#1 -4



 3階建ての建物を飛び越えて、発射場の寸前までやって来た。その道中でレーザーガンを構えながら。


「止まれ!!命が惜しかったらな」


 ジェットバイクに乗りながら、宇宙船の周囲をウロウロとする侵入者の姿が見えた。仮面を着けていて身元は特定出来そうにない。

 ニロの体感ではギリギリレーザーガンの射程外に居るが、相手がその情報を知らないという可能性に賭け、銃口を向ける。

 しかし、そんな彼の行動をもろともせずに、侵入者はゴソゴソとポケットの中を手探りし、1つの小さな球のようなものを取り出した。


「おい、なんだそれは・・・!」


 その瞬間に宇宙船から離れることを始めた侵入者。

 一瞬の間にニロの脳内に様々な可能性が飛び交ったが、侵入者のこの行動によって1つに絞られた。間違いない、あれは爆弾だ。

 予感が的中し、男はその球を宇宙船に向かって投げつけた。


「チッ、当てさせるかよ・・・!!」


 爆弾と思しき物体は放物線を描きながら空中を舞い、徐々に宇宙船との距離を縮めて行く。

 その軌道に照準を定め、偏差撃ちを試みるニロだったが、これもまた射程のうちに入るかどうか危うい距離である。

 しかし、考えてる間もなく爆弾は着弾し、宇宙船を傷付けてしまうだろう。一か八かの博打打ちにはなるが、彼は迷わず引き金を引いた。

 放たれた光線は最後の最後でなんとか爆弾に飛び付き、その場で爆発した。


(船には当たってないようだな・・・。でも、あんなのをあと何個も持ってるってなると、結構厄介だぞ・・・!)


 またしてもポケットに手を入れる男。爆弾を出させまいとエンジンを炊かせ、ニロは男の元へ飛び立つ。

 しかしながら、男の手馴れたジェットバイクの扱いによるものか、距離は中々変化を見せないままだった。


(射程ギリギリを攻めて来やがる・・・もしやコイツ、この銃の性能を知ってんのか・・・!?)


 非現実的な可能性が頭の中に宿る。

 レーザーガンは保安局の中でのみ使用される武器であり、その設計や性能に関しては極秘のものとされているが、部外者であるこの侵入者がそれを知る術は、果たして存在するのだろうか。

 だがそんなことは今はどうでも良く、一先ずこの男を捕まえなければならない。全身全霊でマンタジェットを飛ばし空を舞うニロ。

 すると、背後から保安官が応援に来たことを知らせるエンジン音が聞こえた。


「先輩、挟み撃ちだ!!オレはこのままコイツを追うから、あんた達は反対側から射撃とかで応戦してくれ!!」


 まるで司令官のように指示を放つニロ。いつも通りであれば研修生の作戦に従うことをプライドが許さないが、そんな研修生に既に遅れを取ってしまっていることから、先輩保安官達は文句の一つも言わず彼の言う通りに動いた。

 正面から追いかけるニロ、逃げ続ける侵入者、定位置で射撃によって侵入者のルートを阻む保安官達。

 しかし、またしても侵入者が爆弾を取り出したことにより、流れは一気に動き出す。


「ニロ!あれはなんだ!!」


「爆弾だ!!起爆範囲はそんなに広くないけど、巻き込まれたら大変なことになる!!!」


 飛行しながらの射撃に苦戦しながらも、爆弾の偏差撃ちに成功するニロ。

 しかし、爆弾が続々と投げ込まれることにより、彼の手だけでは対応出来なくなってしまっていた。

 遂に爆弾の1つが宇宙船に着弾し、車体が傷を負ってしまった。


「クソっ!!!!」


 まだ深い傷は付いていないようだが、宇宙船を守り切れなかった悔しさが募る。

 ただ、数分間で対立を繰り広げていく中で、侵入者の攻撃には、今までの犯人達とは異なる何かが感じられた。


(でも妙だな・・・手っ取り早くオレらを殺せば好き放題出来るってのに、全く手を出して来ないぞ・・・?)


 男が不殺の精神を心がけている可能性が浮かんだ。

 何が目的で補給船を攻撃しているのかは未だに分からないが、何が目的であれ邪魔な保安官を片付ければ目的がもっと早く達成出来る筈だ。

 そのメリットを押し殺した上で攻撃して来ないというのは、敢えて人を傷付けることを避けてるとしか思えない。


(じゃあもしオレが爆弾を食らうってなったら、コイツはどう動くんだ・・・??)


