第9話 魔法使い(?) マロリ・マロリン
勇者エリリカ・バロスが村娘エリリカ・バロスになった。
彼女は先ほどお父さんが忘れ物として持参して、文句を言いながらもちゃんと穿いた黒いインナータイツに手をかける。
「娘様!! 何をなさるおつもりか!! せめてそれは我が見ていないところでやってもらえますか!!」
「こんなの脱ぎます!! あたし、村娘ですよ!? もう露出するくらいしか……! セフィリアさんがすごくスタイル良いですし! こうなったら見せるしかないです!! 恥ずかしいですけど!」
「我と戦っておった時にはパンツなど見えても視聴者増えるわい、このクソ骨野郎!! と申しておられたが!?」
「ザッコルさん、分かってない! 見えるのと見せるのは違うんです!! 見えても良いなって言う時と、全然見せる気ない時は違うんです!! でも! こんなインナー穿いてたら!! いつまで経っても村娘のままだもん!!」
太い腕が伸びて来て、エリリカの細い手首をキュッと掴んだ。
「エリリカちゃん。それはいけない。エリリカちゃんは魔国で1番可愛いから。そんなことしたら、変な人が寄って来るでしょ。お父さん嫌だな、そういうの!!」
息を吹き返したマスラオ。
頬っぺたを膨らませて不満げなエリリカだが、「お父さんが言うなら……。今はヤメるよぉ……」と涙目になりながらも要請に応じた。
エリリカは男手一つでマスラオに育てられており、配信でお金を稼ごうと考えたのも8割は家計の助けになればという清らかな動機。
残りの2割は「あたしもちょっとくらい! 100万人とかにチヤホヤされたい!!」というお年頃の娘的な動機だが、2割なんて可愛いものである。
「ええと。どこか落ち着いた場所でお話をしたいのですが」
セフィリアが「あ? 終わりました? じゃあもうこんなとこから帰りましょう」と申し出る。
それに異を唱えるのはマスラオ。
「エリリカちゃん、どうする? もう帰る?」
「うぅ……。でも、あたしのアカウントなのにさ。配信したのってお父さんのガイコツ退治とセフィリアさんのセクシーショットだけ……。あたし、全然デビューしてない……」
娘がしょんぼりする。
お父さんにとって世界で起きている出来事の大半がどうでも良くなる事態であった。
「あの。お父様?」
「なんだね、シカくん」
「あ。ヤッコルです。えーとですね。もう1人ほど、モッコルという魔族と今、恐らく殺し合ってる子がいるはずなんですが。そっちが死んでたら、娘さんのために八百長配信されるのはどうです?」
「シカくん!! 君ね!!」
ヤッコルは死を覚悟した。
ついさっき死んだのに。
「良い事を言うじゃないの!! 今度、私の搾ったミルクをあげよう!!」
「あ゛! ありがとうございまぁす!!」
ザッコルよりも世渡りが上手かったヤッコル。
さっそくマスラオに気に入られる。
「ふっはっは」
「え。なんですか、ザッコル様」
「我がどんな思いでマスラオ様に取り入ろうとしておったか貴様、知らんのか」
「知りませんでした。えっ。まずかったですか?」
「……よくやった」
ザッコルはザッコルでマスラオの不興を買わなければ問題ないらしい。
一行は第5闘技場へと移動を始めた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
その第5闘技場では、魔法使いの少女が戦っていた。
戦っているというよりも、口論していた。
「だーかーらー!! ウチは新しくできた歯医者の話を聞きに来ただけって言ってんじゃないっすか!!」
「配信者ね! 新しい!!」
「歯医者っす!」
「配信者!」
「こいつ耳クソ詰まってんすか?」
彼女はマロリ・マロリン。17歳。魔法使いらしき少女。
ボブカットの黒髪が動くたびに揺れる。
ショートパンツにノースリーブと動きやすさを重視した魔法使いらしからぬ服装。
今日は特に魔法使いするつもりがなかったからだと思われる。
2歳年下のエリリカよりも小柄で、どことは言わないが特に小ぶりである。
小ぶりと言うか目を凝らさないと膨らみが確認できないくらいに慎ましい体は、ニポーンでは一部の大きなお友達から愛されそうな雰囲気を垂れ流していた。
恐らくだが、配信すれば映える。
「早く撮影の用意をするのだ! マロニー!!」
「マロリだって言ってんすけど。こいつマジで耳クソ詰まってんすね。帰りたいんすけど」
相対するはモッコル。
レーゲラ城に駐留する魔族は彼を含めて3人であり、モッコルは最弱。
藻の集合体に命を吹き込まれた魔族で、モコモコしている。
「では、マロニーはこのまま死ぬのか? それで良いのか? 生きた証を遺さずに? 最近の若い子の死生観ってちょっとモッコルには分からない」
「うぜーっすね。死にに来てねーんすよ! あと自分の事を名前で呼ぶのもうぜーっす。あんた何歳っすか?」
「モッコル、141歳!!」
「終わってんじゃねーっすか。これはもう是正不可能な長さ生きちゃってんすよ」
モッコルが体を構成する藻をいくつかちぎり取って、マロリへ投げつける。
「ふざけんなっすよ、マジでぇ……。なんで歯医者さんの相談しに来たら配信者扱いされて、相手は頭悪いんすか? こんなん詰みじゃないっすか。『
「やるじゃないか。モッコル、びっくり!!」
「や。死にに来てねーんで。歯科検診やってる歯医者さんあるっすかって聞きに来ただけなんで」
「死の慢心を刈り取る配信者!? なんだそれ、モッコル興味ある!!」
「あんたはまず、耳クソどうにかしてくんねーっすか?」
モッコルは藻を投げ続ける。
それをマロリは短い杖に魔力を込めて弾き飛ばすが、このままでは埒が明かない。
「あー。もう、最悪っすよ。……誰もいねーっすよね? ササっとやって、すぐ戻れば……!!」
マロリの全身から魔力が放たれ、輝き始めた。
彼女の必殺技だろうか。
「すみません! 勇者の父です!! 娘の活躍という名の忘れ物をゲットしに来ました!! まだやってますか!!」
「は!? ……誰っすか!? ちょ、えっ!? 嘘っすよね!? 結構な数の人が!?」
光が形を成し始めた。
そのタイミングでマスラオが闘技場の扉を押し開ける。
繰り返すがここの闘技場は全て引き戸である。
ザッコルが後で業者を手配して修理をするらしい。
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