第16話 不思議な夢をみてしまったのだが!?

「あ、あ、あうあ!」


 深い森の中。ゆらゆと金色の何かが揺れている。

それは稲穂のように金色に輝く髪の小さな女の子だった。


「SYHA!」


 女の子に前には、大きな口を開け、牙を覗かせる大蛇の姿が。

 彼女は恐怖で動けないのか、ただ大蛇を見上げているだけである。


 そんな場面を目の前にしたら、飛び出さない訳にはいかない。

 俺は苔だらけの森の土を踏み、一気に跳んだ。

そして女の子と大蛇に割り込み、短剣(グラディス)を抜き放つ。

だが刃は大蛇が身を捩ったことで、こいつの立派な牙に弾かれてしまった。


「SYHA!」


 刃が弾かれたことで硬直状態に陥っている俺へ、大蛇は先端に鋭い棘のある尾の先を振り落とす。


「くっ!」

 

 急いで回避し、なんとか直撃は免れた。

しかし鋭い尾の先は、鉄兜(アーメット)を過り、バイザーへ深い傷を刻みつける。


(やってくれたな……だったら!)


 砕けたバイザーの間から大蛇を睨みつけ、魔力を燃やす。


「ソウルリンク!」


 鎧の上を無数に走る畝が輝き、魔力を効率よく循環させ始めた。

鎧の重さはスッと消え、まるで鎧が自分の体であるかのように感じる。


「SYHA!」


 大蛇は俺を忌々しそうに睨め付け、大口を開いて突進攻撃を放つ。

 俺はわざとその場で踏ん張り、タイミングよく短剣を前方へ突き出した。


「SYHAAAAAA……!」


 大蛇は自らの突進力と、それを受け止める俺自身の膂力、そして研ぎ澄まされた短剣の刃によって2枚へおろされてゆく。

やがて上下に分断された大蛇巨体が砕け、撃破の証である魔石に代わり、周囲へ飛び散るのだった。討伐大成功である。


「大丈夫か?」


 踵を返し、怯えて竦んでいた耳の長い少女へ手を差し伸べた。


「ひっく、ううっ……ん……?」


 少女は綺麗な翡翠の瞳を向けて来た。

どうやらエルフらしく、小さいながらもかなり可愛い。

 瞬間的に体がカッと熱くなり、心臓が大きく高鳴る。


(だ、ダメだ、目見れないぞ……)


 人と、特に女性と目を合わせるのが苦手な俺。

しかも大蛇の攻撃でバイザーが破損して、久方ぶりに裸眼で誰かの顔を見ている。

加えて相手は子供であろうと、滅茶苦茶可愛いエルフの少女。


「モ、モンスターは退治した。だから、もう安心して良いぞ」


 視線を外しつつそう言う。

少女はじっと俺の方をみたまますくっと立ち上がり、


「ありがとう!」


 少女は俺のガントレットを手に取り、謡うような美しい声で礼を言う。

俺の心臓が張り裂けそうなほど鳴る。

 だがすぐさまそんな特徴的な少女の顔が分からなくなるのだった


●●●


(夢か……まだこんなものを見ることができるのだな、俺は……)


 真夜中、俺は宿屋の一室で目を覚ました。

まだ眠る、という行為が今の俺に存在しているのだと感じ、複雑な思いに駆られる。


(きっとこれは人間だった頃の習慣が残ってるだけなのだろう)


 リビングアーマーに転生して、俺には人間的な習慣が欠如し始めていた。

金属の、冷たい今の俺にとって、疲れというものはなく、空腹も感じなければ、眠る必要だって本来は無い。


 おまけに自然と感じていた空気の温度、身体の反応もない始末。

最初は人間だった頃の感覚が残っていたのでそうした思いを抱くことはあったが、時間を追うことにそうした思いも俺の中から無くなりつつある。


(今日だってそうだ。たぶん、俺とあのローリーというドワーフの女とはなにかあったんだろう)