 命を奪う罪悪感を恐れているだけの臆病者であれば大した動きは見られないかもしれないが、大義の元で不殺を掲げているのであれば、オレ達が攻撃を受けることを阻んで来るかもしれない。

 そう考えたニロは、相手が爆弾を投げるタイミングを見計らって、その軌道に飛び込んでみることにした。

 最悪爆発を食らっても、イーグルスアイの防護機能で死にはしないだろう。男の右腕が大きく振りかぶられ、手元から爆弾が離れる。


(今だ!!)


 爆弾が通る放物線の軌道を予測し、その最高点を目掛けて飛び立つ。

 自殺行為とも取れるその行動に、味方の先輩保安官達も驚きの表情を見せた。


「何やってんだあのバカは!!!!」


 咄嗟にマンタジェットで彼の元に駆けつけようと試みたが、暫く起動していなかったことでエンジンが自動的に停止しており、爆発に間に合わない。1人の保安官が彼を助けられないと絶望した、その瞬間であった。

 侵入者の男はジェットバイクの舵をニロの浮かんでいる方角に向けて、一気にスピードを上げた。


(フッ、バカめ。そうして近付いて来たら、今度はお前が捕まるだろうよ!!)


 怖いくらいに思い通りに行ったニロは、徐々に近付く侵入者に右腕を伸ばし、その服を思い切り掴んだ。

 勢いのまま男を引っ張り、そのまま地上に向かって落ちて行く。

 空中で横這いになりながら2人は発射場の地面と激突した。一瞬にして激痛が走る。


「・・・へへっ、お前やっぱ人間殺せないだろ」


 立ち直り、改めて並んでみると相手の方が少し身長が高かった。服は離さず掴んだままであったが、一切抵抗する様子は見られなかった。

 それどころかは、相手は何故か身震いしていた。


「・・・お前、どういうつもりであんなことをしたんだ!!」


 敵である筈のニロの胸ぐらを掴み、説教を始めた。

 相手を殺人の勇気がない小心者だと小馬鹿にしていたニロは、予想だにしなかった行動に少し困惑していた。

 よく見ると仮面が割れており、顔の右半分がハッキリと見えた。高い身長に似合わず幼い顔つきで、声変わりの最中のようだった。

 正体は意外にも自分と同い年かそれ以下、歳上である筈がないと思えてしまう程おぼこい青年であった。


「あの爆弾は宇宙船を破壊する為に作られているんだ!鍛えられた保安官とは言え、あんなのを真正面から喰らえば重症は免れない、下手すりゃ死ぬぞ!!」


 敵に心配されているこの状況が、ニロはちっとも理解出来なかった。

 青年は本当に宇宙船の破壊だけを考えていたらしく、保安官も自分も怪我を負わずに終わらせるつもりだったのだろうか。

 よく分からない考えだが、未だに服を掴んだままで居られていることを好機だと思ったニロは、不敵な笑みを浮かべた。


「おいおい、人より先に自分の心配をしたらどうだ?お前の目の前に居るのはお前を捕まえようとしている敵、そんな奴に服を掴まれてちゃあ、もう逃げる気はないって言っているようなもんだぜ??」


 そう言われたことで漸く自身の状況を把握した青年は、もう逃げられないという潔い姿勢を見せたまま、立ち止まることにした。

 宣戦布告の筈が、相手の抵抗を止めることになってしまい、またしてもニロは困惑の一途を辿った。

 そこに、他の保安官に連れられやって来た上層部の7人。昨日散々な会話を交わした長官アドリアも居ることからニロは彼らから目を背けた。

 青年の両手に手錠がかけられ、連行される。その瞬間だった。


「・・・僕らの意志はこんなことで終わらないさ。いつか君達も分かる、この制度のせいで宇宙は大変なことになるって・・・」


 負け惜しみか、侵入者の少年が何かブツブツと呟いているのが聞こえた。

 ただでさえ何を考えているか分からない相手が、またしても理解出来ない言葉を繰り返そうとしているのだから、今すぐにでもこの場を去りたいというのが本心だった。

 しかし、これまで出会ってきた犯罪者の中に、彼のような若者は1人も見当たらなかった。例え生活苦から人の道を外れることがあった貧困層であったとしても、彼のような次世代の担い手を使うことは無かったし、物資補給活動の阻害は更に経済格差を広げることにしか繋がらない。

