……駄目だ、羞恥心に耐えられない。

 やっぱり、「なーんてね!」と茶化そう。


 そう思い、ジンさんの方を向こうとするが……


「なーんて……ぎゅむっ!」


 その前に、彼にぎゅうっと抱き締められた。

 そして、そのまま頭をぐりぐりと撫でられる。


「まったく君は……毎日嫌と言うほど俺に愛されているのに、まだ離れる心配をしているのか?」

「違っ……今のは冗談で……!」

「屋敷が広くなったくらいで俺から離れられると思うな。この静かな土地に越したら、今以上にベタベタと付き纏ってやる。泣こうが喚こうが無駄だ。お隣さんはあの林の向こうだからな」

「発言がいちいち怖いんですよ! それに、今以上って……身がもたないです!!」

「なら、婚約を破棄するか?」

「……しませんけど!」

「ふっ、それでいい。俺の愛を甘んじて受け入れろ。一生をかけてたっぷりとな」


 と、勝ち誇ったように笑うジンさん。本当に、この人は……婚約関係になってからというものの、変態じみた本性を隠そうともしなくなってきた。


(……まぁ、そんなところも好きなんだけど)


 という本心は、調子に乗らせること必至なので、隠しておくことにする。


 一頻り私を抱き締めた後、ジンさんは私の腰に手を回し……今一度、生家の跡地に目を向け、

 

「……俺が広い屋敷を建てたいのは……将来、家族が増えるのを見越してのことだ」


 真面目な口調で、そんなことを口にした。

 その意味を悟り、私は顔を火照らせる。

 私の反応を見て、ジンさんはくすりと笑い、


「君と結婚し、この家に住む。ヤドヴィクやヘレンや、他にも使用人を雇う。その内に俺と君の子供が生まれ、いつかは孫もできたりして……そうして、たくさんの家族で賑わう家になる」


 まるで、そんな未来がはっきりと見えているような瞳で、彼はその場所を見つめる。


「……俺も君も、今は二人きりだ。このままでも十分に幸せだが……せっかくなら、人生シナリオの登場人物は多い方がいいと、俺は思う」


 ……そこで。

 彼は、やはり真剣な表情のまま、私をじっと見つめ、



「そういうわけで、将来的に大所帯になることを考慮すると、部屋数は多い方がかえって君と二人きりになれる場所を作れると思うのだが……どうだろうか?」



 そう、大真面目に尋ねるので……

 私は、思わず笑ってしまう。


「ふふ……あはは」

「ん? 何が可笑しい?」

「いえ、嬉しいなぁと思って。そんな先のことまで考えてお屋敷を建てようとしていたのですね」

「当たり前だろう? これは俺の人生であり、君の人生でもある。先々のことまで熟考しないわけにはいかない」

「ジンさんの人生であり……私の、人生……」

 

 つまり――これからは、同じ人生シナリオを生きていくということ。

 

 そのことが嬉しくて……奇跡みたいに愛おしくて。

 いつか、私たちの家が建つであろうその場所を見つめるだけで、涙が出そうになる。



 私にも、彼の描く未来が見える。

 独りと独りだった私と彼が、たくさんの家族に囲まれ、幸せに生きる未来が。


 それはきっと、現実になる。

 ジンさんとなら、きっと……すべて、叶えられる。



「……そうですね。私の人生は、あなたの人生です」



 だから、私は。

 互いの時間を、そっと重ねるように。


 

「これからも、あなたの描く人生シナリオを――ずっと隣で、歩かせてください」

 


 彼の瞳を見つめ、真っ直ぐに言った。


 それを聞いた途端、彼は私の腰をふわりと抱き上げる。

 そして、その場でくるりと回ってみせると、




「もちろん。離せと言われようとも離さない。

 出会った時に言っただろう?


 俺の人生シナリオには――メル、君が必要なんだ」




 私を抱き上げたまま、そっと――

 王子様のように優しい、キスをした。






 ―完―



✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼


お読みいただきありがとうございました。

本編はこれにて完結ですが、ジン視点の番外編があと四話続きます。

最後までぜひお付き合いください。



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