#3 -3



 声から判断して、最後に頭を殴ってきた男だろうか。

 そんな男は壁に凭れていたバットを手に取り、ニロの首の横に構えた。


「話を聞かれた、顔も見られた・・・俺達にこいつを生かしておく理由はない」


 2度目の死の危険を感じ取り、屈辱を感じながらも命乞いを模索するニロ。

 先程もバッツとの接触については話したが、この男はそれを信じてくれず殴ってきたのだ。

 そう、事実を伝えるだけでは意味がない。意志を伝える必要がある。


「オレはチキュウを知るためならどんなことだってやってきた!!今更引く気なんて毛頭ねぇ!!アンタらに協力させてくれよ!!!」


 1度目の弁明以上に必死な様子を見せつける。

 どこまで話せば、彼らは分かってくれるだろうか。あくまで自分はバッツの頼みを聞いて動いているだけだということを。

 しかしながら、彼らの目的が"保安官狩り"であるならば、何か理由があるからと言ってその保安官が標的から外れることはないだろう。

 薄々感じていた現実の無慈悲さを目の当たりにしながら、振り上げられたバットを最後に目を大きく瞑る。

 こんなところで死ぬぐらいなら、最後にアイツらの本当の夢だけでも聞きたかった・・・!

 何も成し得なかった無力感と後悔ばかりが、脳裏に募っていくのであった。


「ちょっと待てヤマト!!!」


 全身を震わせながら、自身を死に追いやる衝撃音を待っていた。

 しかしその音が来る前に、相手の1人が男の動きを止めたことを告げる合図。

 服の肩辺りを掴まれているのを感じ、恐る恐る目を開ける。


「コイツの制服、肩にワッペンが着いてない。保安局のワッペンは正式な隊員の証だ」


 正保安官と研修生を見分ける方法は幾つかあるが、一目で分かる判断材料と言えば制服の相違だ。

 外出時に着用する橙色の防護コートの下には、全ての保安局職員が制服とするシャツが1枚。

 基本的にはどの隊員も同じ見た目だが、左肩に在るか無いかで、経験の差を開かせるものを置けるスペースが残されている。

 規定の成績を残し研修期間を終えた者には、保安局の紋様が描かれたワッペンが左肩に縫われている。


「研修生ってことか・・・?」


 この事を知ったところで、バットを振りかざす寸前で男は動きを止めた。


「俺達、まだ上のことを知らないような、純粋なヒヨっ子を殺そうとしていたのか・・・」


 どうやら"保安官狩り"の候補に研修生は含まれないらしい。

 それは、研修生は上層部との接触機会が少なく、彼らの危険思想を受け継いでいる可能性が低いからだろうか。

 何れにせよ、アドリア長官が研修期間を引き伸ばし続けてきたことが、今になって漸く効果を発揮したことが事実だ。


(3年間居るからヒヨっ子ではねぇけどな・・・)


 助かったことに安心する裏で、階級を見誤られたような気がして落ち着かないニロ。

 しかし、今は問い詰めるチャンスに違いない。全員の沈黙を確認した。


「・・・オレが研修生だったら、チキュウの話をしてくれるのか?」


 恐る恐る口を開く。

 何を言えば刺激してしまうのか、それが分からない以上、大きく出ることは危険だ。


「どこまで知ってるんだ、バッツを・・・そして俺達の計画を」


 保安局に突き出せば殺人未遂は免れないような男は、他のメンバーと異なり悔いや謝罪の態度は一切見せなかったが、先程の興奮状態は確実に収まっていた。

 一先ずは落ち着いて話を交わせるようだ。


「オレはあの日、バッツを発射場の侵入者だと思って、捕まえようとして戦った。アイツはアンタ達と違って・・・オレらが爆弾に巻き込まれそうになったら、自分を捨ててまで助けてくれたよ」


 少し挑発するような文言を入れてみる。

 依然としてバットを右手から離さないこの男は、また沸騰してしまうのか。

 先程からは随分と安定した雰囲気を前に、少し彼らを試してみたくなった。

 しかし動く気配はなく、話を続けることが許されているようだった。


「味方の増援があって、オレは捕まえることが出来たんだ。そしたらアイツは言ったんだ、この船をチキュウに行かせるなって。それを聞いた途端に上層部が焦り始めて・・・チキュウがどんなものか、オレは無性に知りたくなっちまったんだ」


