第9話 不朽
「待っていてねハナ、お母さんがなんとかするから」
ハナとニチ子はフローラのその言葉を信じて待った。
事情を知っているアビー先生の協力もあり、ニチ子はハナと一緒に孤児院での生活を送り、その間もひたすらに木剣を振るった。
ハナもニチ子の頑張る姿に共感し、いつもは庭の花々の世話に励んでいた時間を剣術の訓練に使い、ニチ子の隣で木剣を振るった。
そんなある日。
「ニチ子ってさ、消えないよね」
木剣を振りながらハナがぼそりと呟いた。
「……ハナは私に消えて欲しいのか?」
それを聞いたニチ子の剣速が増す。
「そういうことじゃないんだ。だってニチ子は全然元気だから」
「どういうことだ?」
ハナはシーラのことを話した。
シーラはシクラメンの花に戻ることが多かった。
摘んでしまうと花が萎れて人の形を保てないことは分かっていたが、それ以外にもハナからシーラ自身に与えられた魔力が尽き、だんだん元気がなくなり消えてしまうこともあった。
ハナはそのことを引き合いに出したのだ。
「そうなのか? 私の魔力はまだまだ余裕がありそうだが、シクラメンの花が貧弱過ぎたのではないか?」
「シーラが貧弱か……」
ハナは初めて会った時のシーラを思い浮かべて、顔を赤くした。
「どうしたハナ、顔が赤いぞ? 少し休もうか?」
「だ、大丈夫だよニチ子。僕もまだ元気だ」
剣を振る速度が早くなるハナを不思議な顔で見つめるニチ子。
「よお、ハナくそハナたれ無能チビ」
剣術の訓練に勤しむ二人にケラケラと笑いながら声をかける3つの影。
「ワッチくん……」
ワッチ、ロイ、ベンの3人は、キョロキョロと辺りを見回してハナに近づく。
「チビ女は居ないみたいだな」
「今度はデカ女っすよ」
「ママのおっぱいでも恋しくなったんですかね」
謎の腹痛魔法を使うシーラが居ないことを確認したワッチ達は、強気でハナを揶揄った。
「ハナ、こいつらは?」
ワッチ達のその態度よりも、稽古の時間を邪魔されたことに少し怒りを覚えるニチ子。
「……大丈夫。僕はニチ子のおかげで強くなった」
ハナは、自分にそう言い聞かせて木剣を強く握った。
「なんだぁ、鼻クソのくせに俺様に剣を向けるのか?」
「魔法も込められないんだから、あんなの剣じゃないっすよ」
「だな、ただの棒切れだ」
「「「ハハハ」」」
ワッチ達は、腹を抱えて笑っている。
「シーラと約束したんだ。強くなるって……だからもう君たちには負けない」
ハナは背筋を伸ばし、息を整えて木剣を構える。
「気に入らねぇ、またボコボコにしてやるよ」
「鼻クソが剣を使いたいっていうんなら、俺らもそうしてやりますか」
「そうだな、魔法剣ってのがどんなのか教育してやろう」
ワッチ達はそう言うと、壁に立て掛けてあった練習用の木剣を手に取り魔法を込めた。
ワッチの木剣は炎に包まれ赤く光り、ロイの木剣は氷で覆われ鋭利に尖り、ベンの木剣は岩が付着し大剣に変わった。
「ハナあれは……いや、そうか、あれが」
魔法を纏った剣を見て何かに気づいたニチ子。
「あれが天帝流の魔法剣だよ。僕は使えないけど大丈夫。ニチ子と鍛えたから」
ハナの言葉は力強かった。ニチ子との稽古がハナに自信を与えたのは確かだ。
「しかし、ハナ……」
だが、ニチ子は気付いていた。ほんの数日、剣を共に振っただけだったが、ハナには剣技のセンスが絶望的に無いということを。
「僕は負けない‼」
ハナはニチ子の制止を振り払い、勢いをつけて飛び出し、そして木剣を振り回した。
しかし、ニチ子の心配通りハナの木剣はワッチ達には当たらず、ただ空を切るだけ。
「ぎゃははは、なんだよそのへっぴり腰」
「つーか、そんな鼻クソ剣技、当たっても痛くねぇんじゃねーの」
「でも、当てられるのは癪っすよね」
「だな、それに仕掛けてきたのはそっちだから正当防衛ってやつだ」
「ボコボコにされても泣くなよハナクソチビ」
ワッチ達は知っている。多少の怪我や火傷なら回復魔法でなんとかなることを。
だからシーラに汚された自尊心と、溜まった鬱憤をここぞとばかりに晴らすつもりでハナに攻撃を仕掛けた。
「ハナっ」
ハナの危機に声を荒げて駆け寄るニチ子。
「来ないでニチ子っ」
だが、ハナは左手をニチ子に向けて止める。
それは自分の体に起きている異変に気付いたからだった。
「全然、痛くない」
手加減無しの一方的なワッチ達の攻撃にも関わらず。ハナの体はおろか服にすら傷一つ付かない。
「なんだよコイツ」
ワッチは困惑しながらひたすらに木剣を振り下ろす。
「ダメだ。オレもう魔力ないっす」
ベンとロイの木剣から魔法が消えた。
「くっそー、これでも食らえ」
ワッチは魔法剣を解除し木剣を投げ捨て、右手の平に残る魔力の全てを集めた。
「ファイヤーボーーーールッ」
ワッチがそう叫ぶと、右手の平に頭の大きさくらいの火の玉が形成され、それがハナ目掛けて勢いよく発射された。
「ワッチ、さすがにそれは……」
「死んじゃいますよ」
「知るかっ、あいつが悪いんだ」
心配するロイとベンに、ワッチはそう吐き捨てた。
だが……。
火の玉がハナに当たり、砕け散った勢いで火花が散り黒煙が立ち込める。
「ゴホ、ゴホッ……えーと、もう終わり?」
黒煙が徐々に晴れるとともに、煙で咽るハナがあっけらかんとした表情で現れた。
「な、なんなんだよコイツ……」
それを見たワッチが顔を歪めて小声で言った。
「じゃあ、今度は僕の番だね」
ハナはそういうと、再び木剣を構えた。
「ひっ……」
ワッチ達は、小さく悲鳴を上げる。
「き、今日のところはこんぐらいにしといてやるよバーカ」
そして、そう吐き捨て、逃げるようにその場を去って行った。
「あ、あれ? ほんとにもう終わりなんだ」
ハナが残念そうに呟いた。
「ハナッ、大丈夫か?」
ニチ子が駆け寄る。
「うん、全然平気だ。これって……」
ハナがニチ子を見上げて答えを待つ。
「ああ、たぶんシクラメンの花が魔法を使ったときと同じ……私の魔法効果かもしれん」
「だよね、だよね、僕もそうだと思っていたんだ。だって千日紅の花言葉には【不死】とか【不滅】とか【不朽】とかあるもんね」
ハナは嬉しそうに花の知識を語る。
「そうなるのかな……」
「きっとそうだよ、そういえばニチ子が来てから、タンスの角に小指の爪をぶつけても痛くないし、肘が机の端に当たっても電気走らなかったもん」
「そ、そうか、ならばそうなのだろうな」
ニチ子はハナの例えに困惑するが、心当たりがあるのは確かだった。
疲れを知らず、魔力も衰えない。
そして、自身の周りにも薄っすらと光る魔法の膜のようなものを感じた。
これが、ハナが言ったように【不死】【不朽】【不滅】の効果を持ち合わせたニチ子の魔法効果。一切の物理攻撃、魔法攻撃を寄せ付けない、絶対防御だということを二人はまだ知らない。
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