第9話




 最初の一通目はヘルガが持ってきてくれた朝刊の間に挟まっていた。何の変哲もない封筒だ。しかし、宛名にはレナの名前しかなく、差出人は無記名。この時点でレナには予測が付いていた。悲しいかな、こういった嫌がらせの手紙を貰うのは初めてではない。それこそ婚約破棄の騒動後はしばらく送りつけられていたし、王都へ来て店を構える様になってからも度々届いていた。まだ年若い女が一人で工房を構え、あげく上流階級で人気を得ているのが気に入らなかったのだろう。

 その時点ですでに財を蓄えていたレナである。こういうのは初手でどれだけ潰す事ができるかが重要、と護衛と一緒に探偵も雇い、光の速さで犯人を捕まえる事に成功した。

 申し訳ないが生け贄になってもらうべく、徹底的にやらせてもらった。おかげでその後は平穏無事な日々を送りつつ、時折こうやって猫が引っ掻く程度の嫌がらせが届くくらい。

 今回もそれらと同じであるはずだ。一旦はそう軽く考えたレナであるが、いや違うと即座に考えを改める。


 そう、いつもは自分一人が気を付けていれば済むだけの話だが、今回に限ってはそうではない。あくまで宛名がレナであっただけで、手紙の中身の対象までがそうであるとは書かれていない。九割方レナが狙いであったとしても、残り一割の可能性――カリン、が標的となっていないとは言い切れない。

 考えすぎかもしれないが、今は状況が状況だ。カリンが王太子の婚約者となるのを憎々しく思っている貴族も多い。そんな連中が、遠回しにこういった行動に出ているとしたら。レナを狙う過程で、カリンを巻き込もうとしているのではないか。そういった可能性がある以上、レナはいつもの様に軽く流すわけにはいかない。


 レナは急ぎ筆を執った。ここは王太子であるクラウドを頼る場面だ。それに、カリンが狙われる可能性があるのならば、それは最終的にクラウドにも及ぶかもしれないのだ。

 あまり事を荒立てるのは避けたい。そこを突いてどんな言いがかりをつけられるか。可能な限り、カリンの周りは穏やかであってほしいのがレナの切実な願いだ。なので、とにかく内密に、というのをくどくどと書き綴る。幸い、カリンは王族としての教育を受けるために王宮で生活をする日が増えている。犯人が捕まるまでは、理由を付けてそのままあちらに居てもらえばいい。クラウドの傍が一番安全のはずだ。そしてそのクラウドとは、婚礼衣装のデザインやら何やらで会う機会が増えている。ちょうど、次に王宮へ向かう日が二日後に迫っている。直接手渡す事ができれば確実だ。


「一緒に帰るのをカリンは楽しみにしていたけど……なんて言って誤魔化そうかなあ……」


 カリンが王宮へ行ったのは十日前。レナがドレスのデザインのために王宮へ上がる二日後に、一緒に帰宅する予定であった。


「うまい言い訳を殿下にも一緒に考えてもらおう」


 ひとまずそう結論付けてレナはその日を終わらせる。翌日、新たに二通目が届くかと危惧していたが、特に不審な物は届かなかった。王宮へ向かう日になっても、何事もない。

 やはりあれは一度きりの嫌がらせにすぎなかったのだろうか。でも、万が一という場合もある。


「その万が一、が今回ばかりは最大級にまずいものね! うん、用心するにこしたことはないのよ!」


 レナは手紙を鞄の中へと入れる。しばらくすると、ヘルガが迎えの馬車の到着を知らせにドアを叩く。レナは部屋の中を見回して忘れ物がないか確認をし、まずは自分の仕事を遂行するべく部屋を後にした。






 王宮で過ごすカリンはすでに王族の一員としての品があった。王妃からもたいそう可愛がられている。王妃自ら選んだというドレス姿のカリンはまさに美の女神だった。


「レナは、自分がデザインしたドレスでなくとも怒らないんだな」

「カリンの美しさと可愛らしさを引き立ててくれる物でしたら、ええ……でも一番カリンに似合うドレスを作る事ができるのはまあ私なんですけどね!!」


 そこは絶対に譲らない。胸を張って言い切るレナに、クラウドは愉快そうに肩を揺らす。

 カリンはまだ王妃自らによる礼儀作法の授業中だ。その隙にレナはクラウドへ侍従経由で手紙を渡そうと思っていた。が、まさかの本人がレナの待機している部屋へと訪ねて来たのだ。なんでも自分達が戻ってくるまでレナをもてなすように、とこれまた王妃自らのお言葉であるらしい。

 王太子という立場が一体どんな仕事をしているのかレナは想像すらできないが、それでも決して暇ではないはずだ。だというのに、こんな自分なんぞの相手をしていいのだろうか。忙しいのでは? と露骨に顔に出ていたのか、部屋に入ってきた途端クラウドは「もてなしという名目の息抜きなんだ」と笑って教えてくれた。

 なるほど大義名分に使われたわけである。それでも王太子の息抜きに利用されるのであれば身に余る光栄だ。しかもレナはレナでとても大切な用件がある。

 レナの座るソファの向かい側に腰をかけるクラウドに、レナはそっと手紙を差し出した。おや、と眉を軽くあげるもクラウドは黙って中身を開ける。視線が文字を追うごとに、段々と眉間に皺が刻まれ、読み終えると同時に人払いをする。


「詳しく聞かせてもらってもいいな?」

「はい、是非殿下にはお伝えしたく」


 そうしてレナは事の説明を始めた。

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