第二十三話・綿菓子みたいな甘い恋 二日目

休憩時間に入り、メイド服から制服に着替えた白鷺と待ち合わせをして、文化祭を回ることになった。

大体の流れは同じなので、割愛する。

他のクラスを見てから、白鷺の提案で校門から校舎までの道のりにある部活の出し物を回ることにした。

横並びに部活の出店が並んでいて、校舎内のものより活気があった。

運動部特有の声量で呼び掛けをしている。

こういうのもいいな。

文化祭感が強くて、歩いているだけで楽しいものだ。

白鷺の部活はテニス部であり、テニス部では綿菓子を販売している。

昔のデパートとかにあるような専用の綿菓子製造器の真ん中に、色とりどりの砂糖を入れて、カラフルな綿菓子を作るのだ。

上手く色を変えつつ、何回も繰り返しぐるぐるしながら綿菓子を大きくしていくと、虹色の綺麗なものになっていく。

「へえ、上手いな」

白鷺が説明しながら、実際に作ってくれる。

原宿にあるような虹色のカラフルな色合いではあるが、白鷺が作るとお上品に見えてくるものだ。

流石、白鷺さん。

綿菓子を作る所作だけで、ここまで綺麗で美味そうに見えるのは、凄いものだな。

他のテニス部の女子も、白鷺の姿に見惚れていた。

「どうだ! 風夏達にも作ってあげたからな。上手く出来るようになったんだぞ」

「なるほど。だから上手かったのか。凄く綺麗に出来ていると思うわ」

「はい。どうぞ」

「ああ、ありがとう」

大きな綿菓子を受け取り、手で詰まんで一口食べる。

あっま。

ザ・砂糖だ。

色ごとに味が違うみたいで、赤色っぽいところは苺の味がする。

「甘いけど美味しいな。綿菓子とか、久しぶりに食べたわ」

「私はお祭りの時に食べたがな。しかし、味が付いた綿菓子は初めてだ。黄色のところはレモン味で美味しいぞ」

そういえば、お祭りでプリキュアの綿菓子を買っていたな。

白鷺の浴衣姿も、大分前のことにさえ感じてしまうな。

白鷺が勧めてくるので、黄色のところを食べる。

レモン味の方が甘くなく、酸っぱい酸味も相まってあっさりして食べやすい。

「こういうのもたまにはいいな。白鷺も食べてくれ」

甘いものは苦手だし、一人では食べきれないので、半分くらい食べてもらう。

食べている間は、テニス部の女子達と軽く雑談をして他も回りたいので後にする。

外を回り切ったので、校舎に戻り。

校舎内の部室エリアでは、色々な部活が出し物をしていて、お祭りっぽい水風船や輪投げとか、学生達がいらないものを持ち寄ったリサイクルショップなど多種多様なものがある。

