戦勝会

 マリアとレヴィが隣室に行って30分が経過した。隣室からは物音もせず、声も聞こえないために聞き耳を立てていたゼファーは、10分を過ぎた頃からテレビを見始め、20分を過ぎればベッドで横になって視聴する始末である。

 そしてテレビを見飽きたゼファーは床で横になり、遂にはうつらうつらとし始めてしまう。そんなゼファーを余所に隣室から「終わったわ」とマリアの声が飛んできた。

 マリアの声を聞いたゼファーはあくびをしつつ起き上がると、寝惚け眼をこすりながら隣室に顔を覗き込ませる。ゼファーの視界に入ってきたのは横になったレヴィが、ビクンビクンと痙攣している姿であった。


「何やったんだ、マリア?」


「別に大したことはしてないわ。ちょっとハッカーが見ている電脳世界を体験させてあげただけ。もっとも初心者ニュービーにはキツイかもしれないけど」


 悪びれない様子で胸を張るマリア。彼女としては少しお灸をすえるような行為だったのかもしれないが、マリアは腕の立つハッカーであり、その辺の有象無象のハッカーと比べると実力差は段違いである。

 そんな彼女の見ている電脳世界は、初心者ニュービーからすればウォッカをストレートでジョッキ飲みし、即座にジェットコースターへ乗せられたようなものだ。


「うーん……頭が痛い、吐き気がする。こういう時はゼファーさんに抱かれるのが一番ですね……」


 叫ぶことも嘔吐することも許されなかったのだろう、レヴィの顔色は悪くとても辛そうであった。思わず同情していたゼファーであったが、レヴィの最後の言葉で同情するのを止めた。


「とりあえず吐くならトイレでしてくれよ。掃除するのは俺たちなんだから」


「そんなことは……うぇっぷ、しません。ちょっとお手洗いに行ってきます……」


 口元を隠しながらも青ざめた表情をしたレヴィは、ゆっくりと危なっかしい足取りでトイレに向かっていく。気分の悪そうなレヴィを見送ったゼファーは、チラリと元凶であるマリアに視線を向ける。


「アハハハ、やりすぎたかな?」


「他の奴なら何も言わないけどな、お前の場合はやり過ぎって注意だけはするぞ」


 若干棘のあるゼファーの視線を受けたマリアは、流石に反省したのか申し訳無さそうに眉を八の字にしつつ、両手を合わせてゴメンとジェスチャーを示す。

 反省した様子のマリアを見たゼファーは、レヴィにも原因があると考えて冷淡で責め立てる視線を止めて、この後何をするのかを決めることにした。


「とりあえずどうする?」


「どうするって、ナニかな……?」


「いや、小規模ながら戦勝会でもするかなーって考えていたんだけど」


 雌のように頭の中で肌と肌を合わせる行為を想像していたマリアであったが、ゼファーの反応に自分が場違いな想像をしていたことに気づき、羞恥心から顔を真っ赤にしてしまう。


「え、えっちなことを考えていたわけじゃないんだからね!?」


「いや、何も言ってないが」


「とりあえず戦勝会でもするなら、ピザのデリバリーでも頼むとか?」


「いいねぇピザ、1番デカいサイズを4枚ぐらい頼もうぜ、こんぐらいの。そんで酒も用意して今日一日ぐらい羽目を外そう」


 今日一日を生き残ったゼファーは空腹で疲れていたためか、とりあえず腹いっぱい食べたい考えていた。なので両腕を全開に広げ、注文するピザの大きさを表現した。

 子供っぽい表現をするゼファーを見てマリアは、微笑ましくて思わずクスリと笑ってしまう。その時、以前嘔吐した記憶がマリアに蘇り、「アルコール度数の低いやつも注文するわね!」と度数の高いものばかり注文しかねないゼファーをブロックする。


「聞きましたよ! ピザを頼むんですね!」


 するとテンションを高くしてトイレから戻ってきたレヴィが、ひょっこりと顔を2人のいる部屋へ覗かせる。そんなレヴィであったが頭だけしか見せないことに、ゼファーは疑問を覚えて首を傾げる。


