第7話 優しく指導してやりたいのは山々なのだが!?

「またゴブリンですか?」


「ああ」


 少しつまらなさそうなエルへ、俺は短く答えた。

目前の広い空間にはまたしても多数のゴブリンがいた。

数にして20匹以上。申し分ない数だった。


「エル、さっきの君の戦い方を見させてもらったが、今の君は君自身の力を十分に生かし切れていないと思うんだ」


「そうなんですか?」


「ああ。それは非常に勿体ないことだ。だから俺は君へ、君に最適な戦闘方法を伝授したいと思うのだがどうだろうか?」


「ホントですか!? 是非!」


 エルは少し体温を上げて、興奮気味に了承してくれた。

どうやら上手く乗せられたらしい。


「まずは俺がソウルリンクで君の体を借りて見本を見せる。そしてその動作を覚えるんだ」


「はい、分かりました!」


「いや、バスタードソードは置いてくれ」


「へっ?」


「良いから。置かないと教えないぞ?」


「うー」


「ほら、早く」


「わかりました……」


 エルは渋々と云った具合に背中の鞘へ抜き放ったバスタードソードをしまった。


「よしよし。ではバスタードソードを外して、代わりにダガーを手に取ってくれ」


 エルは素直に指示に従って背中からバスタードソードを下ろし、腰の鞘に納めていたダガーを抜く。

 刃渡りはショートソードよりも短く、ナイフよりも長い。

おそらく購入したままずっと未使用だったであろう切っ先は真新しい輝きを放っている。

これも丁寧な仕事の様子が伺え、逸品だと感じられた。


「こんな小さいので良いんですか?」


 しかし当のエルは少々不満げにダガーを見渡していた。


「十分だ。よく見ておけよ」


 ソウルリンクを発動させ、エルの体を再び借りる。

そして真新しいダガーを構え、地を蹴った。


「まずは接近!」


 手近なゴブリンへ飛び込む。


「そして突く! これが【ヒット】!」


「GYO!」


 ダガーに肩を刺突されたゴブリンが悲鳴を上げ怯んだ。

致命傷ではない。

だが俺はダガーをすぐさま引き抜き、


「最後に思い切り後ろへ飛ぶ! これが【アウェイ】!」


 思い切り飛んで、ゴブリンから距離を置いた。

脚が地面へ着くのと同時に再び膝へ力を込め横へ飛ぶ。


「また接近!」


今度は脇からゴブリンへ接近し、ダガーでの刺突を加える、またしても後ろへ飛ぶ。

接近、刺突、後退。

 一連の動作を一組とし、それを何度もゴブリンへ繰り返す。

俺にとっては複数回の手数だったが、能力で遥かに劣るゴブリンにとっては数瞬の出来事。


「GYO!」


 ダメージが蓄積したゴブリンは悲鳴を上げ吹き飛び、魔石の欠片へと姿を変えた。


「これがヒット&アウェイ! エル、君の特性を生かす最高の攻撃法だ」


 攻撃力と素早さは十分。だが異様に低い防御力は、たとえゴブリンの攻撃であろうと一撃貰ってしまえば命を落とす確率がグッと高まってしまう。

 そんなエルに必要なこと――それは一方的に攻撃し、確実に相手の攻撃を喰らわないようにすること、それに尽きた。


「ダガーは正確に相手の急所を差すんだ。具体的に言うと首筋や、脇の下などだ。むやみやたらに突き刺しても意味はないし、下手をすれば相手の骨に刃が当たって駄目にしてしまう。その点を気を付けるんだぞ?」


「なるほど。分かりました!


「体を返す。やってみろ」


「はい!」


 肉体の所有権を返すと、エルは元気な声で返事をし、ダガーを構える。

構えは至極様になっていた。

 離れたところにぽつんと一人でいたゴブリンを倒したため、他の連中は未だ我々に気付いて居ない。


「今だ! 行け!」


「ッ!」


 エルが地面を蹴った。

俺の脚力には劣る。

だがエルが元々持っている素早さは、ゴブリンに振り返る隙を与えない。


「とりゃー!」


「GYO!」


 エルが勢いよく突き出したダガーの切っ先は見事にゴブリンの肩を刺し貫く。

しかしエルはつま先へ力を籠めることなく、ゴブリンから引き抜いたダガーの柄を更に強く握りしめる。

 明らかに二撃目の構え。

俺はその時左右そして、頭上から迫るゴブリンの影をはっきりと感じていた。


「ばかもん!」


「わわっ!」


 思わず俺は怒鳴りつけ、肉体の所有権を奪うと、つま先に力を込めて、思い切り後ろへ飛び、距離を置かせた。


「なぜ引かなかった!」


「えーだって、倒せそうだったですよ?」


「ならさっきの君は左右からの敵は警戒していたか? 背後は? 頭上は?」


「あー、えっとぉ……」


「迷宮での戦い、イコール、それは“どうやって生き残るか?” 敵を倒すのではなく、自分が如何にここで生き残るかが重要だ。今のように無謀に突っ込んでばかりいては、幾ら命があっても足りないぞ?」


