この親バカ、どうしよう? ~幼女ですが、私は妖精王です~

森山侑紀

第1話 処刑されましたが、やり直せる時に戻りました。

 溺愛されても破滅?

『真の皇帝』と陰で呼ばれた権力者の反乱。

 私、ノイエンドルフ公爵の娘であるアレクシアが、きっかけで起こった戦争だった。シュトライヒ帝国側は父を反逆者と呼び、ノイエンドルフの反乱と称した。

 皇帝と皇后、宰相も揃った帝都の英雄広場が反乱軍の処刑場。

 父が自決した証として、ノイエンドルフの指輪が皇帝の前に差しだされる。

 ……嘘、と私はショックで声が出ない。

 いつもお父様の指で光り輝いていたノイエンドルフの指輪がここにあるということは?

 ……パパ? ……お父さん? 優しくて強くてイケメンのお父様?

 あのお父様が本当に死んだ? 

 ノイエンドルフの指輪は単なる指輪じゃない。

 ノイエンドルフ公爵の魔力を二倍にも三倍にもする魔導具。

 無敵の魔力持ちが殺されるはずないと信じていた。

 スッ、と私の前に突きだされたのは、激戦地から宰相が瞬間移動の魔導具で運んできたお父様の首。

 英雄と称賛されていたのに。

 お兄様の首も並ぶ。

 私の心臓が止まらないことが不思議。

 皇帝は満足そうに笑っている。

「反逆者、アレクシス・ゲルハルト・ヴァン・ノイエンドルフの長女、帝国法にのっとり処刑する」

 シュトライヒ帝国の首切り役人が私に向かって魔剣を向ける。

 シュュュュュ~ッ、と魔剣から緑色の魔力が発散された。

 お父様やお兄様の持つ魔剣より力はないのに怖い。

「……お、お約束が違います。アレクシア様の命を助けるため、ノイエンドルフ当主と後継者は自決したはず」

 ばあやが私を守るように抱き締めた。

『ノイエンドルフ当主と後継者が自決すれば娘は助ける。娘を当主として家門も存続させる。ノイエンドルフ騎士団も存続させる』

 つい先ほど、雪が降りやむ直前、皇帝側の休戦条件をお父様は承諾し、お兄様と一緒に自決したという。なのに、私は処刑されようとしている。

 やっぱり皇帝の真っ赤な嘘、と私はばあやの腕の中で震えた。

「妖精王の力を受け継ぐ娘は我が国を滅ぼす」

 近衛騎士団長も傍らの屈強な騎士たちも私を見る目が凄まじい。

 妖精王の母から受け継いだ淡いピンクの髪と濃い紅色の私の瞳について、集った帝国民たちが大騒ぎしている。金髪碧眼の人が多い国だけど、ピンクの髪や紅色の瞳を持つ人はひとりもいない。

「……あぁ、ピンク色の髪、あの子だろう。反乱の原因。傾国の美姫だ」

「アレクシアだよな? あんな可愛い子を見たことがない。勿体ないなぁ」

「まだ子供だけど、すぐに大人になる。娼婦にすればいいのに」

 下卑た男たちの視線が私にねっとりと絡みつく。私はばあやにしがみつくだけ。

 皇后の隣にいた兄嫁の第二皇女が皇帝陛下に向かって跪いた。

「偉大なる陛下、アレクシアはまだ八歳でございます。お慈悲を」

 裏切り者がそれらしい顔で私を助けようとする。

 何も知らない群衆は兄嫁を聖女だと感心した。

 もう騙されない。

 単なるポーズだってわかっている、と私はばあやの腕の中から兄嫁を睨んだ。

 私の視線に気づいたのか、裏切り者が勝ち誇ったように微笑む。

 悔しい。

 何もできない自分が情けない。

「アレクシア・デイータ・ヴァン・ノイエンドルフ、父と兄がいる地獄に行くがよい」

 八歳の冬、私は反逆者の娘として処刑されることになった。

 違う、パパは悪くない。

 私を守ろうとしただけ。

 三歳だった私が一五歳年上の皇太子妃として皇宮に上がるなんてありえないでしょう?

