第28話 ほのかな喜び

 「あんたたち、荷車押すの手伝っておくれ、逃げるよ」

 花屋のおばさんは、散らばった鉢植えのいくつかを荷台に乗せて鼻息荒く引っ張った。

 「うん」

 「ありがとうございます、お姉さま」


 3人は荷車を押し、広場を抜けて人通りの少ない路地裏に建つ小さな花屋に辿り着いた。


 「さぁ中へお入り、私の店だから遠慮せずにね」

 「うわぁーすごーい」

 ハナが声を上げるのも無理はなかった。

 小さいながら温室、冷蔵室完備、店の中は沢山の花々で溢れ、どの花も瑞々しく活気に満ち、咲いていた。

 

 「すごいね、お姉さん、一人でお花屋さんやってるの?」

 ハナは目を輝かせている。

 「2人だよ。旦那は今、花の買い付け中でね、しばらく留守なんだ。」

 おばさんは、そう言いながら水魔法を使い一株一株丁寧に水やりを始める。

 その魔法さばきにハナは見入ってしまう。

 そして、次に覚えるべきは水魔法だと決心した。

 

 「お姉さま。こちらは兄のハナ、私はエミリーと申します、助けて頂き感謝します」

 エミリーは、深々と頭を下げた。

 「そんなかしこまらないでいいよ、助けてもらったのは私も一緒だから、私はマーノリア、そんで、もう一人いた子は本当に魔物なのかい?」

 「レンリちゃんは魔物なんかじゃないよ、お花の友達」

 おばさんの不意の問いに、ハナは正直に答えた。

 

 「お花?」

 「(ハナ兄さん、魔法の事を軽々しく話さないで下さい)」

 エミリーは小声で諭した。

 「あっ」

 「へ~珍しい魔法もあるもんだね、エミリーちゃん誰にも言わないから心配しなくていいよ」

 「お気遣い頂き、痛み入ります」

 エミリーは再び頭を下げる。

 この街でハナの魔法が広まることは、エミリーに課せられた使命の妨げになりかねない。

 ハナの魔法は、父のため、国のため……そう、心に誓うが“なんでハナ兄さんばっかり”と胸が締め付けられたことも確かだった。


 「あんた達、この街の者じゃないね。もしかして2人だけで来たのかい?」

 エミリーの子供らしからぬその礼儀正しさに、疑問を抱いたマーノリアは心配になった。

 「い、いいえ。父と母は近くの宿に居ます」

 エミリーは怪しまれるのを恐れ、咄嗟に嘘をついた。

 「え?」

 ハナはエイミーの嘘に驚きを隠せない。


 「なんだい、なんか訳ありかい。まぁ詮索するなと言われればしないけどさ。こんなちんけな花屋でも出来ることはあるさね、まだ頼っていい年なんだから遠慮するんじゃないよ」

 子供の居ないマーノリア。その声には厳しさがあったが、2人を見る目は、とても優しかった。

 「う~ん、マーノリアさん、僕はね「世界一のお花屋さん」を目指しているんだ」

 だからだろう、ハナは明け透けなく自分の夢を語る。

 それは、この数時間で起こった悲劇から逃げるためでもあった。

 

 「ハハハ、世界一お花屋か、いいじゃないか応援するよ、夢はでっかくないとね」

 マーノリアは、大きな声で笑ったが、すぐに表情を曇らせた。


 「だがさねハナ、さっき言い掛かりを付けてきた男の言葉を聞いたと思うけど、今は花屋への風当たりは、決していいものではないよ」

 男に割られた鉢植えを荷車から降ろし、片付け始めるマーノリア。ハナも直ぐに手伝う。

 マーノリアは礼を含めた笑顔でハナを見つめると、こう続けた。


 「人の営みに花が絶対に必要かと問われれば、私は答えに迷う。

 でもね、ハナが言い返してくれた様に、花にも、人と同じ命が宿り一所懸命その命を全うしようとしていることは確かだ。

 私ら花屋は、その花の命をしっかりと全うさせて、人の目につく様に一番美しい姿で居られるようにしてあげる事。

 花は言葉の無いラブレター、だから花言葉があるんだよ、贈りたい人、贈られたい人、好きな人、大切な人の笑顔が見たい時、花は力を貸してくれるんだ、悲しみを癒す力だってあるさ

 私は、花を愛でる心が、この世界から無くなったときは、世界が滅び去るときだと思うんだ。

 その破滅が来ないことを願って、花の声に神経を研ぎ澄ませて育てていくつもりだよ、それが花屋の使命だと信じている」

 マーノリアは、遠い目をして満足げに言い終えた。


 「なるほど、お花屋さんは世界の破滅を阻止する仕事なんだね、すごいよマーノリアさん」

 「え? あ、うーん、まぁそうも言えるさね」

 熱く語った自分よりも熱く受け取ったハナに少し戸惑いを見せたが、悪い気はしないと思った。


 「僕もお花さんたちの声に神経を研ぎ澄ませて、立派なお花屋さんになる、お花さんたちに、こんな思いはさせないからね」

 男に破壊された鉢植えから千切れ落ちたガーベラの花を手に取り、思いを込めるハナ。


 しかし、その強い思いが、魔法の力となってしまうことをハナはまだコントロールできないでいた。


 ハナの意図しない魔法で、その姿を人に変えていくガーベラの花。


 黄色いショートヘア、花茎の様にスラリと伸びた手足と首筋、背丈はハナよりも少し高い、キリっとした目元に陽気さを漂わせる口元。

 一糸纏わぬその姿に、ハナは口を開いたまま呆けてしまう。


 それを見たエミリーは頭を抱えハナに詰め寄った。


 「こんなにポンポン魔法使ってたら世界が滅びますよ? もう、花に触れることは禁止ですっ」

 「で、でも触れないとお花屋さんになれないじゃないか」

 「なら、ちゃんと自分でコントロールして下さい」

 「分かってるよ、でもどうすればいいか分かんないよ、お花さんの事を思うと勝手に出ちゃうんだ」

 「……」

 エミリーは眉を顰めて考え、一つの答えを導き出す。


 「そうですね意識付け、条件付けを癖付けるようにしましょう、ある言葉、ある行動を伴わないと発動しないようにするんです」

 エミリーは人差し指を立て、ハナにも分かるようにファイヤーボールの魔法で例えた。


 魔法は詠唱が無くても発動する。

 だが、それにはたゆまぬ鍛錬と、揺るぎのない精神力が必要となる。

 そのため、一般的な魔法の発動は詠唱という形が用いられる。

 火の玉をイメージし「ファイヤーボール」と叫べば発動するという意識付けさえできれば、魔力を持っている者なら簡単なことだと説明した。


 「ニコ兄様の資料には、ハナの魔法について「ブロッサム・インカーネーション」と記述がありました」

 「ブロッサム・インカーネーションっ、すごくかっこいいね」

 興奮するハナ。


 「その言葉を唱えないと魔法が発動しない様に、自分でコントロールして下さい」

 「なるほど、分かったよエミリー。がんばってみる」


 究極美を花言葉に持つ全裸の美少女を放置したまま盛り上がるハナとエミリーだった。


______________________

 花図鑑No.008

 ガーベラ

 学名【Gerbera hybrids】

 分類【キク科、ガーベラ属】

 花言葉

 全体【神秘】【光に満ちた】【希望】【常に前進】

 ピンク【崇高な愛】【思いやり】【感謝】

 赤色【燃える神秘の愛】【前向き】【限りなき挑戦】

 オレンジ【冒険心】【我慢強さ】

 黄色【究極美】【究極愛】【親しみやすい】【やさしさ】

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