色々回るのは疲れるが、そんなことを気にせず白鷺は楽しそうにしていた。

白鷺が文化祭のパンフレットを見ながら向かった先は、白鷺が好きそうな場所だった。

「へぇ、手芸部もあるのか……」

部室の入り口には、可愛らしいフェルト調のファンシーな看板が飾られていた。

うん。

こういうの、白鷺は好きだよな。

可愛いの似合うし。

手芸部があるのは、初めて知ったわ。

漫研からは離れた場所に部室があったので、用事がなければ近付かないし、気付かないものだ。

特に手芸部は、女の子じゃないと興味がないだろうからな。

白鷺みたいな可愛いもの好きなら、知っていても不思議ではない。

「手芸部には、昨日少し立ち寄らせてもらってな。気になったものがあったから、買いに来たのだ」

「白鷺はそういうの好きだよな……」

「私には似合わないか?」

「いや、可愛いの似合っているよ。白鷺がそういうの好きなことは、付き合いは長いから知っているし」

絶世の美女だが、中身は普通の女の子だからな。

俺からしたら、白鷺はアニメとガチャガチャが好きな普通の女の子だ。

「そうか、そうだな!可愛いものは良いことだ!」

「語彙力よ……。それじゃ、中に入ろうぜ。休憩時間なくなってきたし」

一時間だけだと、急ピッチで文化祭を回らないといけなくて駄目だな。

俺がクラス委員だから、自分で決めたことだけどさ。

色々回るには一時間では時間が足りない。

まったりしていたら、すぐに終わってしまう。

手芸部の部室に入ると、手芸部の人は元気よく挨拶してくれた。

「いらっしゃいませ!」

「お邪魔します」

「あ、白鷺先輩! 今日も来てくれたんですね!」

めちゃくちゃ歓迎されていた。

手芸部の人達が群がっている。

流石、学年一の美女であり、テニス部最強の完璧超人だ。

先輩後輩含めて、顔の広さが異常である。

「すまないが、色々見させてもらう」

「いえいえ。気が済むまで、ゆっくりしていってください」

土下座レベルで頭を下げて、平伏していた。

端から見たら、やばい先輩が後輩を苛めているようにしか見えないな。

元々の背が高いし、端整な顔立ちで目力があるので、悪役令嬢っぽく罵倒をしたら似合いそうである。

当の本人は超が付くほどの箱入り娘で、好きな物が可愛いものと詩集だけど。

白鷺はお言葉に甘えて、手芸品をじっくりと見ていた。

テーブルに飾られているのは、ビーズのブレスレットや、刺繍のアップリケ。レジンで作ったアクリルのキーホルダーなどなど。

色とりどりの手芸品は、一目で手作りと分かるほどに味があるもので、時間と労力を掛けて作られていた。

しかもプライスがびっくりするくらいにお手頃価格で、オタクの俺から見てもこの値段では採算が合わないと思う。

正直二倍以上お金を取ってもいいくらいだ。

文化祭だから手芸品を安くプライスしているのだろうけど、かなり勿体ない。

良い物を作っているんだから、儲けてもらわないといけないと思う。

ああ、……なるほど。

だから、安易に安く売るのは悪いことなのか。

小日向のマネージャーの白鳥さんが言っていた意味が分かった気がした。

自分の価値を下げるなってこういうことか。

「東山、これを探していたのだ。まだあってよかった」

白鷺は、髪飾りを手に取る。

「まだあってよかったな。……白鷺は髪飾り好きだよな」

「小さい頃に、お母様がよく髪を纏めてくれていたからな。私にとってのお洒落は髪を整えることなのだろう」

「なるほど。白鷺らしいな」

「それに、髪飾りは気軽に他のものに変更出来るからな」

母親に髪型を整えてもらった思い出が大切なのは、男の俺には分からない世界だけど、白鷺が家族と仲良くしている話を聞くのは好きだ。

白鷺は幸せそうに語り、俺のような庶民とは住む世界が全く違うお嬢様であることを再認識させる。

それでも、俺のことを色眼鏡で見ることなく接してくれるので、彼女の優しさが垣間見える。

白鷺は大和撫子であり、美人過ぎて近寄りがたいオーラをしているのがややネックで。

仲良くなるほど真面目で優しいやつだと分かるのだが、打ち解けやすい性格ではないからな。

まあ、白鷺が打ち解けたら打ち解けたで、変な虫が集まるからやめておいた方がいいだろう。

メイドリストのみんなみたく、ふゆお嬢様の親衛隊ではないが、過保護になってしまうのは仕方ない。

どこまでいっても、白鷺はお嬢様だからな。

いい奴だからこそ、必要以上に心配にもなるものだ。

俺が色々思いに更けっていると、白鷺は買うものを決めてお会計をしていた。

「白鷺先輩、ありがとうございます」

