#2 -3



「・・・そっか、皆も訳があってここに居るんだもんな」


 徐に立ち上がって、扉の方へと進む。彼らの決意を無駄にしない為にも、どうやらこの一件は孤独に進める必要がありそうだ。

 これまで以上に仲間を思いやる気持ちが強くなり、今後は似たような話は一切しないようにしようと、強く違うのであった。

 部屋を出ようとセンサーに触れる直前で、ニロは3人の言葉から抽出した違和感について、首を突っ込まないわけにはいかなかった。


「でもそれって、本当にか?」


 発言の瞬間、3人の背筋は罪を暴かれたように冷たく震えた。

 特に心当たりが無いのにも関わらず、何故か図星を突きつけられたような感覚だった。

 暫く言葉が出なかったし、身動き一つ取れなくなった。


「あ、ああ、そりゃあ自分で言ってんだからな・・・」


 口元を少しばかり震わせながら弁明するオリバー。しかし、彼は徐々にニロの発言の理由を感じ取るようになっていく。

 自分達が挙げた理由は、全て他人の方面から突き動かされている、言わばおままごとのコマのような状態で放たれた言葉であり、決して自分の中に秘められた欲求だけで構成されているわけではないということに。

 ニュアンスが少し遅れてミナミとトチにも伝わってくる。


「・・・何が言いたいのよ!アンタだって、その侵入者の言葉からやりたいことを見つけたんでしょ!?どう違うって言いたいわけ!!?」


 4人が持つ意志は全て似たり寄ったりである。全員が全員、他の誰かの言動を機に揺るがない意志を抱き始めている。その点に於いては、ニロの指摘は自分にも刺さる発言であった。

 そもそもチキュウという言葉をそれまで知る手段が無かったので、独りでに目標形成した"自分の夢"と呼べるかどうかは些か疑問であった。


「時々こう考えるんだ、もし過去が色々と違ってたとして、同じ"今"に至ったらどうするかって。例えばオレが保安局に入らずに、ただニュースだけを見て同じ言葉を聞いたら・・・オレはその先、どういう行動を取ってるんだろうなって・・・」


 しかしニロが続けた言葉の中には、自身の確固たる決意を指し示す為の証明の数々が含まれていた。

 例え幼き日に青年保安官への憧れを抱くことが無かったとしても、上層部の闇深い実情を知らずに居られたとしても、心の奥底にある子供じみた欲求が、そこに確かに在る未知の存在を掴んで離さない。


「あの侵入者の野郎と会っていようがアイツが死んでいようが、正直あんまり関係ねぇよ。オレはただ、自分が今まで知らなかったものを今知っただけで、その正体が気になるだけなんだ!」


 胸を張ってそう告げたニロは、扉を開けて再び班別ルームを後にした。

 慌ててミナミが引き留めようとしたものの、彼の姿は既に国立図書館の方角へと遠のくばかりであった。


「簡単には捕まらないと思うけど・・・ちょっと心配になっちゃうね」


「・・・流石に死んだり違反行為されちゃったら貰っちゃ困るけど・・・それ以外なら、もう好きにさせましょ・・・」


 誰かの為を思って行動を起こしているわけではなく、ただただ自らの好奇心を満たす為の無謀な行動である。

 彼の言葉からそう解釈したトチは、あの男と馬が合うことは絶対に無いのだろうと失望し、今月何度目かのため息をついた。

 最近の探究家的な行動からいつか大人になってくれるのだろうかと少し期待したが、成長どころか今度は自分の目標を他人に翻弄された結果だと揶揄され、再びいつものニロの印象に戻った。

 憤怒だけが募るトチだったが、一方で、先程のやり取りで心持ちに少しの不安が生まれる者もまた、居た。


(考えたこともなかった・・・俺は一体、何がしたくて保安官になろうと思ったんだ・・・?)


 ニロの発言に一番動揺させられたのはオリバーだった。

 彼にしてみれば、一族の誉れを継承し続けることを使命として長らく生きてきたのだから、自分だけの願いについて考える余裕など人生に1分として無かった。

 そして、ニロが堂々と夢を語る姿が、何よりも輝かしいものとして映った。

 オリバーは立ち上がって、態々ニロが座っていた椅子に腰を下ろした。指を組んで顔を置いた。

 何とも幼稚な屁理屈のような演説だったのは間違いなかったが、ニロにとっては俺の生き方も間違いたったのだろうか。

 考えが深まる一方で、目標達成の為に諦めてきたかつての欲の数々が、オリバーの脳内をグルグルと駆け巡り始めた。








 翌日。いつものようにイーグルスアイとマンタジェットを身に着け、宇宙列車の駅へと向かうニロ。

 今日の目的はパトロール紛いの散歩ではなく、物事に進展があったので調査をもう一段階上げることにあった。


(アイツと同じように、英雄の船を止めたがってる奴が他に居る筈なんだ・・・そいつらの正体を突き止めて、チキュウについて聞き出してやる!!)


