12月19日(火) 明莉


 電車が出てったばかりのホームに人はまばらだった。

 ちぇっ、ついてない。だれも見てないところで明莉あかりは足を蹴りあげた。エアーの石を蹴っとばすみたいに。

 きょう残業が長引いたのはたぶん能率がガタ落ちになっているせいだ。


 恋人をうしなう喪失感がこんなにおおきいのだとはじめて知った。でも和人かずととはいずれこうなる定めだったんだと思う。


 せつない想いでちょうど通過していく列車のあかりに見入った。

 そういやちょうどこのホームだった。もうすこしで死ぬかもしれなかったんだよと駅員さんが言っていた。そこを助けてもらったっていうのにお礼も言えなかったし相手のことを今さら知るすべもない。


 だめだなあ、わたし。


 ふとまえを見ると、ベンチで眠っているひとがいる。この寒いのに、かぜひくよ? と通り過ぎかけて、ふと立ち止まった。

 やっぱり眠っている。飲み会帰りかな? スポーツマンぽい体格してるけど真冬のホームはさすがに寒いみたいで寝ながら足をふるわせてる。

 明莉はなにか決意したふうに息を吐くと、かばんからひざかけをひっぱり出して、眠っている男の膝のうえに掛けてあげた。


 それからすぐやってきた電車に乗った。窓から覗くと男のひとはまだ寝ていたけどもうふるえていない。

 これって笠地蔵みたいじゃない? なんだか自然と笑みが浮かんで、和人のことを忘れてまえへ進めるかも……ってはじめて思えた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る