今日はスパイにならないと。

 次の日。


 私はマントをひらひらなびかせて、アオバのうしろを歩いている。


「いいの? 貸してもらって」


 王族の紋章が入ったマントをなでる。お母さん御用達の羽毛布団なんて比にならないほど、サラサラだ。


「似合っているよ、メイ」


「ちなみに、おいくらくらい?」


「家が一軒建つくらい、かな?」


「…………」


 言葉を失っている場合じゃない。


 いま、私とアオバはお城から遠くはなれた、リーフェスタ王国とコカゲ帝国の国境に来ている。


「でも、帝国への偵察なんて、よく許してもらえたね」


 聞くと、アオバは「アカネ姉さんには、最後まで反対されたけどね」とほおをかく。


「でも、自分の目で見ないといけないと思ったんだ。ボクはコカゲ帝国をたおすんじゃなくって、助けたいんだから」


「それがいいし、絶対!」


 私も明るく言ってみる。アオバは大きくうなずいた。


「帝国の人たちは、どんな風に生活しているのか。どんなことに悩んで、どんなことが不安なのか。それに、最大の謎って言えば……」


「コカゲ帝国のトップ……『帝王』の正体、だよね」


 そこでリドリィが、私たちふたりの頭上まで高度を落としてきた。


「アァ! 普段は城の中にいて、メッタに姿を見せない悪の親玉! 聞くところには、王国のヤツも帝国のヤツも、だれもその正体を知らネェってウワサだゼ!」


 私は、アニメのオープニング映像を思いだす。


「うん、顔は仮面にかくれていてわかんなかったし」


「仮面? 帝王は仮面をしているの?」


「あぁ、えっとぉ……」


 これ以上言うのはまずいから、私は笑ってごまかした。


 首をかしげるアオバは、真剣な顔で言う。


「でも、メイは来ることないよ。お城で待っていてくれた方が、安全だ」


 アオバの言葉に、首を横にふる。


「あなたのことは、なんだかほっとけないの。できるだけ近くにいたい、し」


 言ってから恥ずかしくなったけど、それが私の正直な気持ちだ。


「……じゃあ、約束して。メイ」


 アオバは立ちどまって、鼻と鼻がぶつかるくらい、私に顔を近づける。


「約束?」


 アオバは私の手を取って、小指同士を固く結ばせる。


「メイは、ボクのそばをはなれないで」


「……子どもじゃないし、私」


「あはは! じゃあ、ボクも約束する」


 すぐ目の前で、アオバが……あこがれのキューターリーフが、私だけにこう言った。


「ボクは、この世界のすべてから、必ずメイを守る」


「…………!」


「ね? ふたりの約束」


 アオバは最後に、私のほおをなでた。顔が熱くなって、火が出そう……!


「メイ。顔、真っ赤だよ?」


「っ……! べ、別に、なんでもないし!」


 そっぽを向くと、アオバはクスクスと笑った。


「ケッ! 甘〜いお言葉、胸焼けするゼ!」


 水を差すのは、リドリィ。……つむじ、つつかないで。


「茶化さないでよ、リドリィ」


「どうでもいいけどヨ! ここはもう敵の国だゾ、油断していると痛い目見るゼ!」


 そう言われて、私とアオバは周りを見わたした。


 国境はずっとうしろ。

 悪の帝王が支配するコカゲ帝国の中に、私たちは入ったんだ。

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