あのね、シェルター

思うより快晴

- Coffee -

Coffee I|くもり

「あ、あー。聞こえますか、はいはい」


 連絡機を激しめに振ると、シャカシャカと音がした。

 手抜き設計だということが流石の私でもわかる。はぁ、とため息を吐いて、ドアを開き外へ出る。

 今日の気温は十数度。今年の冬は寒くなるらしい。ムカつく自分が暖かい服を持ってきていないのだから弱った。おまけに暖房の電気も本当に繋がっているのかわからないのも不安だし。

 今は午前八時だから、しばらくすれば少しは暖かくなるだろうか。

 そうは言っても曇天だ。あまり期待はできないな。


 道路は遥か遠くまで続いていて、向こう側は灰色に覆われて見えなかった。

 それでも、またこの道路を歩くやつらがいた。新聞によると、兵隊は今日も行進していくらしい。一昔前の軍服と、ランチボックスと、銃弾を携えて。

 たとえ兵隊でも良いご身分。食糧が保障されるということは、幸せなことだろう。飢えや渇きを補えることが、どれだけやすらかなことか。

 全く、食糧が有り余っているなら私にくれてやればいいのに。

 頬をわざとらしく膨らませて、新聞をくしゃりと歪ませた。やがてぐちゃぐちゃにして、テーブルの隅に置いた。向こうから人なんか来やしないんだから、私がこのボーダーで外来者の検問をする必要もないだろう。その上、検問所を町から離してるし。

 兵隊さんは自由だ。

 兵隊さんは、自由だろうか。


「はぁ〜」


 不満を吐き終わった瞬間にチーンと音が鳴った。

 電子レンジでコーヒーをつくるのは、何だか嫌になる。コーヒーマシンでないことへの違和感が原因でもあるだろうし、そもそも貧しい気分になる。

 蓋を開けて、マグカップが冷めるまで待たないといけない。取手で手を火傷するわけにもいかないし。でも、それだとただ不味い液体になってしまう。

 ああ、手袋とか持ってくればよかったな。

 悔やんでも仕方ない。どうせ私の仕事は、ただ『ここに居ればいい』だけだ。大したことではない。だから、きっと冷めきったコーヒーが私には似合っているのだろう。

 本でも読もう。昼になったらご飯を食べて、夜になったら寝ればいい。

 ただそれだけだ。ただ、待ち続ければいい。

 風が強い日だ。ドアがガタガタと震えている。本当に、変な位置に検問所が置いてある上に建て付けも悪いとか。文句を言わざるを得ない。

 ドアが取れたら流石に寒さを凌げない。本を側に置いて、ひとまずドアを固定しようと外へ出た。直し方は知らないから、連絡機で本部に修理してくれるよう頼むしかない。ボタンを押して、通信を開始する。


「もしもし、ドアが風によって崩壊しそうです。修理をお願いします」

「……あ……て、なお……だが………って、固定を……頼……お……だ」

「はいはい」


 通信を切断した。

 連絡機を地面に叩きつけそうなのをぐっと堪えて、諦めてテーブルの上に置いた。

 目的は連絡だけ。相手が言ったことがわからなくても大丈夫だろうと、心の中で適当な言い訳をした。それはまだいい。でも、あいつら、私に固定しろと言っていたのはわかった。私にそういうスキルがないくせに、無茶振りしやがって。

 どうにかドアの付け根を固定できないかと、工具を取り出してそれらしい動きをする。当たり前だが、進展はなかった。

 風が止むまで我慢するしかないかと首を傾げる。

 集中していなかったおかげか、音が聞こえた。

 誰かが、倒れる音が。


 検問所の表側。向こう側に、少女が横たわっていた。

 砂埃か、何かが近くを舞って、そうして浮かんで消えていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る