「なあレヴィ、なんで頭しか見せてくれないだ? いつもなら部屋に入ってくるだろう?」


「それはですねぇ、やむにやまれぬ事情が……」


 ゼファーの質問を前に普段はポワポワとした様子のレヴィが、何かを言い出せないのか歯切れの悪そうに言い淀む。普段のレヴィであれば男の視線を釘付けにする豊満な身体を、わざとらしく見せつけてくるだろう。しかし今のレヴィはさながら初心バージンな乙女の様である。


「一体どうした? 裸だって見た仲で恥ずかしいものなんてあるのか?」


「いえ、実は……」


「ああもう、レヴィさっさと言ったら? トイレで吐くの失敗して服に吐露したって、言うまでもなく少し臭いが……ね」


 羞恥心から言い淀むレヴィであったが、そんな彼女を見ていられなくなったのかマリアが原因をバッサリと言い放つ。

 よくよく臭いを嗅いでみれば、過剰な刺激臭のする消臭剤に混ざって、ツンとして酸っぱい刺激臭がレヴィの周囲から漂ってくる。その臭いにゼファーは嗅ぎ覚えがあった、――胃酸と胃の消化物が混ざった臭いである。

 

「とりあえずさ、風呂に入ってきな。その間にピザ注文しておくから……」


 いたたまれなくなったゼファーは視線をレヴィから少し外すと、優しげな声色でそう告げる。その間にもレヴィの周囲からは嘔吐臭が漂ってゼファーの鼻を刺激する。


「ちょっとお風呂借ります……!」


 スンスンと2人に何度も臭いを嗅がれたことにショックを受けたレヴィは、羞恥心から脇目も振らずに素早くシャワールームへ走っていく。そんな走る彼女の姿は、臭いに耐えきれなかったのだろうか全裸であった。


「なあ、服で大事な所は隠してたけどなんで全裸?」


「決まってるでしょ。女はいつでも綺麗でいたいのよ、汚れた服を着ているなんてプライドが許さないわ」


 真剣味のあるマリアの言葉に圧倒されたゼファーは、否定はできずコクリと頷くしかできなかった。

 そんな風に2人で話しているうちにレヴィがシャワーを浴び始めたのか、ゼファーの耳に微かに水音が聞こえてくる。


「ところでゼファー、ピザは何枚頼むの? 3人だけどゼファーとレヴィさんは結構食べると思うんだけど」


「ああ確かに結構な量を食べるな。30cmを2枚食べれば満腹になるだろ」


「2人とも結構食べるのね……まあいいわ。ちょっとお高い店で注文してくるけど、割り勘でいい?」


「アホ、今日は俺が奢ってやるよ」


 ゼファーの言葉を聞いて一瞬キョトンとした表情をしてしまうマリア。しかしすぐに意味を理解すると、満面の笑みを見せゼファーに抱きつき「大好き!」と好意を口に出してしまう。

 マリアのストレートな好意の告白にゼファーは、思わず鳩が豆鉄砲を食ったような表情をしてしまうが、すぐに恥ずかしそうな表情を見せた。


「あれれ? ゼファーもしかして照れてる?」


「そんな訳……ないだろ」


「んーじゃあ好きにさせてもらうわ」


 そう言ってマリアはゼファーの身体に抱きついた状態を維持しつつ、わざとらしく豊満な胸をゼファーの肩に押し付ける。まるで無骨な肩に潰され、まるでマシュマロのように潰れていくマリアの乳房。

 柔らかい感触にゼファーは身体を強張らせてぎこちない様子であったが、マリアの耳元に口を近づけて「ふぅー」と息を優しく吹きかける。


「ひゃあ!?」


 可愛らしい声を上げたマリアの隙を付いたゼファーは、抱きついた状態から抜け出すとマリアに向かい合う。


「ほら、ピザを頼むんだろ? 好きなやつ1枚選べよ。俺も1枚選んでレヴィの好きなピザは知ってるからな」


「それじゃあ一番高いピザを選ばせてもらうわ。今回のMVP様?」


 まるで猫のように目を細めて笑いながらマリアは、うやうやしく礼をするのであった。

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