「感謝するのはこちらの方だ。良い買い物をさせてもらったよ。頑張ってくれ」

めっちゃイケメン。

白鷺がお嬢様らしく推しとやかに微笑むと、それだけで手芸部の人達の好感度が爆上がりだ。

天使のように慈悲深い微笑みである。

「また遊びに来てくださいね。もしよければ、初めての人でも出来る手芸を教えますので」

「ああ、手芸は前から興味があるから、テニス部が休みの時にでもお邪魔させてもらうよ」

「約束ですよ?」

指切りげんまんしている。

……後輩には優しいよな。

サークル活動では年上ばかりで可愛がられていることが多いが、学校ではお姉さんやっているのが何だか面白い。

それから手芸部を後にして、俺達のクラスに戻ることにした。

廊下を歩きながら、騒がしいけど楽しそうにしている他のクラスの出し物を見つつ一緒に帰る。

白鷺の付けている髪飾りに、不意に気付いた。

「その髪飾りって、最初の時の……」

「よく気付いたな! そう、東山から貰ったやつだ!」

初めてサークル参加した時に、メイドさんのサークルで買ってプレゼントしたやつだった。

綺麗に装飾された髪飾りは、白鷺っぽさがあって似合っていた。

ずっと一緒に居るのに、気付いてやれず悪い気がしていた。

「綺麗に着飾っているのに、直ぐに気付けず悪かったな」

「別に構わない。文化祭の仕事が忙しかったからな。それに、東山は最後の最後には気付いてくれるだろう?」

「ん……。まあ、そうかな……」

変な風に信頼されているのか、断言してくる。

白鷺は、真っ直ぐな目で見てくる。

いやいや、見詰められると恥ずかしい。

髪飾りに気付いたのは偶然だ。

白鷺より少し後ろを歩いていたから目に入った。

たまたま、運が良かっただけだ。

前を歩いていたら、普通に見逃していたはずだから、俺を褒めるのはやめてほしい。

白鷺の顔を見るのも恥ずかしくなってきた。

「いつもありがとう。感謝している」

白鷺はそう言い、次の言葉が出てくる前に俺達の教室に到着した。

感謝しているのは俺の方だったが、みんなが居るところで口に出すのは難しいものだ。



それからの文化祭は、色々あったが数時間ずっと仕事に集中し、何とか終わりに近付いてきた。

その間に妹の陽菜も遊びに来ていたが、ぶっちゃけクソ説明する気もおきないので割愛する。

面倒事は母親だけで充分だ。


最後の一時間は、秋月さんと文化祭を回ることになっていた。

その為、裏方の仕事は一条達に任せて休むことにする。

カメラを撮り続けている高橋にもちゃんと休んで欲しいが、最後まで写真撮影で文化祭を完走する気なので、温かく見守ることにした。

休みないとはいえ、チェキの流れは女子達が上手くやってくれるし、列が並びすぎて危なくなったら纏め役の黒川さんや西野さんが対応してくれるから大丈夫だろう。

あとは、小日向……。萌花、白石さん……。

他のメンバーは、見なかったことにしよう。

……まあ、不安が残る部分はあるが、最後に問題起こすことはしないはずだ。

「いや、それでも。一条、すまない。何かあったらラインして」

一条にはよろしく頼んでおく。

「あはは、大丈夫だよ。みんな慣れたから問題ないさ。ゆっくり休んできて」

「そうか。有難い。……みんなもよろしくな」

「おかのした!」

裏方は疲れ知らず。

最後まで元気一杯である。

全員やる気に溢れていて、モチベーションや原動力の高さが気になるけど、みんな文化祭で最優秀賞を取りたいのだろう。

みんなの目標が同じなので、思いっきり頑張れるわけだな。

女子にトロフィーを渡してあげたいのだろう。

「出来ることなら、最後まで一緒に仕事したかったんだがな。すまない」

「東山……」

お前ら、頬を赤くするな。

そういう意味で言ったわけではないぞ。



休憩時間に入り、制服に着替えてきた秋月さんと合流する。

「お待たせ」

「ああ、お疲れ様……」

着替えてきた時に、お色直しをしたのだろうか。

綺麗過ぎて、驚いてしまった。

いつもの秋月さんとは違った雰囲気だった。

いつもは自然な可愛さがあるナチュラルメイクをしているが、今日はかなり綺麗で大人っぽいメイクである。

秋月さんは元々綺麗な人で、常日頃から化粧もヘアセットもこなしている努力家であり、大人な見た目をしている。

今時の女の子は年齢より大人に見えるってやつだな。

付けているアイシャドウとリップグロスが若干違うのか、普段よりも綺麗な印象が強い。

「じゃあ、行きましょう」

「ああ。どこか行きたい場所あります?」

「う~ん。東山くんに任せようかな?」

「そうくるかぁ。一番困るやつですね」

「ふふ、そうかもね」

