マリア・ゴーストハーツという女

 男たちの遺体を背にして、ゼファーは服を正しながらもその場を離れていく。

 服を綺麗にはたき終えたゼファー、歩きつつもアリエラの携帯端末へ通信を始める。


『ゼファーくん、退職したのにもう連絡? もしかして仕事が見つからなかったのかな?』


「違いますよ隊長、さっきまで修羅場に巻き込まれていたんです!」


『冗談だよ、冗談。君の状況はうちSAERDの優秀な情報担当が、情報を集めてくれたからね』


 ――なんで退職したメンバーの情報を集めてるんだ……?


 思わずゼファーはそう呟きたかったが、聞いてしまえばきっとやぶ蛇になると考え、仕方なく口を閉じた。


『なんで知っているんだ?って顔をしてそうだね。一応私も考えがあって調べさせておいたんだ』


「なるほど」


 アリエラはSAERDの隊長職を任されるだけあって、相応の能力を持つ人間である。実際アリエラの立てた作戦に従って動けば、大半の作戦は予定通りに成功していた。

 そうやってゼファーとアリエラが話している間にも、襲ってきた男たちの遺体がある場所にSAERDのロゴの入った車がやって来る。


『まさか退職初日に狙われるなんてね。気をつけてねゼファーくん、もう私達SAERDの助けは簡単に出すことはできないからね?』


「わかってますって。まさか退職当日に狙われるとは思わなかったもので……」


 申し訳無さそうにゼファーは、反射的に通信端末にペコペコと頭を下げてしまう。

 しかしアリエラとの通信は音声通信のために、アリエラはそんなゼファーの姿を見えることはできない。


『まあいいけど。ゼファーくん、今度私達SAERDの仕事、受けてほしいな』


「俺なんかが受ける程の仕事があるなら」


『ふふ……そうだね君が出るレベルだと、私達SAERDが緊急出動しないといけないレベルかも。じゃあね』


 そう言ってアリエラは通信を切断する。沈黙する通信端末を前に、ゼファーは思わず頭を悩ませるのであった。


 ――まさかしょっぱなからこんな目に合うなんて……。


 未だに傭兵としての準備を終えてないゼファーは、自分の今後を悩みながらもマリアへと通信を開始する。


『ハーイ無事かしらゼファー?』


「まあなんとか、気分は最低だけど」


『ふーん当ててあげようか? SAERDに借りでも作ったんでしょ』


「っ……! 盗聴でもしていたいたかマリア」


『さあどうでしょ? 少なくともSAERDの隊長さんに手玉を取られる人には教えないわよ』


 通信端末越しにケラケラと笑うマリア。そんなマリアの言葉にゼファーは思わず通信を切りたくなったが、怒りを抑えて知りたい情報を聞く。


「マリア……さっきの話、覚えているか?」


『勿論。襲われた理由でしょ? ついさっきゼファーがSAERDを退職して弱々だーってマトリクス上に流れている。さらに賞金まで掛けられているから、傍から見たら狙われて当然ね』


 マリアが教えてくれた情報を聞いたゼファーは、頭が痛くなり思わず屈みたくなってしまった。

 しかし路上でそんなことをする勇気がないため、即座にゼファーは自宅へと走り出す。


「マリア。俺の自宅の情報とかの個人情報は流れているか?」


『流石に流れていないわねー、むしろそんな物が流れていたらタダで私が削除してあげる』


 優しげに呟かれたマリアの情報に、ゼファーは走りつつも安堵の息を漏らす。

 自宅へと徐々に近づいているゼファーであったが、道端にいるチンピラたちが武器を構えて襲ってくる。

 チンピラたちの手にはピストル、パイプに金属バット、さらにはサブマシンガンまであった。


「死ねぇ! ゼファー・六条!」


「俺たちの金になれ!」


 金属バットとパイプを持ったチンピラは手に持った武器を肩に担いで、ゼファーに向かって距離を詰めてくる。

 またピストルとサブマシンガンを持ったチンピラはまるで弾幕を張るように、ゼファーに向けて照準を合わせてトリガーを引く。

 ピストルとサブマシンガンを持ったチンピラたちの射撃は、ゼファーに近づいているチンピラのことなど考えない拙いものであった。


「うっとおしい!」


 襲われて怒りが溜まってきたゼファーは、問答無用で近づいてきたチンピラの顔に全力のパンチを叩き込む。

 パンチを顔面に叩き込まれたチンピラは、顔が陥没するほどのダメージを受けてそのまま倒れる。


「さらにもう1発!」


 続けてゼファーは有無を言わさず刀を抜くと、そのままもう一人のチンピラの首へ柄を叩き込む。


「ご……!」


 柄を叩きつけられた痛みに耐えきれず、チンピラは膝から地面に倒れ込もうとする。

 だがそれを眼の前のゼファーが許さなかった。

 ゼファーが片手でチンピラの首を掴むと、そのまま盾のように構え銃弾を防ぎ始めた。


「てめぇ! 人の盾とか血も涙もないのかぁ!?」


「うるさい! 人にかかった賞金を狙って襲ってくるやつのほうが、血も涙もないだろ!」


 チンピラの言葉を切り捨てたゼファーは、チンピラという名の盾を巧みに扱い距離を詰めていき、ピストルを持ったチンピラを素早く袈裟斬りで斬り捨てる。


「が……あ……」


「3人目……残りはお前だけだ」


「く、来るなあああぁぁぁ!」


 サブマシンガンを持ったチンピラの表情は恐怖に塗れ、そのままサブマシンガンをゼファーに向けて斉射する。

 だがゼファーは盾として扱っていたチンピラを捨てると、サブマシンガンの弾幕を紙一重で回避していき、チンピラとの距離を詰めていく。


「これで4人!」


「ちくしょおおおぉぉぉ!」


 サブマシンガンを持ったチンピラは、絶叫を上げながらゼファーによって斬り捨てられた。

 刀についた血を軽くはらったゼファーは、通信端末に声をかける。


「悪いマリア、話はどこまでだっけ?」


『4人のチンピラを一蹴とかドン引きよゼファー。ああそれでゼファーに賞金がかかっている話ね。傭兵たちの間じゃ自殺行為だって賑わってる』


「はぁ……自殺行為扱いは不服だが、1日中傭兵に襲われないだけましか」


『そうね、少なくとも割に合わない賞金と命を賭けるなんてまさに自殺行為』


 ゼファーは人通りの多い通路へと急ぎ足で歩いていき。できるだけ襲撃を減らすように考えて行動していく。


『それで、この後どうするつもり?』


「とりあえあえずフィクサー仲介人に会って、こんな騒ぎを起こした奴の情報を調べて殺るに決まってる」


『OK。大丈夫そうね、じゃあ一旦切るねバーイゼファー』


 そう言ってマリアは通信を切る。

 沈黙する通信端末。ゼファーはとりあえずピストルと刀だけでは頼りないと思い、電子通貨の残高を確認しつつも手近なガンショップへ向かうのだった。

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