疑い合い

「座長、中村さんはどうでしたか?」


「一緒に降りてきてないところを見ると、部屋で酔い潰れていたとか?」


 一階のエントランスへ降り立つと、真たちを出迎えたのは、のん気な顔をした劇団シープの団員たちであった。


「いや、それが……」


 顔面蒼白というのは、まさにこのことだろう。

 顔中から冷や汗や脂汗を流した座長が、言い淀む。

 そんな彼に対し、助け舟を出したのが田中だったのである。


「座長様は、どうか座ってお休み下さい。

 後の説明は、わたくし共の方でお引き受けします。

 ――支配人」


「あ、ああ……」


 座長と同様、ただ顔を青ざめさせるだけだった支配人が、部下の言葉でようやく我に返った。


「あのようなものを見たのですから、お二人がショックを受けるのは無理もありません。

 座長様に気付けの飲み物をお出し頂いた後は、支配人も少しお休み下さい」


「し、しかし……」


 あくまで、この場における責任者はこの男だ。

 その自覚と矜持もあってか、支配人はややためらっていたが……。


「……いや、君の言う通りだな。

 田中君、心苦しいが、皆様への説明を頼めるかね?」


「お任せ下さい」


 田中がうやうやしくうなずくと、支配人は座長を席へと促す。

 どうやら、何か酒を用意するつもりのようだ。


「――さて」


 それを見届けて、田中が団員たちへと向き直る。


「皆様、落ち着いてお聞き下さい」


 これまでのやり取りから、何かただならぬ気配を感じ取ったのだろう。

 それまで、冗談めいたことを口にしていた団員たちが、しん……と静まり返った。

 そんな彼らに、田中が見てきたことを説明する。


「中村翔陽様ですが……。

 先程、わたくし共の方でお部屋を確認させて頂いたところ、室内で亡くなられているのを発見しました」


 その言葉で、団員たちが一斉に驚きの声を発した。


「亡くなってたって?

 中村がか!?」


「ど、どんな状況だったんだ!?」


「い、いやそれよりも、応急処置をするべきじゃないか!?

 ほら、あれだ……AEDで!

 ここにも、それくらいあるだろう?」


 口々に発される疑問や提案……。

 それに、田中が落ち着いた声で答える。


「どうか、くれぐれも落ち着いてお聞き下さい。

 中村様は、首にワイヤーを巻き付けられた状態で亡くなっていました。

 明らかな絞殺です。

 脈を調べましたが、とてもではありませんが、我々素人の手で蘇生が可能な状態ではなかったかと」


 ――絞殺。


 その言葉に、今度は全員が息を呑んだ。

 ここまで、劇団シープの団員たちは、あくまでも突発的な病死などを最悪の事態として想定していた。

 しかし、現実はその最悪をさらに上回る最悪――殺人であったのだから、このような反応にもなるだろう。


「さ、殺人事件だっていうのか……?」


 誰かが発した言葉を、田中が黙って首肯する。


「現場を保存しなければいけなかったため、我々もそう詳しくは調べていません。

 その上で、見たものについてご説明します。

 まず、中村氏は室内に、先程説明した通りの状態で倒れていました。

 そして、壁にはこのような――」


 そこで、田中がスマートフォンを取り出し、何やら指でぐりぐりといじり始めた。

 どうやら、ペイントアプリを使っているようだ。


「――意味不明の模様が描かれていました」


 やがて、描き終わった田中が見せつけた画面……。

 そこに描かれていたのは、まさしく、あの部屋に描かれていた模様と同じものに思える。

 思える、というのは、描いた真自身、あの模様について細かく覚えてはいないからだ。

 何しろ、適当にエアブラシを動かしただけなのだから……。


「室内には携帯用のエアブラシが捨てられていたので、それを使って描いたのでしょうね」


「は、犯人から我々へのメッセージということか……」


「メッセージっていったって、こんなの、意味が分からないわよ?」


「こう、猟奇的な犯人なんじゃないか?

 自分にだけ、意味が分かるような……」


「そもそも、写真を撮ったわけではなく、今、即興で描きましたよね?

 本当にそれ、合ってるんですか?」


 団員の一人が、田中のスマートフォンを指差しながら尋ねた。

 それに対する田中の態度は、いかにも自信有り気なものである。


「――間違いありません。

 私、記憶力には自信がありますので。

 この模様を発見されたお嬢様は、これに違和感がありますか?」


 突然、話を振られて首を横に振ってしまう。


「いえ……わたしは、そこまではっきりと覚えているわけじゃ……。

 でも、おおよそ、そんな感じの模様だったとは思います」


「ありがとうございます」


 優雅なお辞儀をした後、田中が団員たちの方を向く。


「さて、中村様の発見された客室ですが、もう一つ問題がありました」


「今度は、何だって言うんだ?」


 さすがに、驚き疲れたということか。

 団員たちが、ややうんざりとした視線を田中に向けた。

 一介のホテルマンは、それに臆することなく、さらなる事実を告げたのである。


「中村様のお部屋には、カードキーが置かれたままになっていました」


 ありのまま、簡潔に告げられた事実……。

 それを咀嚼するのには、しばしの間が必要となった。

 そして、ようやく意味するところを理解した団員たちは、互いの顔を見交わしたのである。


「ここの客室って、入るのにも出るのにもカードキーが必要だよな?」


「だから、それでマスターキーをホテルの人たちに用意してもらったんでしょう?」


「じゃあ、中村さんの部屋には、誰も入れなかったってこと……?」


「これ、不可能犯罪ってやつじゃん」


 団員たちは、騒然とし始め……。

 やがて、誰かがその可能性へと行き着いた。


「ちょっと待って。

 ……この島って、私たちの他には誰もいないわよね?

 じゃあ、この中にいる誰かが、中村さんを殺したってこと?」


 息を潜めるようにして放たれた一言……。

 だが、それは一言一句、はっきりと全員の耳に届いたようであった。


「お、俺は違うぞ!?

 アリバイもあるし……なあ!?」


 聞かれた団員が、困ったように頭をかく。


「って、言われてもな……。

 別に、四六時中、一緒だったわけじゃないし……」


「ちょっと、あんた島の中を散歩してくるって言ってたけど、それって本当なの?」


「本当よ。

 えっと……ほら、靴底に付いた土とかを見れば……」


「そんなの、どうとだってなるじゃない」


 誰も彼もが、互いのアリバイを確かめ合い、疑い始める。

 実に……。

 実に、見苦しい姿であった。

 中村翔陽のごときクズをエースとしていた集団なのだから、これも当然の光景であろう。


「なあ、お前……。

 こないだ、せっかくオーディションで取った役を、横から中村にかっさらわれてただろう?」


「だから何だってんだ!?

 それで、僕が彼を殺したいほど恨んだとでも!?」


 言い合いは徐々に、ヒートアップしていったが……。


 ――パアン!


 それを制したのは、田中が鳴らした手の音である。


「皆様……。

 こんな時ですが……。

 いえ、こんな時だからこそ、ひとまずお食事になされてはいかがでしょうか?」


 明らかに、仲裁を買って出ての言葉……。


「まあ……」


「確かに……」


 それに、一同は顔を見合わせ、暗い雰囲気ながらのディナーということになったのであった。

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