 人間だった頃の俺だったら、今日のような話題で、何があったんだろうかと想像して胸をドキドキさせていたに違いない。

しかし感情はあるが身体の反応が欠如していて、自分が今、どんな心情なのか分からない。


(俺は徐々に硬くて冷たい”リビングアーマー”になりつつあるのだな……)


 寂しいという感情が沸き起こる。


「うにゃ、にゃむにゃむ、鎧さん……ひっと&あうぇーい!」


 俺が呪いでくっ付くエルフの少女のエルは、寝返りを打ち、盛大に布団を吹っ飛ばす。

俺は僅かにソウルリンクを施し、エルの手を動かして、布団を掛けなおした。


(全くしょうがない子だな……お腹が冷えてしまうぞ)


 俺は冷たいリビングアーマー。


しかしエルを見ている時だけは、温かい気持ちを感じていた。


 エルが迷宮の中で感じている緊張感。

大好きな金属を見た時の体温の上昇と、胸の奥の鼓動。

エルの身体から伝わる感覚は、俺に人間だった頃の感覚を思い出させる。

彼女にこうして装着されているからこそ、俺は未だ人間としての心を保てていた。


 エル自身の明るい性格もあって、彼女と会話をしている時、俺は自分がリビングアーマーであるという事実を忘れ去ることができていた。


(エルのおかげで俺はまだ俺でいられる。しかし……)


「くぅー、かぁー、すぅ……んんっ」


 エルは寒そうに身体を震わせた。

未だ俺という重い鎧が脱げない彼女。

今夜も宿屋のベッドを壊してはいけないと言いだし、冷たく硬い床の上に薄いシーツを敷いて寝ていた。

 こんなのでは疲れが取れるはずもない。

第一若い娘にこんなことをさせて良い筈がない。


(このままじゃいけないんだ)


 それだけじゃない。定期的にシルバースライムのライムが、俺とエルの間に入り込んで、垢や汚れを落としてくれている。

それで良いと彼女は言ってくれているが、風呂を前にして、物欲しそうにしていたことは記憶に新しい。

しかしそういうとき、エルは決まって「大丈夫です!」と強がりを口にする。

加え致命的な問題がもう一つ。


(鎧とは本来鎖帷子(メイル)を着用し、その上へ板金鎧(プレートアーマー)を装着することで、初めて完全な防刃が可能となる。しかし……)


 出会った頃のエルは、卑劣な冒険者に装備を壊され裸同然だった。

そんな状態で俺に呪われてしまったため、急所である”脇の下”や”首筋”など、一撃貰ってしまえば致命傷になりかねない箇所が露出したままだった。


(いつエルに危険が及ぶか分からん。だからこそ、俺のわがままでこの子にくっ付いたままでいるのはダメなんだ)


 エルのお陰で人間性を保てている俺。

しかし俺はくっ付いていることで、この子には多大な迷惑をかけている。


(いつまでもこのままじゃいけない。この子のためにも……)


 そんな中、眠りの中にあるエルが涙をこぼし、冷たい床へポツリと落ちる。


「お兄さん……また会えるよね……」


 エルは夢のなかでそう呟きながら、涙を流し続ける。

そんな彼女を感じ、俺はいたたまれない気持ちになった。


(きっとエルにとって大事に人なんだろう。ミノタウロスの時も、お兄さんがどうかとか言ってたな……なら、尚のこと今のままではダメだ。こんな可愛い娘を、無骨な格好のままその”お兄さん”とやらに会わせるわけには行かん!)


 迷いは吹っ切れた。

後はエルへ俺ができることを成すだけ。

それだけだ。


(もう少しの辛抱だエル。必ず君を俺の呪いから自由にするから。約束するからな)


「鎧、さん……」


 エルは寝言で今度は俺の名前を呼ぶ。

こんな俺を慕ってくれている彼女に、深く感謝するのだった。

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