オルデンブルク公爵令息

 1週間後、ランツベルク城にて。

 ローザリンデ、パトリック、エマの3人はティータイムを楽しんでいる。

「ローザリンデ、オルデンブルク公爵家長男のルートヴィヒ卿のことは知っているかな?」

 パトリックはそう聞いてからミントティーを一口飲む。

「ええ、お父様。オルデンブルク公爵家の夜会には1度だけ参加いたしましたので、オルデンブルク卿にはその時にご挨拶しております」

 ローザリンデもミントティーを口にする。

成人デビュタントの儀以降、ローザにとっての初めての夜会がオルデンブルク公爵家主催の夜会だったわね」

 エマはふふっと微笑む。

「左様でございますわ、お母様。あの時も緊張しました」

 その時のこと思い出し、ローザリンデは眉を八の字にした。

「そうか。それで、ローザリンデにエスコートの申し出や釣書が多く届いていた件だけど、ようやく絞れたんだ。ルートヴィヒ卿に。ローザリンデを傷つけそうな奴や醜い野心を持つ輩は徹底的に排除したし、人望があって優秀な男でも家族の方に問題がある場合は僕の方から断りを入れておいた。ルートヴィヒ卿が……性格や家柄を含めて総合的に1番だったよ」

 パトリックは苦笑した。

「お父様……わたくしのせいでお手数おかけして申し訳ございません」

 ローザリンデは少し肩を落とす。そんな彼女の背中を優しく撫でるエマ。

「謝ることではないよ。ローザリンデには絶対に幸せになって欲しいと願っているからね」

 優しく微笑むパトリック。

「ありがとうございます、お父様」

 ローザリンデは少しホッとしたように微笑む。

「ローザリンデ、君はこの申し出をどうする? もちろん断ってもいいんだよ。ローザリンデはずっとランツベルク家にいても構わない」

 パトリックのアメジストの目は真剣だった。割と本気のようだ。

「お父様、そういうわけにはいきませんわ」

 ローザリンデは困ったように微笑む。

(オルデンブルク家は公爵家の中で最も家格が高い筆頭公爵家。オルデンブルク公爵夫人は、国王陛下の妹君。つまり、臣籍降下なさった王女殿下でございますわ。……ランツベルク家としても、繋がりを持っておいた方がいいですわね。ただ、オルデンブルク卿は確か……)

 ローザリンデは少し考え込む。

「ローザ、どうしたの? 何か心配事?」

 エマはローザリンデに優しい笑みを向ける。

「いいえ、大丈夫でございます」

 ローザリンデはふわりと微笑む。そしてアンバーの目は真剣になる。

「お父様、わたくしはオルデンブルク卿からのお申し出をお受けいたしますわ」

 するとパトリックはほんの少し寂しそうな表情になる。エマはそんな彼の背中をそっと撫でた。

「ローザリンデ、無理をしなくてもいいんだよ。本当に君にはずっとランツベルク家にいてもらっても」

「お父様、ユリウスお兄様は次期当主として優秀ですし、ティアナお義姉ねえ様と結婚したことでブラウンシュヴァイク公爵家と繋がりを持つことが出来ました。ラファエルお兄様は、ナルフェック王国のヴァンティエール侯爵家に婿入りしました。そのお陰でガーメニー王国とナルフェック王国の結束は強まりましたし、ランツベルク領の強みの1つである貿易業もより盛んになりました。シルヴィアお姉様はリンブルフ卿と婚約したことで、リンブルフ公爵家と繋がりを持つことが出来ましたわ。それに、イグナーツも優秀ですし、クラリッサは医学の道を目指しております。エーデルトラウトとランプレヒトも才能があるので、全員ランツベルク家の役に立っておりますわ。……わたくしはそこまで優秀ではございませんし突出した才能もございませんが」

 ローザリンデは少し目を伏せた後、再び顔を上げるとアンバーの目に力がこもる。

「それでも、ランツベルク家の役に立ちたいと存じております」

 ローザリンデの言葉を聞き、パトリックは諦めたように肩を落とす。

「ローザリンデはそういう子だったね。エマに似てとても芯が強い。でも、くれぐれも無理はするんじゃないよ。君は小さい頃から淑女としての勉強やダンスのレッスンを頑張り過ぎて体調を崩してしまうことがあるからね」

「ありがとうございます、お父様。気をつけますわ」

 ローザリンデは柔らかく微笑んだ。

 エマはその様子を優しく見守っていた。

 こうして、ローザリンデはパトリックを通じてルートヴィヒからの申し出を受ける返事をした。






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 その1週間後、ローザリンデはビスマルク侯爵家の夜会に参加する為に、再び王都ネルビルまでやって来た。この夜会はエマだけでなく、社交界デビューしているランツベルク家の者達も招待されたのだ。

