死刑少女とダンジョンの花

かんたけ

第1話 前編

「死刑囚シーラ。両手を挙げて、穴の前で両膝をつけ」

「妙な前をしたら、その場で処刑する」


 後頭部に、魔法で作られた銃口が当てられる。2人の執行人に促されるままに、私は両手をあげて、穴の前まで移動した。鬱蒼と生い茂った森林の奥深くにある、小さな丘にぽっかりと空いた穴。世界中に散らばる、ダンジョンの入り口。

 風がこちらを招いているようだった。直径10メートルほどの巨大な入口は、湯水のように魔力が溢れ、禍々しい雰囲気を醸し出す。


 勇者が魔王を討ち滅ぼし、魔法によって発展した世界。私は死刑囚として、ダンジョンへ連行されていた。

 初めて目にして、薄汚いダンジョンに、瞬きを落とす。幼い頃見た絵本には、ダンジョンは金銀財宝で溢れ、ユニークな動物やギミックがあると描いてあったが…。

 現実は、雑草が散らかるゴミ捨て場のような光景。とても御伽話にあるような、煌びやかなものではない。地獄行きの洞穴といったほうが、まだ聞こえはいいだろう。

 御伽噺とは違って、ダンジョンとは、重罪人の処刑場である。一度入れば、死体さえも戻ってこれない。


「死ね」

 

 執行人の足が、私の背中を強く蹴った。体が傾き、無造作に伸ばした髪が靡く。

 私もいつかはここに来るのだと思っていたが、想定よりも早かった。


「2度と地上に来るな、この悪魔め」


 水滴が舞う。一瞬滲んだ視界の先に見えた二人は、こちらを軽蔑していた。

 彼らの首元にある巨大な火傷痕は、私がつけたものだ。私が街に放った炎が、彼らの体と仲間を焼いた。

 声帯は傷ついていなかったようで、2人とも声を出せているが、あの傷跡は回復魔法でも治癒が難しいだろう。


「ごめんなさい」


 彼らに謝罪は響かない。けれど、言っておいた方が、この先ダンジョンから脱出した時に、何かしらの温情が働きそうだ。

 見かけだけの反省を地上に残して、私はダンジョンへ落下した。




ーーーーーー




 日差しが遠のき、人も、空も小さくなる。周囲はゴツゴツと湿った岩肌で囲まれ、たまに得体の知れない奇妙な小動物たちが顔を見せた。

 空にかかった黄緑のモヤは、毒ガスだろうか。

 どうりで、ダンジョンへ行った犯罪者たちが生きて戻れないわけだ。回復魔法をかけてはいるが、私も、いつまで正常でいられるか分からない。

 モヤは人肌程度の温度に馴染み、まるでお母さんのお腹の中にいるみたいだった。


 「どうか、元気に生まれてきてね」


 子守唄を歌う、お母さんの温もりを覚えている。


 「不安はないよ。父さんたちが、お前を守るから」


 誓う、お父さんの声を覚えている。

 私が赤ん坊だった頃の、遠い記憶だ。

 二人は今も、誰かの中で生きているのだろうか。そう思えたら楽だっただろうか。私はあの人たちを許すことはできない。だから、ナイフを突き立て、罪人になった。



 さて、このままではいずれ転落死してしまうため、そろそろ体勢を変えよう。

 私は空中でうつ伏せになり、腰を突き出して弓形の姿勢になった。海老反りに近い形だ。風は特に吹いていないようなので、そのまま安定姿勢に徹した。


「おお…」


 思わず声が漏れる。

 底が見えない。墨で塗りつぶしたような真っ暗な円が続いている。私は、この巨大な地下迷宮に飲み込まれているのだ。

 少しの恐怖と、好奇心に満たされる。

 死なずに着地できたら、何があるのか、見てみたい。

 

 オオオオオオオォ


 全身が痺れるような気配と共に、穴の底から不気味な音が噴き出した。音というよりも、鳴き声だ。狼と蛇を混ぜたような、低い低い咆哮。それに呼応するように、複数の息吹がこだまする。

 目を凝らすと、一瞬、赤黒い鱗が見えた。矢羽型の特徴的な鱗。おそらく、ドラゴンのものだろう。

 こちらを射殺さんとギラつかせている目は、とても見覚えがある。私を蹴落とした執行人たちと同じ、憎しみの籠った目だ。数多くの人間が私にこの目を向け、そして殺されてきた。


「神話の生き物か。…逃げ切れるかな」

「ーー確かに」


 瞬間、右の肌から全身へ鳥肌が立ち、咄嗟にそちらを向いた。

 

