レンタル花よめ、始めます。〜生意気フォトグラファーの後輩が、私の家主になりました⁈〜

魚澄 住

第1章 鬱金香「失われた愛」

第1話 #初恋 #可愛い私


 最北の離島で生まれた私の初恋は、都会のショーケースに入っていた。

 ホワイト一色で仕立てられたその衣裳は、黒い海に囲まれて育った少女わたしの瞳に、一層眩く映し出される。恍惚とした視線に揺らぐことなくしゃんと立ち、一色とは思えないレースの濃淡が心を踊らせた。


 ——えなちゃんがあれに体を潜らせるのは何年後だろうねぇ。


 唯一の肉親である祖母が、ショーケースに反射した“わたし”と目を合わす。思いを馳せていたわたしを見兼ねたのか、


 ——ばあちゃんが着ていた衣裳ドレス、たしか未だうちにあるはずだけど、着てみるかい?


 と続ける。だけど、わたしは首を振った。


 ——まだ大丈夫。わたしは絶対、自分の力で着られるような大人になるから。


 あの頃、そう放った言葉は、大人になった“私”の脳裏にもしっかり焼き付いている。


 ——それまで仕舞っておいてね。おばあちゃん。


 そう小指を差し出した瞬間、初恋は夢になった。

 夢を叶えるための努力は、決して怠らなかった。


 所々で「えなちゃんは島で一番別嬪さんね」と故郷の大人は囃し立てたけれど、決して慢心はしなかった。若かりし祖母が昔、東京の大学で『初代ミス××』の証として手に入れたガラスの靴と、毎日暮らしていたからかもしれない。

 それはそうとして、自分の器量の良さは自覚にしっかりと染みついていた。これからもっと可愛くなる私は、初代ミス××が着こなしたドレスも似合うはずだ、と確信するくらいに。


 でも、大人になればなるほど、夢を小さい頃の夢のまま叶えるというのは難しいもの。文字通り甘い夢に終わり、それなりの落としどころに腰を据えることも時には必要なのだと思う。

 世間ではそれを「妥協って言うんだよ」と前に同僚が言っていたけれど、そんな簡単な言葉で済ませないでほしい。


 だって、私は幸せだもの。


 祖母のお下がりドレスに手を伸ばす機会こそ失ったけれど、いま、とても幸せだもの。

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