「ローザリンデ様、とてもお美しいですよ」

「いつもありがとうございます、フィーネ」

 ローザリンデは嬉しそうに侍女であるフィーネにお礼を言う。

 その時、扉がノックされた。エマである。

「ローザ、ドレスもお化粧もとても似合っているわ」

 ふふっと明るく笑うエマ。

 ローザリンデは淡いピンク色のプリンセスラインのドレスである。

「ありがとうございます、お母様。全てフィーネのお陰でございますわ」

 ローザリンデは少し照れながら微笑んでいる。

「リッキーやユリウス達も準備が出来ているみたいだから、そろそろ行きましょう。オルデンブルク卿も、もうじきお迎えにいらっしゃるみたいだし」

 ローザリンデはエマの言葉に頷き、皆が待っている部屋へと移る。

「おお、ローザリンデ、とても似合っているよ」

「流石私の妹だ」

「ローザリンデ様、とても可愛らしいですわ」

 パトリック、ユリウス、ティアナはローザリンデの姿を見て微笑んでいる。

「ありがとうございます」

 ローザリンデは頬を赤く染めて、恥ずかしそうに微笑んでいる。

「ローザリンデ……まるで妖精みたいだわ! 折角ですし写真に残しておきましょう。領地にいるお祖父じい様とお祖母ばあ様、それからイグナーツ、クラリッサ、エーデルトラウト、ランプレヒトにも見せて差し上げないと」

 そう興奮しているのはローザリンデの姉シルヴィア。ストロベリーブロンドの真っ直ぐ伸びた髪にペリドットのような緑の目、そして鼻から頬周りにはそばかすがある。顔立ちはパトリックと似ている。

「シルヴィアならそう言うと思ったから、ロルフに写真機カメラの準備をさせておいた。みんな、並んで写真を撮ろう。きっと領地にいる父上と母上も喜ぶ」

 パトリックはフッと微笑み、皆にそう指示した。パトリックの侍従ロルフに写真を撮ってもらったりするなど、ランツベルク辺境伯家の王都の屋敷タウンハウスは賑やかであった。

 そうしているうちに、オルデンブルク公爵家のルートヴィヒがローザリンデを迎えにやって来た。

(オルデンブルク卿……1度ご挨拶はしたことがございますわ。上手くやれるでしょうか……?)

 連絡を受けたローザリンデは少し緊張していた。

「ローザ、大丈夫よ」

 エマはローザリンデの心を読んだように、優しく明るく、包み込むような笑みを浮かべる。そしてポンッと優しくローザリンデの肩を叩く。

「お母様……」

「ローザリンデ、もし何かあれば遠慮なく思いっきりルートヴィヒ卿の頬をぶってしまえばいい。そのくらいしても大丈夫だ」

 パトリックは黒い笑みを浮かべていた。

「お、お父様、そのような恐ろしいことは……!」

 パトリックの発言に青ざめるローザリンデ。

「ぶつのはやり過ぎだけど、いつも通りのローザリンデなら何も心配することはないわ」

 パトリックの発言に苦笑したが、後半エマはローザリンデに屈託のない笑みを向けた。

「ありがとうございます」

 ローザリンデは深呼吸をし、覚悟を決めた表情になる。

「……お父様、お母様、皆様、行って参ります」

 ローザリンデは皆に見守られながら、ルートヴィヒが待つ場所へ向かった。






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 ランツベルク家の王都の屋敷タウンハウスを出ると、そこにはオルデンブルク公爵家の紋章が刻まれた立派な馬車が停まっていた。そして、黒褐色の髪にタンザナイトのような紫の目で、長身の青年が立っていた。美形ではあるが目つきが悪い。彼がルートヴィヒである。年齢はローザリンデより2つ上の18歳。彼は琥珀のカフスボタンと同じ色のタイを身に着けていた。

(オルデンブルク卿でございますわ。……もしかして、怒っていらっしゃる?)

 ルートヴィヒの目つきの悪さに内心怯えるローザリンデ。しかし、覚悟を決めたように拳を握り締め、ルートヴィヒの元へ向かう。

 一方、ルートヴィヒはローザリンデの姿を見た瞬間タンザナイトの目を大きく見開いた。

 ローザリンデはルートヴィヒの目の前まで辿り着くと、カーテシーで礼をる。洗練された所作だった。

「……頭を上げてくれて構わない」

 頭上から低くぶっきらぼうな声が降って来たので、ローザリンデはゆっくりと体勢を戻す。

「ローザリンデ・エマ・フォン・ランツベルク、ただいま参りました。お待たせして大変申し訳ございません」

「……構わない。大して待っていない」

 ルートヴィヒはローザリンデから目を逸らしてそう答えた。無愛想でどことなく不機嫌な様子に見える。

(もしかして、オルデンブルク卿は相当お怒りなのでしょうか……?)

 先程からのぶっきらぼうで不機嫌そうな対応に不安になってしまうローザリンデであった。

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