第33話 魔王 エリリカ・バロス

 チャー城の勇者配信から1週間が経過していた。


 勇者配信成功の知らせはメモリア・リガリアによってプロヴィラル全土に知れ渡り、今、チャー・ハァァンは最もホットなハァァンとして注目されている。

 玉座に腰かけるのはこちらの乙女。


「えーと! みなさん! おはようございます!! エリリカ・バロスです!! 今日も元気に頑張りましょう!!」


 魔王エリリカ・バロスである。

 モットーに「元気な挨拶」を掲げる新米の魔王。


 元気な挨拶以外は特に目立った方針もないので、ここは人を見たら「やあ! 元気ですか!!」と声をかける、アットホームなハァァンとして生まれ変わりつつあった。

 それだけではハァァンがエリリカ体制になって1週間維持できている理由にはならない。


「ふっはっは。そこのサイ型獣魔族。貴様、財務官から退け。職員の給料と仕事量が余りにも不一致。ヤッコルに調査させたところ、貴様の部署がおかしい事は明白よ。我は他者の不孝に歪む顔を見るのが何よりの愉悦。ふっはっは。更迭だ。後任にはこの者とは別の部署の者にさせよう。貴様。タコ型魔族の広報官。貴様がやれ。経験がない? ふっはっは。知ったことか。我が適正を認めた。不運を嘆くのだな。ただし無理はするな。じっくりゆっくり、苦痛に苛まれながら改革を行うのだ。痛みなき改革など無為よ。ふっはっは」


 圧政ガイコツがレーゲラ・ハァァンから出向中。

 レーゲラ城はザッコルの長き支配によって、トップと次席が数週間留守にしても藻の集合体が「モッコル! 頑張る!!」と張り切るだけで周囲が「我々こそ頑張らねば」と一体感を抱ける形を成して久しく、ならばとガイコツとシカが新米魔王の娘様の元に馳せ参じていた。


「ザッコルさん!!」

「はっ。エリリカ様。お腹が空きましたか!」


「お手伝い、ありがとうございますっ!!」

「は? ははっ!! 誉れの極み……!!」


 ハァァンの魔王が常に文武とも優れた者である必要はない。

 当然、それに越したことはないが、これまでのメスゴリラーン政権がひどかったので、エリリカが「ありがとう!!」と笑顔を見せるだけで職員はなんだか達成感に満たされる。


 有能な働き者が1番良い。

 ただ、無能で働かなくとも余計な事をせずにニコニコしてくれている15歳女子も悪くはなかった。


「うーっす。おはざーす。来たっすよー。じゃ、撮るっすねー」


 マロリが出勤。

 そしてすぐに仕事を始める。


 カメラを向けるとエリリカが配信スタート。


「えっりりーん!! こんにちは! エリリカです!! 今日もチャー・ハァァンは平和です!! こんな平和なハァァンはきっとうちだけ!! さあさあ! どなたでも配信者! そして勇者!! お待ちしてます!! それではー! 今日のエリリカごはんのコーナー!!」

「ちょいちょい。誰っすか、今日のスタイリスト。エリリカにジーパン穿かせるとか。頭パーっすか。あの子はミニスカ穿かせとかねーとなんすよ。うちはエリリカのチラリズムとセフィリアのふっくらで売ってるんすから」


 定例配信としてエリリカは「おらおら。かかって来いよ」とプロヴィラル全土を煽る。

 現在、魔国議会に承認されているハァァンで人間が魔王の座に就いているのはエリリカただ1人。


 それが毎日「見てこれ! すっごくおいしー!!」とゆるふわな配信を続けているので、チャー・ハァァンに移民希望者が殺到していた。

 レーゲラ・ハァァンとチャー・ハァァンの隣接した地方が2か所、プロヴィラルの人気地区として傑出しており、これは一応の体裁で民主主義を謳うプロヴィラルにとって人と物と権力と活気となんやかんやの一極集中。


 大変よろしくない。


「ふぃー。お疲れ様でしたー!!」

「あんたは飯食ってるだけっすけどね。シカさん、ウサきちさん。乙っす」


「やってる事はレーゲラ城と変わりませんので。オレは全然です」

「僕は命を救って頂いただけでペロペロです。ゴリラに抱かれなくて済みますし。エリリカ様を抱くとか、抱かれるとか、そういうお話をした者は次の朝を迎えることなく消えますし。健全な職場で働けて幸せです。ペロペロ」


 魔王になったエリリカ。

 だが、彼女が目指しているのは勇者。


 村娘から魔王でワンステップ踏んで勇者になるというアクロバティックな転職ルートになったが、プロヴィラル1番の配信者としての階段も着々とのぼっていた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「おっす! マスラオだよ!! 今日も魔王のお父さん通信やっていくからね!!」

「セフィリアです!! 今日もチョロス家の遺伝子搾取作戦を進めていきます!!」


 チャー城の一室では「おっさん、ちょっと邪魔っすね」とマロリに締め出されたお父さんと、「セフィリアさんが映ると変な人たちでコメント欄が荒れるから!!」と出番が週3に固定された鑑定士が個別配信に勤しんでいた。


 セフィリアの鑑定チャンネルは登録者が既に50000を超えており、バロス・チョロス・ロリの180000を合わせるとメモリア・リガリア視聴数ランキングトップ10に食い込む事も日によっては複数回あるほどに成長済み。


「お父さんの心得を今日も読んでいくよ! はい! みんな! 準備は良いかな? 元気がないぞ!! あらー! クソブタくん!! 今日も皆勤賞!! 偉い!! ただ、君にお義父さんと呼ばれる覚えはない!!」


 マスラオのエリリカちゃん大好きチャンネルは登録者13人。

 エリリカちゃんがメインのチャンネルがあるのに、こちらはお父さんしか出てこないので当然の数字である。


「出ました!! ……この先はバロス・チョロス・ロリのチャンネルで!!」


 コメント欄が「マジかよ。課金しよ」「セフィリアさん、もっと焦らして!」「戦わないんですか!!」「自分、魔族です!! セフィリアパンチ、オナシャス!!」と大変な盛り上がりを見せる中、鑑定士が配信を終えた。


「マスラオ様」

「はいはい? なんだい? 遺伝子はあげないよ!! 私ね、淡白だから!!」


「それはじっくりと進めていくので問題ありません!! 精力つくのでンビュー食べてください!! それよりも出ました!!」

「エリリカちゃんが呼んでる!?」


「いえ! マスラオ様が呼ばれてます!」

「エリリカちゃんに!!」



「いえ! 淫乱宰相さんにです!!」

「ええ……。それ出ちゃったの引っ込められないかな? 無理ならいないって言ってくれる?」



 ついに動く。

 淫乱宰相。タオヤメ・バロス。


 マスラオの内縁の妻である。

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