第10.5話・ご主人様、私だってヒロインです

華麗なる?メイド長の一日


「お帰りなさいませ。ご主人様」

メイド喫茶シルフィード。

秋葉原にある本格的な紅茶や珈琲を楽しむことが出来る喫茶店である。

メイド喫茶として銘打ってはいるが、女性と会話を楽しんだりゲームをするようなお店ではなく、純粋に疲れた身体や心を癒す憩いの場として活用するご主人様やお嬢様が多い。

数十種類の紅茶や選び抜かれた珈琲は、季節に合わせてラインナップを変え、主がいつ戻って来ても最高な空間を提供出来るのだった。

メイドの本質とは、主の為に尽くし、研鑽を積み重ねて、何時如何なる時でも上質な空間を提供しなくてはならない。

シルフィードのメイド長は、ごく一部にクレイジーサイコメイド長とか言われているものの、そんな状態は一時だけだ。

基本的にはシルフィードを代表とするメイド長として活躍してくれているし、皆に好かれる人付き合いの良さがある。

しかしながら、好きな男の子がいるとそうもいかないらしい。

好きな男の子に毎回いたずらしたり。

知能指数がチンパンジーと同等だったり。

恋の病が突然変異して、バイオのB.O.W.化するようなものだ。

恋する追跡者だ。

その気になれば、壁だって破壊する。

「はあ…」

思い人が居たら居たで頭がおかしくなるが、居ないと居ないで恋する乙女のようなムーヴをしてくるのが問題である。

秋葉原を代表とするメイド喫茶の店員とはいえど、殆どの者はリアルが充実している彼氏持ちであり、倦怠期が発生するくらいに付き合いは長い。

メイド長のような、恋に恋するような甘酸っぱい恋バナは、正直面白い話題だ。

ただ、この勝負には勝ち目がない。

二十◯歳の女性が、高校生に恋しているって言われても、メイド仲間からは助言は出来ないし、そもそも相手には完璧超人なお嬢様がいる。

話題を振るべきか否か。

広々としたバックヤード。

そこには二人のメイドが居た。

(そして何故に、メイド長と同じ時間に休憩してしまったのか)

職場の先輩と同じ部屋で二人っきりだと、話すべきか、放っておくべきか悩むものだった。

彼女の名前はダージリン。

紅茶の名から付けたメイド名だ。

口数が少なく凛とした長身の女性であり、人見知りなのがキャラ付けみたいな扱いをされているので、不器用な人間には有り難かった。

素の自分を受け入れてくれるこの喫茶店が好きで、メイド長に次いで長く働いていた。

ダージリンは静かに休憩しつつ、詩集を手に取りゆっくりと読んでいた。

シルフィードでは、罰ゲーム感覚で愛の唄を読む決まりが出来て、最初は嫌々だったが、長く続けていくとメイドもご主人様も気にすることなく詩を読む時間を楽しんでいる。

大人になると興味がないものを知るのは難しく、そんな自分にきっかけを与えてくれるのは、いつだってメイド長だった。

彼女からすれば喫茶店をマンネリ化させないための手段だったのだろうが、詩を通して人との繋がりが広がり、他のメイド達も楽しそうにしている。

好きなものを好きと素直に言うのは、案外難しいことに気付かせてくれる。

仕事中のメイドが、ドアをノックして入ってくる。

「メイド長、ハジメご主人様がお帰りになられました」

「ありがとうございます。直ぐに向かいますので、お伝え下さい」

「かしこまりました」

メイド長の休憩時間はまだあるはずだった。

だが、早く向かうために身なりを整えて、メイド服にホコリ一つもないかチェックしていた。

「ダージリン。ごめんなさいね。また今度お話しましょう」

ご主人様が戻ってきて嬉しそうにしている彼女を見送りながら。

ダージリンは微かに笑うのであった。

少しだけ、会話が聞こえてきた。

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