「うー、だってぇ……」


 エルは不満そうに唇を尖らせる。

優しく云うのはさすがに限界だった。


「全く……つべこべ言わない!」


「ひぃ!? よ、鎧さん……?」


 驚いたエルが長耳をピクピクと震わせる。

明らかに動揺しているが、ヒートアップした俺はもう誰にも止められない。


「今度はきちんと、”ヒット”は”ヒット”と叫び、”アウェイ”も同様だ! 分かったか!」


「あ、えっと……」


「返事は!」


「は、はい!」


「よーし、元気のある良い返事だ! ではもう一本!」


「わわっ!」


 ソウルリンクで無理やり地面を蹴って、エルをゴブリンへ接近させる。

敵がダガーの有効内に収まったところで、エルへ身体を戻す。


「今だ。ヒット!」


「ヒ、ヒットォ!」


「GYO!」


 掛け声と共にエルはダガーの刺突を繰り出し、ゴブリンは悲鳴を上げる。


「そして、アウェイ!」


「アウェイ!」


 言われた通りエルは突っ込むことなく後ろへ思い切り飛んで、距離を置いた。


「よーし、上出来だ。この調子でどんどん行くぞ!」


「は、はい!」


 流石のエルも、俺の真剣さに気圧されたのか、気迫がまるで変わっていた。

 エルは再びゴブリンへ向けて飛んだ。


「違う! 闇雲に突き刺せば良いというものではない! 相手が装備を身に着けていたのなら、その隙間を狙うんだ。やり直し!」


「えー」


「つべこべ言わない! ぐずぐずしない! はい、もう一回!」


「ひーっ!」


 俺とエルは必死に”ヒット&アウェイ”の攻撃練習を繰り返す。


「叫ぶのをサボるな! これは君の体へ言葉と同時に、ヒットとアウェイの動作を覚え込ませるために必要なことだ! 分かったか!」


「は、はい! すみませんでした、鎧さん!」


「さぁ、俺と声を揃えて元気よく、せーの」


「「ヒット! あーんど、アウェイ!」」


「GYO!」


 そんなエルへ複数のゴブリンが襲い掛かる。

エルの長耳がピクピクと振れる。

左右、正面。

三匹のゴブリンがほぼ同時にトマホークを振り翳し迫っていた。


「ッ!」


 エルはつま先で地面を踏んだ。

左のトマホークを身をひるがえして避け、流れるように身を屈める。

すると彼女の頭上をひゅんと右のゴブリンのトマホークの刃が過った。

 最後に後ろへ思い切り飛んで、正面からの斬撃をも鮮やかに避けてみせる。


「ほう! 素晴らしい! 見事な回避術だったぞ!」


「でしょ?  それにあんな怒られ方したら、さすがの私も反省しますよー」


「うむ、反省し改善できることは良いことだ。素晴らしいぞ!」


「ありがとうございます! それじゃあジャンジャン行きますよー!」


 エルはすぐさま再びつま先を蹴って、トマホークを振り落としたばかりで、硬直しているゴブリンへ最接近した。


「GYO!!」


 エルの突き出したダガーがゴブリンの胸に突き刺さり、クリティカルヒット。

敵は一瞬ではじけ飛び、魔石へ変わった。

 エルはダガーを引き抜き、構え直す。


そんな彼女へ、再びトマホークを構えたゴブリンが飛びかかってきた。


「あっ!?」


 エルはタイミングを逃し、唖然とゴブリンを見上げるのみ。

流石に対処しきれない様子だった。


「俺に任せろ! ソウルリンク!」


 すぐさま俺は力を呼び起こし、エルの身体を支配した。

肩へずっしりと鎧の感覚が乗っかり、ゴブリンの鋭い殺気を、エルの肌を通じてはっきりと感じる。だが、まだ十分に行ける範囲。


「そおれっ!」


「「GYO!」」」


 迫るゴブリンへ向けて、ダガーの刃を思い切り薙いだ。

鮮やかな軌跡は、ゴブリンをスパッと、真っ二つに切り裂き、たった一太刀で魔石へと変える。


「すごい! さすが鎧さん!」


 エルは体温をカッと高ぶらせ、興奮気味に叫んだ。

こんなのは朝飯前だが、やはりこうして賞賛されるのは心地いいものだった。


「ふふ、だろ? さぁ、身体を返す。やるんだ、エル! 君ならできる!」


「はい! 頑張ります!」


 エルへ体を返し、彼女は真剣な眼差しでゴブリンを睨み、ダガーを片手に再び飛んだ。


(まさか少しアドバイスをしただけでこれだけ化けるとは。もしやこの子の実力は相当なものなのではないか?)


 水を得た魚のように、エルは迷宮の闇の中を飛び回った。

そんな彼女の姿に俺はつい見惚れてしまう。



結果、エルは一撃もゴブリンからの攻撃を貰うことなく、戦闘を終了させたのだった。



【戦闘結果:ゴブリン討伐数:20 獲得経験値:140/10,000】

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