冗談半分でそう言いながら、一緒に回ることにした。

秋月さんが廊下を歩くだけで、見惚れている人も多い。

秋月さんは自身を過小評価をするきらいがあるが、普通に美人であり男子からの人気も高い。

世話焼きだし元々がいい人なので、他のクラスでの顔は広く、人望もあるようだった。

秋月さんが文化祭を回っていると、他のクラスの女子達に声を掛けられていたし、友達がまったくいない俺とは違って、友達が多くて楽しそうである。

男子からは、食べ物のおまけをしてもらっていた。

可愛い子におまけをするって文化は、実際にあるんだな……。

女の子に大盛の焼きそばを渡すのはどうかと思うけど。

「文化祭終わっちゃうからいっぱいくれたけど、この量は食べ切れないね」

「そうだな。この量だと、二人前くらいあるかな?」

「そう考えるとお得だね」

「食べ物を残すのは駄目から、俺は少ないくらいが有難いけどね」

「東山くん食べ物残さないもんね」

母親が厳しいから仕方ないやつだけどね。

焼きそば片手に座れる場所を探す。

文化祭終了間際だったが、どこもテーブルは混み合っている。

俺も秋月さんも騒がしい場所は好かないので、落ち着いて食べられる場所が見付かるまで回ることにした。

ーーーーーー

ーーーー

ーー

「秋月さん。どこもいい場所ないな。……漫研部の部室にします?」

あそこなら誰も居ないはずだし、ゆっくりするならありだろう。

「あ~、うん、それ以外の場所がいいかな? 渡り廊下のベンチとかにする? 文化祭中に通る人いないと思うから」

「そうかな? ……ちょっと遠いけど、外の空気を吸いながら食べるのもいいか」

「そうそう。疲れた時は外の方がリラックスできるからね」


渡り廊下のところのベンチに座り、ゆっくりしながら大盛の焼きそばを食べる。

俺が七割ぐらい食べることになったのは、男女で胃袋の大きさが違うから仕方がない。

三時過ぎに、ご飯をパクパク食べるやつの方が稀である。

秋月さんレベルが普通なのだ。

「ごちそうさま」

本人はお腹いっぱいみたいで、満足そうにしている。

俺も食べ終えて、ごちそうさまをしておく。

紙パックのジュースを飲みながら、一息ついていた。

景色も綺麗だし、外で食べて正解だったな。

「さて、これからどうしようか? やりたいこととかありますか?」

「ん~、何かあったかな」

時間が時間なので、文化祭のイベントっぽいことは全部終わっている。

片付けている場所も多い。

手芸部みたいなところは、ほぼ売れているだろうし、甘い物を食べたい気分でもない。

甘い物は苦手だしな。

秋月さんもいい案が出てこないらしく、小さく唸りながら考えていた。

時間を掛けて考えても変わらない。

「そうね。あと三十分くらいしかないけど、適当に回るのもありかな?」

「そうだな」

ああそうか。

三十分で終わるのか。

文化祭、これで最後なんだな。

……最後はメイドリストのみんなが予約していたから、クラスの連中は上手くやってくれているかな。

メイド喫茶は忙しいだろうし心配ではあるが、それ以上に最後の最後に遊んでいることに罪悪感があって嫌だった。

立場上、クラス委員だし。

メイドリストの人達には、ちゃんとした挨拶をしてお別れすべきだった。

白鷺が居るので、俺の代わりに全部やってくれるだろうから問題ないけど。

「……東山くん、みんなのところに戻ろっか?」

「いいのか?」

「ただただ文化祭を回って三十分過ごすより、そっちの方が有意義でしょう?」

「あ、いやでも……」

グイグイ。

秋月さんに袖口を引っ張られる。

「三十分しかないし、ゆっくり悩む時間なんてないよ? 早くしなきゃ」

「秋月さん。すまない」

「私は、『ありがとう』の方が嬉しいかな?」

「そうだな。……ありがとう」

「うん。大丈夫だよ」

少しばかし寂しそうに微笑んでいた。



それから教室に戻り、野郎達と合流して最後まで一緒に頑張ることにした。

メイドリストのみんなに挨拶して、高橋にも軽く礼を言っておいた。

その後すぐに裏方に入って、男子の手伝いをしていく。

秋月さんは、制服姿にエプロンを付けて表に出ていた。

メイド服はみんなが全部着ていて、在庫がないためだ。



麗奈サイド。

制服姿にエプロンを付けて、済んだ紙コップやお菓子の包み紙を片付けていく。

麗奈は、目立たない仕事を率先してやっていた。

あくまでメイド喫茶なので、メイド喫茶の雰囲気を壊さないように、お客様の目に付かない場所で仕事をしていた。

そんな麗奈に萌花が話し掛ける。

「れーな。戻ってきてよかったん?」

