第4話 レーゲラ・ハァァンの豪魔 ザッコル・ザッコリス

 ザッコル・ザッコリス。

 魔王としてレーゲラ地方、現在のレーゲラ・ハァァンを統治するまでは豪魔の異名を誇った、殺戮を好む魔族であった。


 一時期は人を弄ぶように「我に勝てば望むものを与えよう」と煽り、その命を数多奪って来た残虐性と自らの力を誇示する事に快楽を得る魔族の鑑のような性格。

 だが、統治者としての魔王に任じられてからはその愉悦もなかなか思うようには得られず、配信者の相手を適当にこなす鬱屈した日々を過ごしていた。


 時折やって来る命知らずの勇者を蹂躙するのが唯一の気晴らし。

 そして久しぶりにやって来たと思った勇者エリリカ・バロスは「これ殺したらさすがに我の評判がまずい」レベルであり、欲求不満を募らせていた。


 が、その父親のマスラオ・バロスは人間としてあり得ない事をやってのける。

 ザッコルが攻撃に用いる爪は体を構成する頑丈な骨をさらに硬化させたものであり、全力をもって一突きすれば小高い丘くらい簡単に吹き飛ばせる威力を誇る。


 山はちょっと厳しい。


 当然だが人間相手に全力を出すわけもなく、手加減はした。

 とはいえ、充分に殺す気満々で突いた爪をあろうことか人間にへし折られたのである。


「貴様ぁぁぁぁ!! 人間風情がぁぁぁ!!」


 ザッコルは心が焼けるように緊迫した命の取り合いを求めてはいない。

 一方的で圧倒的で絶頂的な気持ちのいいワンサイドゲームをやりたいのであって、そこにリスクが存在してはならない。


 それでは気持ちよくない。



 ニポーンでは「アリの巣に水をホースで流し込む」事で一部の者が似たような快楽を得るとされているが、それをやると人としての価値が8ランクくらい落ちるらしい。



 そこでザッコルは考えた。

 「ふっはっは。なにをむきになっていたのだ、我は。よし。娘を先に殺そう」と。


 プロヴィラルでは人間が堕落している。

 だが、魔族だって高潔な者ばかりではない。


 彼らが先に世界を支配していた背景を鑑みれば、元の思考は褒めるべき点を探してあげなければならない程度。

 英雄により改心した者が多いというだけ。


 全体を見れば2割か3割か、過半数よりはずっと少ないもののダメなヤツは確かにいる。

 個体数が増えるほど比率は同じでもダメなヤツの数も増える。


「きしぇぇぇぇぇぇ!! 娘! 我の愉悦のために死ねぃ!!」


 ザッコルはちゃんとダメなヤツだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 マスラオは娘が命よりも大事だと胸を張れる。

 娘の忘れ物を届けるために魔王に素手で挑める。

 これ以上の言及は必要ないだろう。


 ザッコルの爪が伸びる。

 9の刺突が全てエリリカに向かって、勢いよく。


「ぴぇ!? あたしには帰れって言ったのに!! ちゃんとした装備買えば良かった! 胸当てしかないよぉ!!」

「野郎……!! エリリカちゃんを狙っただと!? 私の娘に何してんの!!」


 マスラオがザッコルの折れた爪を振りかぶってザッコルの爪目掛けて降り下ろす。

 大変に分かりづらい状況だが、ゴギッと鈍い音がする。


「ふっはっは!! 掛かりおったわ!! 爪の1つくらい折らせてやろう!! 貴様のよく分からん怪力は認めた!! しかし残った8つをどう捌く!? そらそら、娘の胸を貫くぞ!!」


 マスラオの目が血走った。

 ぎろりとザッコルを睨みつけると、一瞬だが魔王がたじろぐ。


 「ええ……。人間ってあんな凶悪な視線で魔族を刺せるん?」と理外の眼力に戸惑い、驚き、少し恐怖した。

 その隙をマスラオは見逃さない。


「はい! 2本目の爪ゲットぉ!! これで1度に2回斬れる!!」

「だ、だから何だと言うのだ!! 8から2を引いてもぉ!! 6なのだぁぁぁ!!」


 意味の分からない事が重なるといかなる強者でも思考は混乱する。

 とはいえ単純な問題なので解決までの進路は直進かつ最短が選べる。


 意味の分からないものは早いところ殺すに限る。


「エリリカちゃん!! 下がってなさい!!」

「お父さん! あのね! あたし!! お父さんの事、週に2日くらいはウザくなかったよ!!」


 リアリアに「さよならお父さん」と大量のコメントが流れる。

 だが、年頃の娘に「ウザくないよ」と言われる事はお父さんにとって最上の喜び。


 このまま死ぬには惜しすぎる。

 生きて、生き残って、娘から「どのお父さんが好きなの!?」と聴取しなければならない。


 じっくりねっとり執拗に。


「そぉぉぉぉぉい! そいそいそい! そぉぉぉぉぉぉい! そぉぉぉぉい! ああぁぁぁぁい!! そぉぉぉぉぉぉぉぉぉい!!」


 マスラオは体も頑丈だが、特筆すべきは手首のスナップ。

 毎日の半分を牛の乳搾りに費やしてもう20年。


 今では同時に10頭の牛の乳を搾れる。

 そして牛の乳房は4つある。


「バカな……!! 我の爪が……!!」

乳搾ちちしぼラーを舐めるなよ。うちの牛たちの噴きだす乳に比べたら、ガイコツ。お前の爪なんか止まって見える」


 ザッコルの爪が全て粉々に砕け散った。

 マスラオの持っているザッコルの折れた爪は健在。


 これがスナップの力。



 乳搾ラーとはなんだろう。



「ぐぅぅ! ぐぬぅぅぅぅ!!」


 ザッコルは攻撃方法を1つしか持たない。

 それだけ爪を伸ばすヤツに自信を持っており、破られるなど想定していなかったのだ。


 澄んだ瞳で呟いたのはレーゲラ・ハァァンの魔王。


「見事……。好きにせよ。我の身を砕いて餌とするが良い。さぞかし濃厚な乳として我は生まれ変わろうぞ。そして乳として生きるのだ」

「良い覚悟だ。ならばそうさせてもらおう。うちの娘の命は何よりも重い!!」


 娘に手をかけようとした罪は万死に値する。

 いざ、ザッコルを粉々に。


「待って! お父さん!!」

「えっ。やだぁ! うちのエリリカちゃん優しすぎィ!! おい、聞いた!? ガイコツぅ!! 助けてくれるってぇ!!」


「我に情けをかけるか……人間風情が……」

「あ。違う、違います! 取れ高が足りてないから! これあたしのデビュー配信だし! もう1回!! 次はあたしメインのヤツやりたい!!」


「だってさ! ガイコツ!! 立てよ。そして、もう1度やろう! 次はもっと派手に傷めつける!! エリリカちゃんが! あと、エリリカちゃんに抵抗したら私が殺す!!」



「ふっはっは!! はっはっはぁぁぁぁぁぁぁぁ!! ……この親子は本当に人か?」


 ザッコルは目を疑った。



 ガイコツの瞳や目はどこの事を言うのか。

 せめてそれだけ解説してもらってから牛に餌になって頂きたい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る