 人質だってわかっているのに、お父様が私を皇宮に送りだすわけがない。

 私を人質に出さなかったら、反逆なんてひどすぎる。

 お父様は皇帝や皇太子のメンツを立てるために、大切な秘宝やお城、鉱山まで渡したし、危険な魔族討伐にも出た。

 辛抱強く、皇帝陛下に恭順の意を示した。

 なのに、皇帝陛下はわかってくれなかった。四歳になっても五歳になっても六歳になっても、しつこく私の皇宮入りを求めた。

 そんなの、お父様も一族も許すわけがない。

 けど、私が嫁がなければ謀反。

 私が皇宮入りしない代わり、皇帝の望み通り、お兄様は好きでもない第二皇女と結婚した。

 それが罠。

 兄嫁になった第二皇女が嘘の告発をした。『義父と夫が反乱を企てています。アレクシアを皇宮入りさせなかったことは謀反の証』って。

 帝国騎士団や傭兵に攻撃され、お父様は反撃した。

 勝てるはずだったのに裏切りで敗北。

 私、ここでは……シュトライヒ帝国では幸せだったのよ。

 ずっとずっと優しいお父様やお兄様、ばあやたちと一緒にいると信じていた。

 なんのために、この異世界に転生したの?

 私、前世の早川美帆の人生が悲惨だったから、優しいお父様の娘として転生したんでしょう?

 チリンチリンチリン、という謀反人の首を晒す合図の鈴が鳴った。

 私を溺愛したお父様だけでなく、私を守るために命を落とした騎士たちの首が、黄金の台に並べられる。 

 帝都の門にはお父様やお兄様たちの首から下の身体が裸で吊されているという。罪状を綴った札とともに。

 帝国で一番光り輝いていた家門をいったいどこまで辱めるつもりか。

 これ以上の屈辱はない。

 ぶわっ、と私の脳裏に前世が蘇った。

 子供もスマホを持つ国で、一度もスマホを持てなかった日本人の早川美帆。

 母が唯一、私にくれたのは鍵につける鈴だった。

 鈴は宝物になった。

 成長してから鈴が怖くなった。

 チリンチリンチリン、という鈴が鳴れば何をしていても、祖父のところに駆けつけなければならない。なぜなら、私は祖父の年金で養ってもらっているから。

『美帆、美帆、とんま、何をしておるんじゃーっ。呼んだら五秒以内に来んかーっ』

 祖父の激昂している声が古い一軒家に響く。健康な頃なら私がトイレにいても怒鳴りこんできて、髪を掴んで引きずりだして蹴り飛ばした。下半身麻痺の今、リビングルームに置いた介護用ベッドで声を荒げるだけ。

『美帆ーっ、お前はわしの言うことを聞いていればいいんじゃーっ。学校も行くな。バイトも行くな。友達も作るな。世間に迷惑をかけるだけじゃーっ』

 ヤングケアラー。

 ここ最近、テレビで見るようになったけど、実態はあんなに甘いものじゃない。

『……く、苦しい』

 お祖父ちゃんのところに行かないと、また杖で殴られる。

 けど、身体が動かない。

 呼吸することさえ辛い。

 風邪をこじらせて肺炎になったのかもしれない。

 ぶわっ、と私の脳裏にそれまでの人生が走馬燈のように駆け巡った。

 母は妊娠した途端、当時恋人だった父に捨てられて私を産んだという。堕ろしたかったのに堕ろせなかったみたい。母が実家で一緒に暮らしている時は一応、ごはんが食べられたし、学校にも通わせてもらった。

 母に彼ができて逃げるように出ていった後、残された私は祖父母に虐待されてさんざんだった。それでも、いつかわかってくれると信じて頑張った。祖母の介護が必要になり、高校を中退させられてもくじけなかった。祖母を見送った後、入れ替わるように祖父の介護。