「あ~、うん。これが正解かなって思って」

「一生に一度しかない三十分を無駄にしてまで?」

「……そう言われたら後悔するから、あんまり言わないで」

ずっと楽しみにしていたのは事実だ。

大人の女性に見えるように髪型を整えて、いつも以上に化粧を頑張ってこの結果は流石に堪えていた。

「はあ」

萌花は、溜め息混じりで呆れた顔をしている。

秋月麗奈は数少ない親友が故に、時には厳しく当たるが、麗奈が選んだ選択に一々文句を言うつもりはない。

彼女も馬鹿ではないのだ。

自分の選択の重さは、十二分に理解しているだろう。

麗奈一人で自分の気持ちを誤魔化して納得させるくらいなら、萌花が貫通力の高い言葉の槍でも投げた方がいい。

数週間くらい意気消沈して、後悔するならまだいいが、ハジメのせいにし始めたら質が悪い。

それを含めて、大切な人を嫌わぬように、最初から歯に衣着せぬ物言いをしていたのかも知れない。

「まあいいけどね。れーなの時間だし。んじゃまぁ、最後までよろしく!」

「ええ。萌花も頑張ってね」

メイド服を着た萌花は、仕事に戻っていく。

一瞬だけ立ち止まり。

「……間違ってないから気にするなよ」

「萌花」

直ぐに立ち去る。

いつもはウザいけど、こういう時は頼りになるのが子守萌花である。

口は悪いがいつも見ていてくれている。

不器用なだけで、中身は誰よりも友達思いの親友であった。

親友の大切さを再確認するのも束の間。

「そのリップグロスはガチ恋過ぎるから止めな」

「秒で戻ってこないで」

でもやっぱりウザかった。



ハジメサイド。

文化祭は終わって、慌ただしさから一転し、教室は静かになってしまう。

色々ありつつ文化祭は終了したが、まだまだやることは多い。

この後に、文化祭実行委員がクラスの売り上げを集計して、順位決めをする。

俺達は教室で片付けながら、残ったお菓子や飲み物を消化してゆっくりしていた。

最初は和気あいあいと話していたけど。

数十分も待っていると。

自信満々に待機している連中と、不安そうにしている連中で分かれる。

「何でお前ら男子が不安がっているんだ?」

女子達は特に気にしていないが、男子達は旅先でスマホの電源が落ちて身一つで放り出されたみたいな、かなりの絶望感溢れる顔をしていた。

不安な気持ちは分かるが、これ以上俺達は何も出来ないんだから気にしても仕方があるまい。

女子を見習ってくれ。

「勝ったな……」

運動部の完全勝利した表情。

メイド服姿で椅子に座り自信満々で鎮座する様は、あれはあれでやばいけど。

男子達も少しはリラックスして待っていて欲しいものだ。

「どうせまだ時間かかりそうだし、コーヒー淹れてくるわ。飲む人いる?」

スッ……。

十人くらい手を上げる。

「私も、私も!!」

小日向含めて、普通にコーヒー飲めないやつも挙手するのやめろ。

仕方ないので、紅茶も淹れてくる。



「がははは、勝ったわ!」

運動部だからって、女子力かなぐり捨てて、ネタに走る必要があるのだろうか。

両手で抱えるくらいに大きなトロフィーを手に持ち、豪快に笑っていた。

集計完了後に、体育館に全校生徒が集まり、結果発表をしてくれた。

もちろん、俺達のクラスが優勝した。

完全勝利したわけだ。

まあ、みんな頑張ったしな。

俺達のクラスの代表として、小日向がトロフィーを受け取った。

その後は、みんなで教室に戻り、感激が収まることなく女子達がやんややんやしながら、トロフィーと一緒に写真を撮っていた。

撮影するフラッシュ音。

一眼レフカメラ片手に、みんなの有終の美を記録していく猛者がいた。

何というか。

高橋に関してはいい加減に休め。

さも当然の如く、フルで働いていやがるし、女子達と数時間も写真を撮り続けているから、普通に仲良くなっていた。

一眼レフカメラの高画質で綺麗に撮ってもらっているので、女の子なら誰でも喜ぶだろう。

高橋に関しては、オタクとはいえど、カメラマンとしての腕前は高いからな。

白鷺のカメラマンとしていつも手伝ってもらっているから、凄さがよく分かる。

「私も撮りたいから、早くトロフィーから手を離して」

「嫌です!あげません!」

「嫌じゃなくて、強制だっての。メイド服もはよ脱げや」

争っているけど、文化祭は終わったからもう気にしないことにする。

「借り物だから、メイド服を破るなよ……」

「大丈夫。関節技にするから!」

「あぁぁぁぁ! こぶらぁぁぁ!!」

コブラツイストは駄目だろ。

親友に対して、これまた綺麗にキメていた。

どこに大丈夫なところあるんだ?

この人、プロレスラーなのか?

