五 男の依頼

 私は訪問者に、エロジジイの身に起った事をそう説明した。


「始末の方法はわかった。それで依頼を聞いてくれるか?」

「依頼を確実に実行するという保証はありません。ここでできるのは祈ることだけです」

「わかってる。奴にとって最良の事態を祈ってくれ」

 男の心に、ターゲットが犯した数々の残虐な記憶が蘇っている。


「と言うと、神への路ですか?」

「そうだ。始末して欲しい・・・」

 男がターゲットの実態を考えているのだろう。私の心にターゲットの極悪ぶりが伝わってきた。


「そうですか・・・」

 私は面食らった。極悪人を『神の路へ進ませたまえ』なんて祈った経験はない。

 たとえば鼠小僧次郎吉みたいに善行を行う心があれば、それなりに祈り甲斐があるが、

『生まれながら悪の固まりのようなヤツのために祈るのは、効果が無い』

 との思いが先走る。これは一般的慣習に浸りきった者の考えだが、やはり一般的な考えが私の独自思考に爪を立て、私を一般的慣習に引き戻そうとする。

 祈るのが私で、祈りの対象が極悪人でも、祈りに応ずるのは私ではない。それはわかっている。

 どこからか、『わかっているなら祈りなさい』と聞こえる。『祈れ』ではない。笑顔で『祈りなさい』と語りかけている。


「誰が祈りを実行するかなんて、私は問わない」

 どこからか聞こえた言葉を代行する如く、男がそう言い、

「とりあえずの・・・、茶菓子だ」

 テーブルに六法全書程の紙包みを置いた。


「わかりました。そのまま私がいいと言うまで、ターゲットの事を考えてください」

 私は考えるのをやめた。

「わかった・・・」

 男はテーブルのコーヒーカップを取った。熱いだろうに平然と飲んでいる。男からターゲットの極悪な実態が伝わってきた・・・。


 私はターゲットが神への道を歩むように、心から祈った。

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