 侵入者の青年が放った言葉を脳内で反芻させる。


「僕らの意志はこんなことで終わらないさ」


 逮捕直前、"僕ら"という表現を残したことから、彼の仲間がまだどこかに潜んでいると考えたニロは、あちこちを回ってその正体を暴き出そうと行動に出た。

 またしても無線を盗聴し、どこかしらに現行犯が居ればそこに駆けつけ、彼と関わりがあるかどうか探る。これを繰り返せばいつかは辿り着くという考え方だ。

 宇宙の人口は計り知れない程に多いが、あれ程無謀な行動に出る者の仲間となれば、彼以上に保安局に敵対態度を示す行動を見せてもおかしくはない。

 同時に事件解決もこなして行くことで、保安官としても実務を果たすことも出来るのだ。

 まずは手の届く範囲から虱潰しをして行くことにした。


「こちらリーベル・ヴェルディア市、民家にて立てこもり事件発生!犯人は駆けつけた保安官を的に自作の銃の試し打ちをしている模様!!既に3名の保安官が意識不明です!!」


 慌ただしい報告が耳に入ってくる。あの事件と同じく、保安局の人間に向けられた攻撃。

 侵入者の彼とは違って不殺の精神は無さそうに思えるが、行ってみる価値はありそうだ。


(一先ずこいつを睨んでみるか!)


 鉄の塊に乗り込むニロ。

 動き出した列車は、惑星と惑星を結ぶ線路に沿って宇宙空間を高速で移動する。暗く黒く塗りつぶされた光景に、鼠色で雑に縞模様が描かれた球体が近付いてくる。

 乗車して暫く経ち、目的地に辿り着いた。


「寒っ!!」


 雪の惑星と呼ばれるリーベルは、その呼び名の如く年中雪が降る珍しい気候で有名である。

 駅を降りれば辺り一面は浅く積もった雪原が広がっており、初めて訪れたニロにはその気温が衝撃的な低さとして印象づけられた。

 足場の悪さに苛立ち、いつもの癖で思わずマンタジェットを起動しそうになったが、昨日のトチとの会話を思い出して制御した。

 事件現場へと急ぐニロ。現着したところ、犯人は既に手錠をかけられ事件は解決に終わっていた。


「先輩!今の犯人、何か言ってたか!?」


 慌ててその場の保安官に声を掛けるが、彼らはニロが望む通りの真面目な回答をしてくれそうに無かった。


「問題児なのか優等生なのかよく分からないのが来たか。今回はちゃんとマンタジェット使ってないか?」


「んなことどうでもいいんだって!!さっき捕まって連れてかれた奴が何言ったか聞いてんだよ!!!」


 怒号の音量が右肩上がりになって行く。温度差に驚きながら、彼らは漸く首を振った。

 保安局に敵対するような姿勢を見せつけてはいたが、あの侵入者との直接の関係性は薄そうだと知ったニロは、渋々現場を後にした。






 再び宇宙列車に乗り込み、続いて訪れたのはワートス。

 闇の惑星として知られており、ここもまた呼び名が示すように景色の暗さが大きな特徴となっている。リーベルとは少し味の違った寒さが、またしても下調べをせずに踏み入れたニロを襲うのであった。

 耳元から雑音混じりの無線が途切れながら伝わってくる。


「こちらワー・・・3丁目の交・・・く弾が発見されたとのつ・・・応答願・・・」


 惑星ワートスが他の惑星より顕著に少ないものと言えば、光の他にも電波だろう。

 ロイルから一番遠く離れた位置にあるこの星は、移動も生活も大変な環境と言える。

 その為住居数調査は7つの惑星のうち毎年最下位を記録しており、そんなワーストの名誉から惑星の名が付けられたのではと考えられている。


(チッ、通信がゴミってのはちょくちょく聞いていたが、ここまでだったとは・・・)


