第3話


数学A、英語、世界史の授業オリエンテーションもあまり変わり映えのしないものだった。そのほとんどが教師の自己紹介とペース配分や授業の進め方、必要な教材と評価方法についてで俺にはあまり関係のないものばかりだ。

 とはいえ、クラスの派手な子たちのようにあからさまにサボったりして変に目立つのも嫌なので一旦は普通の生徒のフリをしてメモを取った。

 

 というのも最初の授業で後藤先生が言っていた「社会人としてみる」という言葉が妙にしっくりきていたからだ。

 俺は高校を近いうちに辞めて、アルバイトをしながら勉強をしようと思っている。だから、社会に出るということは、俺にとって割と間近にあるのだ。社会人として扱われるというのはどういうことなのか。どんな理不尽が待っているのか? 少なからず、先生たちが起こる様なことは社会に出てもしない方がいい、ということだろうか。


 4限目の終わりを告げるチャイムがなって、日直の秋田さんが号令をかける。着席の声がかかると各々バッグに手を突っ込んで昼食の準備を始める。

 中学生までは担任教師が教室に来て、昼食の号令をしていたがそれは高校では実施されないらしい。


「ニャコ〜食べよ〜」


 教室の後ろの方で机を大移動させていた派手な子たちが大きな声を出した。ニャコというのは黒谷ニコのあだ名だ。

 猫っぽいからニャコ、ニコからニャコ。理由はわからないが彼女も気に入っているのか振り返ると目を細めてにっこりと手を上げた。

 このあだ名もあってか、彼女を男子たちは「猫系ギャル」と呼んでいる。呼んでいると言っても彼女に直接伝えるのではなく、比喩として使っている様な感じだ。あまり聞かない言葉だが、的を得ていると俺は思う。

 猫というのは、気まぐれで時に暴力的で都合のいい時ばかり媚びを売ってくるとんでも動物なのにどこか憎めず、むしろそんな姿に人間は夢中になってしまう。



「今行く」

 黒谷さんはだいぶ淡白に返事をする。他のギャルの子とは違ってクールであまり笑わない。

「うちら購買偵察するけどニャコほしいもんある?」

「うーん、牛乳あったらよろ」

「も〜まじで猫じゃん。じゃあ弁当組は先食べてて〜」


 なんて学生らしい会話の後、お弁当箱を持った黒谷ニコが立ち上がると俺は視線を逸らした。椅子から太ももが持ち上がると、白い下着がチラッと見えた様な気がしたからだ。

 俺の横を通り過ぎていく黒谷ニコからふわっと石鹸のような香りがしてさらに俺の頭の中ではいやらしい想像が掻き立てられる。朝、クラスの男子たちが彼女の噂をしているのを俺は心の中で馬鹿にしていたのに、どうしたって彼女が気になってしまう。その恥ずかしさで俺は今すぐにでも家に帰りたい気分だった。




 入学して数日、まだ昼食を1人で食べている生徒も多い。もちろん、俺も机で1人コンビニのおにぎりを齧っていた。中学の時は強制的に班組みをさせられて向かい合って昼食を取っていたので非常に苦痛だったが……高校は幾分かマシらしい。

 ツナマヨのおにぎりを食べながらスマホをぼーっと眺める。こういう時間もアルバイトに当てれば金も稼げて暇も潰せて一石二鳥なのにな。



「なぁ、この後の全体集会、出席番号順かな?」

「じゃね?」

「え〜そしたら黒谷さん拝めないじゃん」

「ってか、俺ら如きがガクイチ様とおなじクラスなだけありがたいはずだぜ? わがまま言うなって」

「今日も可愛いよなぁ、まじで猫ちゃん」

「サバサバしてるけど、彼氏の前ではデレデレなのかぁ」

「え? 彼氏いんの?」

「いるだろ、あんなに可愛いんだぞ」



 コソコソと話す後ろの男子たちの声、黒谷ニコのようなかわいい女の子であれば彼氏くらいいるだろう。中学でもあぁいうタイプの女子は年上の男子と付き合っていることが多かった記憶がある。逆に、俺たちが高学年になると年下の女子と付き合っていることを自慢しているクラスメイトも多かった。


「ま、俺らは拝めるだけ感謝だよなあ」


 平和な感じの彼らの話にくだらないなと思いつつ、俺はやっぱり自分がどうしても黒谷ニコが気になってしまっていることに恥ずかしくなった。

(あんな不真面目で頭の弱い子の象徴であるギャルに……俺が?)

(馬鹿野郎、あれは彼女が肌を露出しているからで……)

 と頭の中で2人の自分が討論を始めたが、俺はハッと大事なことを突然思い出した。


——全体集会


 昼休みのあとに体育館で部活動の説明をする全体集会があると朝のHRで言われていたことを思い出し、急に内臓が冷え込んだ様に嫌な感覚に陥った。座って聞いているだけの授業とは違って、まだ寒い体育館に集められて帰宅部には全く関係のない話を聞かされるのは流石に苦痛だ。


(さすがにサボろう)


 俺はさっきまでの「社会人理論」を即効で覆して全体集会をサボる方法を必死で考えるのであった。





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