第16話 ところでエリリカさんとお父様は血が繋がってませんよね? ~マスラオ昔話。マロリンのツッコミを添えて。~

 マスラオ・バロス。

 34歳。牛飼いで乳搾ラー。


 レーゲラ・ハァァンの端にある村で幼少期から過ごしており、村の人口比率はその頃から老人が8割以上を占めていた。

 今ではその頃の老人がそこそこ亡くなり、新しく老人が増えて比率は9割に迫る勢いを見せており、エリリカが唯一の子供だった事を考えると確かにどこの誰と作った娘なのかという点はハッキリさせておく必要がある。


「マスラオ様。わたくしの口から言いましょうか! 言いにくいことですもんね!! では言いますね!」

「そのノリで余計に言い出しづらくなってんすよ。セフィリアは空気感も鑑定したらどうっすか?」


 マスラオが観念したように語り始めた。


「私の妻はね。タオヤメ・バロス」

「ダウトです! マスラオ様!! 婚姻届けが提出されていません! それは内縁関係です!!」


「良いじゃないっすか、どっちでも」

「わたくし! マスラオ様の妻を狙っていますので!! チョロス家は逞しい殿方をゲットして子を成すのが伝統です!! 子を成したら蹴婚して結構です!!」


「あー。それでセフィリアも乳マッチョなんすね。くっそ遺伝子目当てじゃないっすか。おっさんがちょっと気の毒なんすけど。せめて最期まで面倒みろしっす」


 マロリの気遣いの傍らでプルプル小刻みに震えているエリリカがいた。



「あたし! お母さんいたの!?」

「何言ってんすか、この子も。おっさんの村では性教育ってやってねーんすか? エリリカ? 人間は男と女がアレしてナニしねーと子供はデキねーんすよ?」


 エリリカがショックの余りぺたんと座り込んだ。



「ロリリン!! なんてこと言うの!! エリリカちゃんにはね! 赤ちゃんは怪鳥が魔界から運んで来るって教えてたのに!!」

「そっちの方がやべーんすよ」


「出ました!!」

「出すんじゃねーっすよ、セフィリアも。詠唱しねーでいきなり出して来るともうそれ、あんたの私見と区別付かねーんすよ」


「タオヤメという方! 人間じゃありませんね!!」

「くっ……!! セフィリアちゃんには隠し事ができないな……。そうだよ。タオヤメは」


 エリリカが叫んだ。

 目には涙が浮かんでいる。



「お父さん!? あたし!! まさか牛から生まれたの!?」

「エリリカの村では性教育とか以前に初等教育してねーんすか? 名前付けた牛との間に生まれたかもって可能性を睨む時点でもうどうかしてるんすよ」



 ナニから生まれたのか。

 エリリカ出生の秘密が明かされる。


 まったく触れられていなかったので明かされたところで誰かが興味を持ってくれるのか。

 それが心配なマロリであった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「お母さんはね。サキュバスなんだ」

「そうなの!? じゃあ……あたしって人間と魔族のハーフ!? どうしよう、マロリちゃん!!」


「ショックなのは分かるんすけど。テンションおかしくねぇっすか?」

「あたし、急にすっごく配信者としてキャラ立ちしちゃってるよね!? ハーフだよ! ハーフ!! サキュバスとの!! エリリカ・セクシーだよ!!」


「ええ……。あんた、はしゃいでたんすか……」

「出ました!! エリリカさんは人間です!!」


 感情で喋るエリリカと結論しか述べないセフィリア。

 マロリは理解しつつあった。


 「ウチは通訳としての報酬も貰わねぇと割が合わねぇんじゃないっすか?」と。


「えっ!? あたし、人間なの!?」

「100%国産の人間です!!」


「ひき肉みたいっすね」

「でもでも! お母さんってサキュバスなんでしょ!? いつもはすごくうるさいお父さんが黙ってる!! なんで!?」


 マスラオの口は重い。

 だが、娘に理由を問われたらば答えるのがお父さんの矜持。



「エリリカちゃんはね!! 村の入口にある街道に捨てられてたの!! でも待って! 血は繋がっていなくても、お父さんとエリリカちゃんは親子だよ!!」

「うあー。最悪だよー。じゃあもうあたし、村娘スタートじゃんかー。セフィリアさんの鑑定の精度がすごいって事だけが分かったよー。がっかりだよー」


 ショックの受ける方向性がちょっとアレだったが、衝撃的な事実だった。



「いやいや! じゃあ、おっさんはサキュバスと結婚して……あー。セフィリアが見てるっす。はいはい。内縁関係だったんすか?」

「そうだね! 一緒に暮らしてたよ! エリリカちゃんも2人で育てたね!!」


「あたし、お母さんの記憶って全然ないけど?」

「出ました!!」


 「あんたの鑑定魔法は話の腰を叩き折る効果を併せ持つ必要あるんすか?」とマロリが適切なツッコミを入れる。

 魔法少女は会話の背骨になれるらしい。


「マスラオ様とタオヤメさんが生活していたのは、エリリカさんが1歳になるまでですね!!」

「くっ……!! バレてしまったか……!!」


「えっ? えっ!? もしかして、あたしのために喧嘩別れしたの!?」

「違うよ、エリリカちゃん! お父さんが淡白だったからね! お母さん、出て行っちゃったの!! もう大喧嘩! 八つ当たりで村のお年寄りの大半が精気吸われて枯れたからね!!」



「淡白ってなに?」

「すぐに済むんだよ! お父さん!! 2分くらい!!」

「クソ過ぎる親子の会話はまだ聞いてなきゃいけねーんすか。ガイコツさん、こっち来てくんねーっすかねー」



 ザッコルが要請に応じて馳せ参じた。


「あの。タオヤメというのは黒い翼にピンク髪で牛みたいな角が生えておられますか?」

「ガイコツくん。君は人の心が読めたのか。目がないから心が見える的なヤツか」


「いえ。魔国議会の議員をしておられるサキュバスがそんな名前だったなと」

「あ。そうなの? タオヤメ、今はそんな事してるんだ? 偉いの?」


「我の2000倍偉いです」

「1ガイコツくんがどれくらい偉いのか分からないからなぁ」


 セフィリアの胸が光った。


「出ました!! 淫乱宰相と呼ばれている、魔国議会の実質的な指導者です!! 民主制のはずなのに!! プロヴィラルってすごいですね!! そうだ! エリリカさん! お母さまを討つ方向で配信して行くのはどうですか! きっと盛り上がりますよ!!」

「そうなんですか!? えー!! どうしよ! お父さん? それってどうかな?」



「良いと思うよ! お母さんはお父さんが説得するから! とりあえずお母さんを討つために議会目指してぶらり旅配信しなさいよ!! 私ね、時々スポット参戦する!!」

「なんで国家転覆企てる事になったんすか? ガイコツさん。あー。ダメっすね。シカさーん。ちょっと来てくんねーっすか。ウチ、トイレ行くついでに持ち帰り用の軽食もらうんで」



 マスラオの職業は益荒男。

 道行く乙女を惹きつける『魅了チャーム』が売りの伝説的なジョブ。


 道行く乙女はなにも人間とは限らない。


 サキュバス引っ掛けていたお父さん。

 1年で夫婦たんぱく生活は破綻し、村を壊滅させられていたらしく、これから討ち果たすらしい。

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