 5人組がどういった理由でチキュウと宇宙の隔離を目指しているかは分かりっこないが、オレの目的は好奇心を満たすことだけだ。

 言葉だけでなく目でそう訴えた。


「あんたらの計画については一切知らねぇ。でも、このまま何も知らないまま、バッツを殺した上層部の言いなりになって働くなんて、死んでも御免だね」


 決意の強さをニロの目線から感じ取り、その場の3人は金縛りに遭ったような気になった。

 特徴も言動も何一つ似つかないが、初めて真面に言葉を交わした時のこの感覚は、かつてのあの男と出会った日を思い出させた。


「バッツは、宇宙の人々を支援する宇宙船に攻撃を仕掛けた、お前ら保安局からすれば生命線を脅かす脅威そのものだ。それでもお前はアイツを気にかけ、アイツの言葉通りに動いている。地球について知りたいなら、俺達を拷問でもすれば何でも聞き出せたはずだ。・・・どうしてそこまでして、アイツの遺言に執着するんだ」


 バットを片手に男は問う。何故に犯罪執行者の言葉に耳を傾け、それをいつまでも心に留めているのか。

 保安局に入る選択をしたような正義感を持つ者が、社会からはみ出た捻くれ者の意見に共感するなど、普通に考えれば有り得ない話。

 しかしながら、同じ状況下に置かれ、四肢を縛られながらも我々の言葉に従うこの少年は、そんな固定観念からかけ離れている。

 こうして好奇心が伝染していくのも、あの男との会話と類似していた。


「アイツが、アイツの眼が・・・仲良くなれそうなヤツの眼だったから!!」


 侵入事件当日、事を片付けた張本人であるニロは、犯人であるバッツを目前にあることに気が付いた。

 それが今まで彼をその言葉に惹き付けてきたのかどうかは分からない。

 しかし、彼の目には、その人物が自身と似たような思考回路を持っていることが、ハッキリと映っていたのだ。

 きっとバッツもニロと同じく、何事にも好奇心を抱ける少年のような心を持っていたに違いない。


「・・・フッ、揃いも揃っておかしなこと言いやがる」


 とても納得できる答えではなかったが、過去に同じような言葉を聞いていたので、納得よりも先に呆れが来た。

 このような戯言を言う者が敵であることは少なく、我々の邪魔をするような立場にもならない。

 男にはそう断言できる自信があった。右手に構えていたバットを静かに地面に下ろす。


「俺の名はヤマト。お前がどれだけバカで、バカなりに努力して地球を知ろうとしてんのが、大体は伝わってきた」


 相変わらずがめつい表情は変わろうとしないが、名前を名乗ることが出来るくらいには、男は落ち着きを取り戻していた。

 ヤマトと名乗ったその男は、大切な物を奪われた怒りを堪えるように、右手の拳を握り締めた。


「バッツもお前みたいなバカだったよ。ありもしない空想ばかり語って、その度に自分だけで楽しんで・・・でも、やる時には中身が変わったように、頼れる奴だった」


 ヤマトから聞けた発言はまだ僅かだが、それだけでもバッツと彼の信頼関係の堅さは窺えた。

 しかし、少なくとも5人以上の人員がいるこの組織の存在があったにも関わらず、バッツは単身で攻撃を実行した。

 もし今日と同じく複数で殴り込めば、成功率は確実に上がっていたはず。


「・・・なのにどうして、バッツ1人で保安局に乗り込ませたんだ?」


「アイツが自分で決めたことだ。俺達は最後まで反対してた」


 静かにそう答えたヤマト。口ではそう言っておきながらも、彼の眉間には後悔が詰まっているように見えた。

 組織内で何かしらの対立があって、彼は独りでも自分の信念を貫き通したということなのだろうか。

 他にも聞きたいことは山ほどあったが、自身の立場を案じて、ニロはそれ以上質問することをやめた。


「お前がそこまで言うなら、俺が殴る必要はなくなった。まして持っている情報全てを話してもいいとまで思えてきた。まさかあそこまでボコボコにされておきながら、まだ俺達を信じてるとは思わなかったよ」


 相手の意志の強さに驚かされたのは、何もこちらだけではなかったようだ。

 ヤマトからすれば、殆どの保安官がバッツを含めた自分達を敵だと看做していて、その犯行の足しになる言動は慎むはずだと思っていたものを、目の前の少年はその真逆の態度を取っているというのだ。