「ドラゴンは、神話上の生き物なので、撃破例はおろか、目撃例も殆どありません。つまりは攻略法もない。逃げるのは、良い考えだと思いますよ。私もそうします」


 得意げな顔をして語る、不審な男。

 舞い上がる髪の色は白。着古された服を纏い、手首に千切れた縄をつけている。歳は私と同じくらいか上。敵意や殺意はなし。

 問題は、何故か私の隣で一緒に落下している点だ。

 彼は私と目が合うと、にこりと微笑んだ。


「私はハイリゲ。境遇は恐らく君と同じです。よろしくね」

「私はシーラ。よろしく。…じゃないね、釣られた。貴方、誰? 私の知り合い?」

「そうかもしれませんね」

「そっか。……いや違うよね。初対面だよね」


 なんだろうこの男は。

 毒ガスにやられて幻覚を見ている? だとしても、私の記憶にこんな胡散臭い男はいない。私が倒した人たちの関係者か? 私に恨みを抱いている様子はないから、違う。


「…貴方も罪人なの?」

「ええ。戦いに負けたら、このザマです。なんて惨めで汚らしく、杜撰で臭い仕打ちなのでしょう。君も、そう思せんか?」

「それ、遠回しに悪口言ってる?」


 オオオオオオオォ


 遠吠えに似た甲高い鳴き声が轟き、暗闇の中で六対の目が光る。

 

「まずい」


 脳内に死の予感がひしめく。金属の擦れる音がして、真っ赤な六つの舌と、舌から浮き上がる魔法陣が見えた。


 【魔法の炎フィオーガ】だ。


 途端に全身が燃えるように熱くなり、視界が真っ赤に染まる。ドラゴンたちは、上空にいる私たちに向けて、炎を吹いた。

 咄嗟に【魔法の壁】を展開したが、ドラゴンの魔法に、人間が敵うわけがない。私の魔法は、一瞬で燃え尽きてしまった。


「【魔法の壁ヴィホース】」


 ハイリゲが私を足場に下へ跳躍し、炎の中で巨大な魔法陣を展開する。不思議な紋様の魔法陣は、いとも簡単に炎を押し除けた。

 すれ違いざまに回復の魔法をかけてくれたらしく、私は服も完璧に無傷だった。おまけに、ガスの中毒症状もなくなっている。


「貴方、魔法使いだったんだ」

「一応。本業の関係で、得意なのはこれですね。剣や武術も一通りできますよ。弓は、そんなに得意じゃありませんけど」

「すごいね」

「ありがとう」


 照れる彼の背後を、紫色の炎が通過する。ドラゴンの魔力は凄まじく、一段階、魔法の威力を強めてきたようだ。

 ハイリゲは飄々としているが、会って間もない他人の戦闘能力に頼り切りになるのは、私のプライドに反する。


「魔法って、武器とか毒とか召喚できる?」

「勿論」

「じゃあ、剣出せる? 貸してくれない? 後で磨いて返すよ」

「いいですよ。【魔法の強い剣リドフォルス】」


 ハイリゲの背後に展開された魔法陣から、翡翠色の半透明の剣が伸びる。掴んでみると、見た目からは想像もできないほど手に馴染んだ。

 彼に蹴られた反動で、右手に壁が迫っている。安定姿勢を崩して丸くなり、炎が途切れた一瞬の隙をついて、壁を強く蹴った。

 魔法の壁をすり抜け、弾丸のような速さで、私はドラゴンへと落下する。この調子でいけば、一太刀は、浴びせられる。

 けれど、まだ足りない。


「【魔法の力バリディラ】」


 一閃。群れの中でも一際大きなドラゴンの中心に光の線が引かれ、ドラゴンは二つに崩れた。

 久しぶりに、モンスターを相手にした。初めてモンスターを倒した時よりも、確実に腕は上がっている。


 初めてモンスターを相手にした時、後ろで庇った幼馴染たちは腰を抜かしていた。自身の身を守るために鍛えるのが当たり前だったから、不思議に思って尋ねたんだっけ。


『なんで鍛えないの?』

『面倒臭え』

『俺らが弱くても、お前が代わりに努力して戦ってくれるんだからいいじゃん』


 強がることもなく、平然と情けないことを言ってのける。男なら戦えと吹聴される世の中で、その二人だけが弱虫だった気がする。私はそれがおかしくて、つい笑ってしまった。

 彼らは、今では立派な第二の勇者となった。悪を殺して正義を掲げる、素晴らしい人間になった。だからこそ、彼らを許すことはできないのだが。

 


 他のドラゴンが動揺する間も許さず、水平方向にさらに一太刀。光の円が、群れの中心から外側へ広がると、ドラゴンたちの足首に亀裂が走り、青い鮮血が吹き出した。


「油断できないな」


 着地したと同時に、私は剣を構えて跳躍し、上に持ち上げて切先を正す。

 が、剣を振り下ろす前に、ハイリゲによって止められてしまった。


「なんで」

「もう死んでいます」


 見ると、私が仕留めたドラゴン以外の個体たちの脳天に、大穴が開いていた。魔力の後からして、ハイリゲがやったのだろう。右手指の先、彼の人差し指と中指が触れる。エスコートされるように、私は地面へゆっくりと降りた。


「ありがとう。貴方のおかげで、私は助かった」

「こちらこそ、君がドラゴンの気を引きつけてくれたおかげで、楽にトドメをさせました。ありがとう」


 飄々とした態度。見た目は若いが、実年齢はその何十倍もあるだろう。立ち振る舞いから、なんとなく分かった。


「ねえ、貴方、ここから出る方法を知っているんでしょう?」

「ええ」

「教えてよ。ここから抜け出す方法」

「いいですよ」


 にこやかに笑って、彼は人差し指を自身の口元に持ってきた。

 空気が変わる。瞳が怪しくぎらつく。




「但し、私が誰かを当てられたら、ですがね」



 私は、小さく息を呑んだ。

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