『……く、苦しい……救急車』

 私は渾身の力を振り絞って廊下を這った。

 けど、リビングの入り口で力尽きてストップ。

 それでも、ベッドで上体を起こしている祖父と目が合った。

 お祖父ちゃん、お願いだから連絡して、と私は死に物狂いでお願いした。

 祖父のベッドの周りには呼び鈴や水差し、電話の子機も置いている。

『この穀潰し、さっさと茶を持ってこいーっ』

 シュッ、と私の頭目がけて呼び鈴が飛んできた。

 言葉にできない心の痛み。

 ブチリ。

 何かが切れた。

 その何かが、自分の命だとすぐにわかった。

 私の身体が宙に浮いて、廊下で倒れている自分の身体を見下ろしている。

 お祖父ちゃんは罵りながら手当たり次第、ピクリともしない私の身体に投げている。

 ……こ、こんな死に方?

 私はいったいなんのために生まれてきたの?

 一度でいいから綺麗な服を着て、美味しいごはんをお腹いっぱい食べたかった。

 私は肺炎をこじらせ、一八歳で死んだ。

 けれど、死んだ途端、シュトライヒ帝国という覇権国家で一番資産を持つノイエンドルフ公爵の娘として転生した。

 母の命と引き替えに生まれた私を父は溺愛してくれた。

 私、ここで初めてケーキやマカロンを食べたの。初めてふかふかのベッドで寝た。初めてぬいぐるみや人形、髪飾りや首飾りをもらった。前世分の愛情をもらって幸せに暮らしていたのに。

 ひどい。

 私さえ産まれなければ、お父様もお兄様も無事だった?

 傾国の姫って渾名された私がいなければ、大帝国で皇帝に次ぐ権力を持つ公爵でいられたの?

 私のせい?

 お父様やお兄様を助けて。

 みんなを返してーっ、私は振り下ろされる魔剣に向かって叫んだ。

 けど、無駄。

 ばあやと一緒に斬られて死んだ。

 ……ううん、痛くない。

 前世みたいに私の身体っていうか、霊魂が身体から飛びださない。

 何か、変?

 目を開けたら、ばあやが心配そうに私を覗いていた。

「お嬢様、アレクシア様、大丈夫ですか?」

「……あれ?」

 まず、妙な違和感。

 私のそばにはお気に入りの人形とウサギのぬいぐるみ。

 身につけているものは肌触りのいい絹の寝間着。

 私は自分の部屋の天蓋付きのベッドで寝ていた。昨日、帝国騎士団に攻撃され、焼かれてしまったのに。

「アレクシア様、長いお昼寝でしたね。お父様がお帰りになられましたよ」

 ばあやに目覚めのキスを額にされ、私は無事を確かめるように抱きついた。

「ばあや、いた」

 あれ?

 斬られなかったの?

 どうやって逃げたの、と私は聞いたつもりなのに舌が勝手に動く。そのうえ、舌足らずな声。

「怖い夢でも見ましたか?」

 ポンポン、と宥めるように背中を叩かれ、私は違和感の正体に気づいた。

 私の手も足も小さい。……ううん、小さいのは手足だけじゃない。全部、小さい。

 ばあやは若い……ん、若返っている?

 一気に増えた白髪が見当たらない。

 私は何歳なの、って聞こうとしたのにまたまた勝手に口が動いた。

「ばあや、アーチャ、いくつ?」

 自分のことをアレクシアって言えずにアーチャって呼んでいたのはいつだ、って私の思考回路はショート寸前。

「あらあら、お忘れですか? 明日、三歳のお誕生日をお迎えします。お兄様も帝都の学術院から戻っていらっしゃいますよ」

 三歳と聞いた瞬間、私は夢かと思った。

「みっつ?」

 自分の指だと思えない小さな指を三本、確かめるように立てる。

「そうです。お母様も愛らしく育ったお嬢様に喜んでいるでしょう」

 ばあやの背後に見えた大きな鏡には三歳児の私が映っていた。

 自分で言うのもなんだけど、リアル人形。

 ばあやにボサボサの髪を整えてもらって、人形度がアップグレードされた。繊細なレースのリボンがよく似合う。

 ……マジ?

 八歳の冬に処刑されたと思ったら、三歳の誕生日前日?

 いったいどうなっているの?