 それも、通常の保安官が死に追い込まれる寸前まで屈さないのに対し、彼は死に追い込まれる寸前まで和平の道を断とうとしなかった。

 異常な精神力に当惑もしたが、それ以上に信じられるかもしれないという可塑性が浮かび上がってくるのだった。


「・・・だが保安局の人間である以上、お前を信用しろと言われてもまだ難しい。保安局の大きな圧力に立ち向かう覚悟、バッツのように死を分かっておきながらも行動する覚悟・・・それがお前の中にあるってことを、証明してもらうまではな」


 しかし、二人の間には保安局という壁があり、簡単に同盟を結べる状況ではなかった。

 一歩踏み違えば、一方は国家機関を裏切った者として一生指を指され、一方は国家の思想に背いた者として首を撥ねられる。

 自分の保身目的もあったが、二度と現れることのない目の前の微かな光を、ヤマトは自分の手で消すことを恐れ、無責任に握手を交わそうとしなかった。

 更なる平和を求めて飛び立った親友の足を止められず、失ったときのようなあの感情は、もう二度と味わいたくない。


「どうすれば、オレを迎えてくれるんだ・・・?」


 初めて言葉が通じたことに小さな興奮が集う。

 心の中で静かに燃え上がる情熱を感じながら、ニロは問う。

 険しい表情で腕を組み、深く考え込んでいるヤマトに対し、彼の口角は思わず上がっていた。


「何でもいい。保安局内部でしか流れない新しい情報を、このアジトまで来て俺達に知らせろ。別に俺達の利益になることじゃなくてもいい。それが正しい情報だったら、少なくとも俺はお前を信用して受け入れよう」


 出された条件はこの通り、ニロは諜報員として本部に戻り、保安局の人間のみが知ることを許された情報を、後日ヤマトらに伝えに行くこと。

 これが成功すれば仲間に加わることが許され、ニロは自身の探求を更なるステージで行うことが出来るようになる。

 特に誰かと争う必要も無く、飲み込まないわけがなかった。しかし。


(でも、それが"正しい情報"かどうかは、ヤマトは分かんねぇんじゃねぇのか・・・?別にオレはウソつかねぇけど、もし偽の話をしたとしたら、コイツらはどう判断するんだろ・・・)


 保安局内のみで共有されるのであれば、それが事実かどうかを判断する材料を、彼らが持ち合わせる術はないはず。

 しかし1人の保安官に5人で奇襲をかけ、確実に目的を達しようとする彼らが、ここまで自信満々に断言出来るということは、彼らはニロの発言を見抜くことができるに違いない。

 だが、それはどうやって・・・。


「欺こうとしたり裏切ろうとするんなら忠告しておくぞ。俺達はいつでもお前を殺せる、これを忘れるな」


 またしても自信に満ちた発言。

 ヤマトの口から放たれた全ての言葉は、これから起こり得る未来を全て知っているかのような口ぶりであった。

 理由を模索してみるが、なにせ数時間前まで体中を金属で殴られ続け、いつものように冷静に頭を働かせることは出来なかった。

 何れ解き明かす"謎"の中に、この組織の謎の数々を加えるのであった。


「放してやれ」


 傍に居た2人の仲間にそう告げ、持ち場を離れようとするヤマト。

 普段を知らないが急ぎ足だったので、これ以降もやる事が幾つか残っているのだろう。

 今日のうちの質疑応答は諦めていたニロだったが、一つだけ言いたいことを残していた彼は、その足を強く止めた。


「待ってくれ!!!」


 2度放たれた命乞いと同等、またはそれ以上の声量に、そんなヤマトでさえも静止を強要された。


「オレはニロ。・・・ヤマト、アンタの抱えてる謎、一緒に解明しようぜ」


 肘関節が縛られ、自由に動くことの出来なかった右腕で、残された力を振り絞る。

 緩やかに震えながら突き出された拳と、口を大きく広げて笑う顔。

 ペースを乱され不機嫌そうに振り向いたヤマトだったが、その景色に心を奪われそうになる。


「やれるとこまで行ってみようぜ!どうせ僕らなんて、これぐらいしか出来ないんだからさ」


 脳内を駆け巡る、いつの日かの親友の声。

 微力ながらも全力を尽くして何かを成そうとするニロの姿に、その面影を重ねてしまった。


(バッツ・・・)


 二人の性格の類似に後ろめたさを感じながら、再び彼は動き出した。

 失った物を数えても、それが還ってくることはない。

 今取り残された自分に出来ることは、新たな可能性が導く未来に期待を寄せることだ。





продолжение следует…

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