 彼の”動機”がただただ気になったニロは、その言葉を静かに聞き入れることにした。

 すると、最後の最後に一絞りの遺言を言い放つような、そんな哀しい表情が青年の顔に浮かんだ。


「この宇宙船を、"地球"に行かせては駄目だ!!!」


 その言葉を感知した瞬間、奥に居た上層部の7人が動揺したことは目に見えた。瞼が大きく開かれ、何やら冷や汗をかき始めたことも。

 途中で使われた4文字の単語を知らないニロにとっては、常に冷静な彼らがここまで動かされる理由が検討もつかなかった。


「えっ・・・?ちょっと待てよ、なんなんだよそのチキュウってやつは・・・!!」


 青年の最後の一言から、上層部は青年の連行を保安官達に急がせた。あんなに焦っている7人を、今までなら聞いたこともなかった。

 彼の言い放った"チキュウ"という、全く聞き覚えのない言葉。そこにどんな意味が詰められているのか、そして何故その言葉で上層部が異常な様子を見せたのか。

 結局のところ、それが本当の動機だとして、何故宇宙船の行き先を知っているのか。

 チキュウというところには、一体何があるというのか。・・・謎は深まる一方だった。


「あいつ、宇宙船を〜の後なんて言ってた?」


「さあ?聞き取れなかったな」


 周囲に居た他の保安官は、その言葉に興味の一つも示さなかった。

 しかしながら、1人で考え込む少年の姿が一つ。鼻息一つも漏らさず、ただただ考えている様子が伺えた。

 彼の元にアドリアが駆けてやって来る。


「やあやあニロ・・・今日の騒動は、どうやら本当に君が活躍してくれたおかげで解決したようだね・・・」


 過呼吸を繰り返し、ハンカチで拭くも何度も滴ってくる汗が、アドリアの顔をこれでもかと言う程濡らしていた。

 そして、昨日の今日とは言い難い程に、ニロの行動をべた褒めし始めた。


「いやあ、これは本当に助かった。昨日していた話は全て無かったことにしよう、やっぱり君は勇敢で優秀な保安官だ・・・」


 目線を泳がせるアドリア。理由は何も分からない。ただ、侵入者の青年の言葉に踊らされ、必死にその意味を隠そうとしていることだけは確かだった。

 知らなかった単語への興味でしか動いていなかったその時のニロは、空気も読めず彼にある言葉をかけた。

 しかし。


「・・・なあ長官、チキュウって・・・」


「さあさあ戻ろう。しっかしこんなことをされちゃあ、今日中の補給船打ち上げは難しいかもなぁ」


 彼の発言を遮るように、アドリアはわざとらしく大きな声で独り言を呟いた。現状は何も分からず、ニロは混乱の中に1人で立たされているような感覚だった。

 彼を引っ張るアドリアの手は、生きている人間のものとは思えない程、冷たかった。






 少し遅めの朝食を終え、班別ルームに戻ってきたトチ。胸辺りまで伸びた髪を右上で纏めながら、自分のデスクに戻ろうとした。

 その時、目の前に迫ったミナミが、彼女の肩をポンポンと叩いた。


「トチちゃん、さっきからニロ君が・・・」


 はぁ、またニロ関連ですか。聞くだけで思わず溜息をつきたくなる名前が聞こえ、嫌々彼の居るカプセルデスクの方に目線を向ける。

 しかし、光景は予想を遥かに上回っていた。


「"チキュウ"、"チキュウ"・・・そもそもどうやって書くんだ?字体はどんなだ?そこが分からなきゃ調べようもないし・・・。そうだ、まずは形を考えてみることにするか!補給船の目的地ってことは、オレらが住んでる星みたいに丸いのかな・・・」


 机に向かってブツブツと独り言を呟き、何かを淡々と描いているように見えた。

 不真面目なイメージでお馴染みのニロが自ずと机に向かっている様子に、トチは全くもって意味が分かりそうになかった。


「え、なにこれ・・・」


 それ以外に言葉は一つも出て来なかった。


「おっ、戻ったか。昨日は悪かったな」


 この男が自らの行いを詫びることなんて、その場しのぎ以外に見たことはなかった。

 何もかもがいつものニロとは違う。


「いや、全然いいけど・・・なんか、大丈夫?」


「ああ、これか?」


 少し遅れたトチの反応に、オリバーのように爽やかなに対応するニロ。

 やっと机からこちらを振り向いたかと思えば、彼の表情はこれまでのどんな時よりも真剣で、威厳すら感じてしまった。


「やりたいことが増えたんだ」


 訓練に向かったオリバーが開けておいた窓から、強めの風が吹いてくる。


「そ、そう・・・。・・・何をするの?」


 恐る恐る問いを投げた彼女の目には、ニロの眼の中で光輝く星のような何かが反射していた。


「解明したいんだ。この宇宙の謎を、全部」






 時は宙暦258年。人類が広大に広がる宇宙の中で、この7つの惑星群を活動拠点とし始めてから、既に2世紀と半分が経過していた。

 多種多様な人々が住まうこの宇宙で、人々が安心して日々を送れるように秩序を維持する組織、NZ国家保安局。

 人々の安寧の為であれば、彼らはどのような分子であれも危険と看做し排除を厭わない。例えそれが、人々が歩んできた歴史の数々であったとしても。





продолжение следует…

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