 誰かの魔力……ううん、魔力で時は戻せない。

「どちて、みっつ?」

「お嬢様、あんなに楽しみにしていたのにどうされました?」

「アーチャとばあや、殺ちゃれた。パパの首はごろんごろん」

「怖い夢を見たのですね。帝国一の魔力を誇るお父様は誰にも負けません」

 たとえ皇帝陛下であっても、とばあやは優しい目で語る。

 それ、お父様が皇帝より魔力が強くて皇帝よりお金持ちだったから狙われた。

 今ならわかる。

 皇帝陛下はお父様に対するコンプレックスがすごかった。

 ……ううん、皇帝陛下だけじゃなくて皇族も宰相も……帝国の偉い人みんな。

 お父様個人じゃなくてノイエンドルフ公爵家に対する恐怖も大きかったんだ。

 ノイエンドルフの協力がなければ、シュトライヒ帝国は誕生しなかった。始祖が無理やり建国しても、すぐに滅んでいたはず。

 ノイエンドルフ公爵家あっての帝国。

 ノイエンドルフ公爵あっての皇帝。

 ノイエンドルフ公爵が本当の皇帝。

 それは文字の読み書きできない下町の子供まで知っているという。

「パパ、逃げるでしゅ」

 私はお父様を助けるために駆けだした……つもりが、部屋を出た瞬間、廊下で派手に転んだ。

 ばあやの悲鳴。

 立ち上がろうとしたけど、リボンとフリルが半端ないワンピースの裾を踏んでしまう。

「……いて……」

 ……あ、一緒だ。

 あの時もお昼寝から起きたらばあやがいて、お父様が帰宅したと聞いて嬉しくなって飛びだして転んだ。

 以前と同じように、長い廊下の先、体格のいい男性が気づいて驚いている。……うん、お父様だ。

「……っ……大丈夫か?」

 お父様は物凄い勢いで走ってきて、大事な宝物のように私を抱き上げた。

「……パパ?」

 明るい金髪に琥珀色の目、ハリウッドの美男セレブも霞む超絶イケメン。

 魔力が強いと老けないらしいけど、どこからどう見ても二十代後半にしか見えない。

 貴族としての正装もかっこいいけど、騎士としての姿が最高。

「どうした? パパだぞ」

 精悍な顔が私を見たらデレデレ。

 そのデレデレ顔も好き。

「パパ? 首ある」

 私は確認するようにお父様の太い首を撫でた。ちゃんと繋がっている。左の中指にはノイエンドルフの指輪が光り輝いていた。

「俺の星、アレクシアをだっこするため、俺の首と胴体は繋がっているよ」

「あい」

「……おい、誰がこの廊下を掃除した? 俺の娘を転ばせるとはけしからん」

 お父様は私を抱いたまま綺麗に掃除された廊下を踏みならした。

 この親バカぶり、間違いなく帝国で一番強いノイエンドルフ公爵。

 ここでの私の実父。

 いつものことだけど、使用人たちは震え上がっている。

 家令やばあやは笑っているけど。

「パパ、お帰り」

 チュッチュッ、とお父様の削げた頰にキスをすれば怒りは一瞬で消える。親バカだけあって単純。

「俺のアレクシアが笑ったら大陸中の花が咲く。幸せを知る花々だ」

 お父様は子供の頃から魔獣討伐に励んでいるせいか、身分に相応しくないヤンキー入りだけど、私を前にすると詩人に化ける。

「あちた、みっつ、誕生日」

 私は色鮮やかな花が咲き誇る頃、生を受けた。帝国で最も華やかな季節だ。

「そうだ、春生まれの姫、明日は三歳の誕生日だ。陛下の贈り物も届くようだ。楽しみにしていろ」

 それ、それが家門滅亡のフラグ。

 ……ううん、これ、助けられるんじゃない?

 どうして時間が戻ったのか、どんなに考えてもわからないけど、そんなことはどうでもいい。

 大切なのは今、現実。

 三歳の誕生日前日に戻ったのなら助けられる?

 ……や、絶対に助ける。

 無償の愛を注いでくれた人たちを必ず助けてみせる、と私はお父様の逞しい胸に顔を埋めながら誓った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る