第31話 愚か者たちの末路

 迷宮深層。

ここへは探索許可を得なければ入り込めない。

しかし時に、”階層跳躍”の術式アプリを他人から不正に入手し、宝の獲得目的で侵入する不定の輩が、存在していた。


「はぁ……」


 そんなパーティーに所属する男性神官のプリス

見た目は二枚目でなかなかのものだが、根性無しのため、未だに童貞。

しかし今の彼の中には、一人の女性の姿があった。


 以前、プリスは嫌々ながらも、パーティーの輪を尊び、仲間たちとエルフの少女を襲おうとした。

最初はただ泣き叫んでいた彼女だったが、突然現われたリビングアーマーを装着し豹変。

 返り討ちにあって痛い目を見たのだが……あの時、豹変したエルフの少女から浴びせされた冷たい視線と口調が彼の脳裏にこびり付いていたのだった。


(なんだろう、これ? あの時のギャップを思い出すと、凄く興奮する……)


 胸の苦しみ、頭から離れないエルフの少女の姿。

生まれて初めての感覚に彼は戸惑いながらも、一つの答えに至る。


(もしかしてこれが”恋”ってやつ!? そうか、そうなんだ!)


 状況がはっきりと言葉として認識されれば、その後に広がるのは明るい妄想お花畑だけである。


 ”彼女と結婚出来れば、毎日あの目で睨んでもらえるかもしれない”

 ”彼女と結婚出来れば、毎日あの冷たい声で罵倒して貰えるかもしれない”

 ”彼女と結婚出来れば、毎日あの細い足で踏んでもらえるかもしれない”


(最高じゃないか、そんな毎日!)


 そんな楽しい妄想の中、プリスは焦げの匂いを感じて、意識を現実へ戻す。


「な、なにをしてるだい!?」


「あ?」


 パーティーのリーダーである、斥候の男が、スマジから炎の魔法を発生させていた。

 迷宮深層に侵入してみつけた巨大な竜の死体。

見上げるほど巨大な黄土色をした竜の死骸はすっかりミイラ化しており、死亡してからかなりの時間が経過していると見て取れた。

そんな竜の中から強い”魔力”の反応が感じられ、きっとこの中に高価なアイテムがあると判断し、今に至る。


「いやだって、こいつミイラになってる癖に刃が通らねぇんだもん」


 火を放つ斥候の横で、メンバーの剣士がかったるそうに炎に巻かれる竜の死骸を剣で小突いていた。。


「しっかしミイラになってるから良く燃えるなぁ」


 斥候は更に炎の威力を強めた。

その時、パーティーの中で最も魔力感知に優れるプリスに鳥肌が立った。

 虚空を浮かべていた竜の眼窩がんかに、ギロリと紅い輝きが宿る。


「へっ……?」


「GUOOOOOO!」


 斥候と剣士が唖然と視線を上げた。

炎に巻かれる竜の死骸が咆哮を上げて、巨大な鎌首を持ち上げる。


(やっぱり、アイツは生きてたんだ! 糞、俺が呆けてさえいなければ!)


「ぎゃっーっ!」


 斥候の悲鳴が聞こえた。

 竜の巨大な口が斥候の上半身を飲み込み込んでいた。

どさりと、残った斥候の身体が迷宮の闇の中で倒れる。斥候は下半身だけになっていたのだった。


「あわ……ああっ……!」


 下半身だけとなった斥候を見て、剣士の男は尻もちをつく。

彼は腰が抜け動けず、ただ股の間から情けなく尿を漏らすだけ。

そんな彼へ向け、黄土色をした腐竜ふりゅうは、前足を掲げた。


「あ――――ッっ!? ……」


 一瞬、剣士の悲鳴が響き、彼の姿は竜の巨大な前足に踏みつぶされ消えた。

そして今度は腐竜の淀んだ赤い瞳が、一人残ったプリスへ向けられる。


「お、お助けぇぇぇっ!」


「GUOOO!」


 プリスは一心不乱に走り出し、腐竜は彼を追いかけ始めた。

そしてわざと、腐竜が入り込めないほどの狭い回廊へ滑り込む。


「GUOOOOOO!!」


「トンネル掘るなんて、そんなのありぃ!?」


だが竜は巨体を無理やり回廊へねじ込んで、外壁を掘削しながらプリスの追跡を再開するのだった。


 迷宮内のモンスター達も、強く禍々しい魔力を感じ、動きを止める。

だが感じた瞬間にはもう、モンスター達は腐竜の巨大な足に踏みつぶされ、消えた。

魔石に変化したモンスター達は次々と腐竜へ吸い込まれて行く。

その度に、淀んでいた竜の赤い瞳が輝きを取り戻して行く。


「ひぃーっ!」


 懸命に逃げるプリスは遂に、深層の入り口である”金の扉”にたどり着いた。

体当たりのように体をぶつけ、扉を押し開く。

ひ弱な彼は、それでも必死に重い扉を閉める。

だが、


「GUOOO!」


「うわーーーっ!?」


 重い扉が一瞬で腐竜に破られた。

プリスは球のように地面を転がる。

だが、このままでは、斥候や剣士のように殺されてしまう。

 急いで起き上がった彼は必死になって迷宮中層を逃げ惑う。

 そんな彼を、腐竜は激しい咆哮を上げながら、執拗に追い回すのだった。


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