 中々音声を拾えず苦労するニロ。

 しかし無線の音声が繰り返されたことで、1回目では聞き取れなかった情報が新たに手に入る。聞くところによると、アスマン区3丁目の交差点で時限爆弾が仕掛けられているらしい。

 爆弾と言えば、あの侵入者の青年が使っていたものと同じものかもしれない。

 期待を膨らませながら、地図を起動し走るニロ。しかし目的地に辿り着いた頃には、応援要請をしていた割には現場の保安官の数が思っていたより少なかった。


「先輩!爆弾はどうなった!!」


 話し合っていた2人の保安官に聞いてみることにした。


「遅ぇよニロ。もう回収済みだ、爆弾じゃなくてただのオモチャだったがな」


 彼が差し出した1つの箱のような物体。

 外側にはしっかりとタイマーが付けられていたが、蓋を開けて中を見ると、バネのついたピエロの仕掛けが飛び出して来たではないか。

 イタズラ通報だったことに苛立っていたのか、例のオモチャを地面に投げつけた先輩保安官。

 自分もコケにされたような気がして、ニロは憤慨しながら宇宙列車の駅へと向かった。








 こうして各惑星を動き回ること2週間。

 いつも以上に体を使っていたことや、数々の情報処理を同時にこなしていたことなどが、ニロの身体に大きく負荷をかけた。

 今じゃ睡眠時間が通常より2時間も短縮されており、中々疲労を回復する機会が来ない。疲れ切って得意の走りでも輝けそうになかったが、それでも彼の足は止まらなかった。

 チキュウや侵入者の青年の仲間達に近付ける情報を、僅かでも求めていた。

 今日は、ここ数日で何かと訪れる機会の少なかったラートウにやって来た。


(あっちぃ〜・・・!リーベルの寒さが恋しくなるぜ)


 炎の惑星と呼ばれるラートウは、惑星中央に大きな火山が点在しており、その周辺では温泉業が盛んとなっている。

 人々の生活に危害を加えることは少ないが、しばしば小さな火山活動が発生し、周辺住民によればその度に気温が上がるとのこと。

 実際に炎が蔓延しているわけではないが、ニロ達保安局の本拠地があるロイルなど他の惑星に比べれば、灼熱の気候を誇っている。


(気になる通報が段々少なくなって来てるな・・・平和になってんのはいい事だけど、オレからすりゃやる事がなくなって退屈だってーの!街を一個一個回ることぐらいしか、アイツの集団に関する情報を得られねぇんだよ)


 駅周辺の街並みは全ての惑星で目を通し尽くしている。

 となると次は細かい住宅地や駅の裏側の地域など、保安官の業務だけでは中々通ることのない場所が手がかりの可能性を持っている。

 しかし、そうは言っても1つの惑星だけで見ても直径が伊達でなく、隅々まで調べに行くとなると時間が幾つあっても足りない。

 今のように空いた時間が出てきたら、まずは訪問数の少なかった惑星を振り返ってそこから潰していくことにした。歩いてみること暫く。


(しっかしこの辺はボロい建物ばっかだな〜。ほんとに誰か住んでんのか?)


 市街地から少し離れた地域には、廃れた建造物ばかりが立ち並んでいた。

 脇道はゴミで埋め尽くされており、不快な臭いが漂っている。

 とても治安が良いとは言えない事態に、ニロはいつかの強盗犯の言い分とこの景色を照らし合わせていた。


(もしかしたら、こういうとこに貧困層の人達が住んでたりすんのかな・・・前に会った強盗犯のおっさんも保安局が相手にしてくれないって言ってたし、こりゃ国がムシするわけだぜ)


 たった一人の保安官研修生だけではどうにも出来ない、そう自分の地位に現界を感じつつも、保安局という組織の名を背負いながら貧困層の人々の生活を救えないことに、ニロは申し訳なさを心に秘めた。

 しかし、今はここの掃除より自分の目的を優先したい。

 相変わらず人影は見当たらないが、あるかも分からない情報の手がかりを探るため、再び歩き始める。

 すると、彼がたまたま横を通りかかった路地裏から、荒い息遣いを感じ取った。


(誰か居るじゃねぇか、少し話聞いて・・・)


 情報収集の為にそこに見えた人物に話しかけようと、一歩を踏み出したニロ。

 しかし、仮面をつけジェットバイクに乗る人物の全体像が見えたかと思えば、いつの間にかそのシルエットが間近にまで迫っていた。


「バッツの仇!!!!」





продолжение следует…

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る