めちゃくちゃ痛そうな悲鳴を上げているが、誰も気にしていない。

この空気に慣れていやがる。

「それはそうと、クラス委員なんだから、ちゃんと最後は締めの言葉よろしくね」

いや、親友に関節技をキメながら、さも平然と言わないでくれ。

「よろしくねぇぇぇ!」

お前もお前で、コブラツイストを喰らいながら話すなよ。



締めの言葉は、クラス委員の俺と小日向が行うことになった。

教卓の所に上がり、小日向が話し出す。

手にはトロフィーが抱えられていた。

「二日間お疲れです。みんなのおかげで、楽しく文化祭を過ごすことが出来ました。読者モデルの私でもこんなに可愛いメイド服を着る機会はなかったので、とても貴重な経験が出来て嬉しかったです」

「……また来年の文化祭も同じように頑張りたいです。みんなありがとう」

頭を下げて話を締める。

静かに聞いていた連中は、小日向を讃えて拍手をする。

小日向は、クラス委員のくせに問題児ではあったが、誰よりも頑張っていたのは小日向だし、俺達を引っ張るくらいのモチベーションを与えてくれていた。

誰も小日向に野次を飛ばさないあたり、慕われているのが目に見えて分かる。

「はい」

トロフィーを渡してくる。

俺の番か。

「言いたいことは小日向が言ってくれたので、手短に話す。みんなお疲れ様。最後まで頑張ってくれてありがとう」

頭を下げる。

「短いから」

「二百文字くらい話してください」

「愛が足りませんっ!」

女子達は、俺に対しては容赦なく野次を飛ばしてくる。

文化祭当初のよそよそしさなど、微塵もない。

そもそも愛って何だよ。


「……わかったよ。話が纏まらなくても文句言わないでくれよ」


「あ~、えっと。みんなのおかげで、ここまで良い文化祭に出来たと思っている。みんなの頑張りがあったから、最優秀賞も取れたわけだ。クラス委員だったとはいえ、俺みたいな陰キャに着いてきてくれてありがとう」

「そして、俺の準備不足で不甲斐ない部分ばかりですまなかった。足りない部分をみんなが支えてくれたから、ここまで歩めたんだと思う」

「……女子達が最優秀賞を取りたいって言ってくれて、こうしてちゃんとした結果も残せたのは良かった」

文化祭は色々あったけど、やっぱり頑張って良かったと思う。

そうに思っていると、小日向が言葉を遮る。

「あれ? 東山くんが最優秀賞狙うって最初に言ってたよね??」

「は???」

小日向に、そんなことを言った覚えはないけど。

「いや、俺は朝イチにみんなから最優秀賞取りたいから頑張りたいって言われたぞ?」

「昨日の放課後に言ってたよね??」

「は????」

きのうのほうかご。

一条と目が合う。

自分は言っていないと、超否定していた。

あの必死さは、嘘じゃないだろう。

いや、まさか。

「もしかして、昨日の放課後に居たのか? 誰が居たんだ?」


「みんな」


小日向は状況を分かってないようだが、それ故に純粋無垢な悪魔であった。

みんな知っている。

その一言で、一部の女子は必死に笑いを抑えているし、何も知らない男子はポカンとしていた。

マジか。

だから、他の女子が積極的に俺に話し掛けてきたり、必要以上に頑張ってくれていたのか。

何かにやにやしてたし。

私、可愛い?とか聞いてきたやつもいたもんな。

「ああ、そうか。……うん、まあそうだよな。……ならこれ以上語らなくても分かっていると思うし。とりあえず文化祭お疲れ様」

トロフィーを小日向に手渡す。

手元に戻ってきたトロフィーを高く掲げて、小日向が言うのであった。

「みんな可愛いから、無事に優勝出来ました! あらためて、お疲れ様です!」

ぜっったいに意味分かって言ってないだろ、こいつ。

小日向は満足げに微笑みながら、トロフィーを抱き締めていた。

仕方ない、怪我の功名ってことにしておくか。

放課後の教室で失言したのは俺のせいだし、過去を悔いてもしょうがない。

みんな可愛いに便乗して、女子を褒める男子もいたけど、俺の心が擦り減るから止めてくれ。

教卓に立っているからまだいいが、女子達に囲まれている一条は恥ずかし過ぎて耳まで真っ赤にしていた。

公衆の面前で公開処刑された俺よりは致命傷を受けてはいなかったが、思いっきり茶化されていた。

一条、お前なら堪えられるはずだ。

頑張ってくれ。


こうして、文化祭は終了した。

トロフィーは小日向が家に持ち帰り、目に付きやすい本棚の上で大切に保管されている。

仕事で疲れた日に、何もせずにゆっくり眺めて、みんなと過ごした文化祭を思い出すのがちょっとした楽しみだと言っていた。


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