私、肉食系エルフです! ~有り余る才能の全てを肉に捧げたエルフの食い倒れ道中記~

加藤伊織

第1話 久々のお肉

「んまぁ~!!!!」


 パリッと焼けた皮の下から、たっぷりの肉汁が染み出して口の中に溢れる。

 柔らかいお肉は噛むとほろっと崩れて、塩でしか味付けしてないのに芳醇な味わいを私の口の中に残して消える。


 え、ウサギ肉こんなに美味しいの?

 知らなかったよ!! だってずっと草ばっかり食べて生きてきたんだもん!


「お、おい、嬢ちゃん……そんな勢いで食べて大丈夫か?」


 いかつい顔のおじさんが顔を引きつらせて心配してくれるけど、大丈夫です!

 あまりにも久しぶりすぎる肉の味わいに、がっつかずにいられなかっただけです!


「このお肉、すっごい美味しい! 塩だけで焼いてましたよね? え? プラチナウサギってこんなに美味しいウサギだったの!? なんかこう、イメージ的にはろくに運動もしないで草ばっかり食ってるから美味しくなさそうな気がしてた!」

「プラチナウサギの肉は高級品だぜ? 奴ら、あんまり動かないから肉質が柔らかいんだ。毛皮を取るために捕まえられた奴は、肉の部分は食用になる。まあ、生きたままならお貴族様のペットだけどな。

 しっかし、肉を食ってるエルフも、こんなに喋るエルフも、初めて見るぜ……」

「エルフって気高い種族なんだと思ってたわ」


 おじさんに続いて、ローブに身を包んだ女の人が呆れたように呟く。


「確かにエルフは肉食べないですね! 私も(今世では)生まれて初めてですよ! でも、多分他のエルフと違って私は肉食えるエルフ! 肉美味しい! ビバ肉!!」

「木から落ちたとき、変なところを打ったのかしら?」


 肉にがっつく私に引きながらも、女の人が別のお肉を差し出してくれた。

 ああっ! これはどう見てもトリモモじゃないですか! クリスマスの定番、片手で持ってかぶりつくのが最高のトリモモ!!


 ありがとう、と叫んでさっそくトリモモにかぶりつく。おおお、この、焼けた皮の独特の感触よ! 弾力のある皮の下に、甘みすら感じる締まった肉の歯ごたえ。うんめぇー! 


「ジューシー! でもこの感じはニワトリじゃない! なんかもっと運動量の多いトリの歯ごたえがする! たとえて言うなら比内地鶏っ! 脂も黄色いし、なんかそれっぽ!? うわー、醤油が欲しい! 醤油とみりんが欲しい!」

「何言ってるんだかさっぱりわからん。よだれ、よだれを拭け……変なエルフを助けちまったなあ」


 私に布きれを投げてよこしながら、おじさんが天を仰ぐ。



 エルフ――人よりも遥かに長い時間を自然と共に生きる森の民。姿形は麗しく、狩りに優れ、強い魔法の力を持ち、争いを好まぬ優しい気質を持つ。


 そう思っていた頃が、私にもありました。主に転生前。



 気がついたら200年以上、草ばかり食って生きてたんだわ。草だけじゃなくて果物もあるけど。栄養は植物性オンリーね。

 エルフって狩りもするけど、それはあくまで自然との共存の範囲で、増えすぎた獣が森を荒らしたりしたときに調節する程度。食べるための狩りじゃないの。


 ヴィーガンですよ、早い話が。

 私が前世で一度たりとも持ったことのない概念ですね。


 なんでいきなり200年以上生きて前世を思い出したかというと、まあ簡単に言うと頭を打っちゃったんだよね。

 私たちの暮らすメイデアの森の西側で、不審な動きをしている人間がいたの。


 様子を見てたら、奴らはプラチナウサギを乱獲していた。

 プラチナラウサギって言うのは、毛が長くておとなしい、かなり珍しいウサギのこと。だいたいのウサギは凶暴だからさ、もう毛の長さとか関係なくその時点で珍しい。

 このプラチナウサギ、その毛皮の美しさと飼いやすい性格で、人間の貴族とかに人気があるらしい。


 で、問題はこのウサギがウサギらしくなく繁殖力が弱くて、絶対数が少ないことなんだ。

 私と姉のリリアーナ、それと私の師匠であるエイリンド様は見回りに行ってその場面に遭遇し、密猟者を追い払おうとした。


 ――そうして、一番歳下で未熟者の私だけが、何故か捕らわれてしまったんですわ。あれー?

 なんかね、人間が両端に重りを付けた縄をぶんぶん振ってるのは見たのよ。

 でも、それが木の上にいる私の足に巻き付くなんて思わないじゃない? そんな的確な狙いが付けられるのかって、まずびっくりしちゃったし。


 しかも、そこで終わりじゃなかった。木の上で足に縄が絡まるとどうなるのか? もちろん、落ちるんですよ。頭を打ったのはその時なんだけど、それだけでは記憶が蘇りはしなかった。


 記憶が蘇ったのは、そこへ別の人間が駆けつけてきて、密猟者たちを追い払った後。

 リリアーナ姉さんとエイリンド様は報告のためか集落に戻ってしまったようで、私は後から来た人間に介抱されていた。


 彼らは焚き火を囲んで、運悪く密猟者の手に掛かって死んでしまったプラチナウサギをさばいて焼き始めた。

 生きてた子たちは彼らの手によって逃がされたんだけど、密猟者が雑な捕まえ方したもんだから、もう助からないって瀕死の子がいたんだよね。


 彼らは神に祈りを捧げた後でウサギにとどめを刺し、手際よく解体し始めた。皮を剥ぎ、血を抜いて、食べるために内臓を抜き……。


 私は知らなかったんだけど、プラチナウサギは普通のウサギより脂がのってるらしいの。塩をこすりつけてから焚き火で炙られたウサギ肉から脂がしたたって、それが焚き火に落ちてジュワって音がして。


 それと同時に、200年の封印を破り前世の食欲を蘇らせる香りが私の鼻腔をくすぐった。

 おお……ちょっと煙の匂いが混じりつつも、香ばしくも芳しい肉の香りよ!


 匂いを嗅いだだけで口の中に唾があふれ出して、私はウサギ肉を見つめたまま火傷しそうなくらいまで顔を近づけてしまった。当然、心配されて引っ張り戻されたんだけど。


 普通、エルフはお肉食べないんだよね。私も、前世の記憶がなかったら多分食べなかったんじゃないかな。


 だらだらよだれ垂らしながらお肉を凝視してる私を見て、密猟者を退けた男女は戸惑いながらも焼けたウサギ肉を分けてくれ――。


「うんまーーーーーい! お肉サイコー!!」


 肉食エルフが、爆誕したのであった。

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