第6話 形代

「この時代、『ネット』や『テレビ』なるものであらゆる出来事が多くの者に、それもあっという間に広まってしまうようじゃのう……これだけ見て妾達が『移魂の秘術』を使ったとは、邪鬼王達も気づかぬかもしれぬが……『ヒミコ』という名前が表に出ているのがまずいのう」


 日向子の口調は、相変わらずもう一人の彼女、ヒミコのものだ。


「おっしゃるとおりです、ヒミコ様。それに、『ネット』と呼ばれるものの影響力は非常に強いようです。今世での我々の名前や、容姿はある程度隠されていますが……少し調べれば、たどり着くのは容易でしょう」


 陽菜さんの口調も、もう一人の人格、ハルカのそれになっている。


「私も心配ですぅ……今の私たちは、霊力そのものはほとんどありません。急いで『神器』を取りに行かないとぉ……」


 空良はいつもとあまり変わらない口調だが、語っている内容は、やはり別人格、「ハルカ」のそれだ。


「……しかし、神器は迂闊に見つからぬよう、『剣の山』の奥深くに結界を張った上で封印してきた。早々に『形代かたしろ』を用意したとしても、『剣の山』山頂付近まで歩いて行くのに七日以上かかるであろう」


「いえ、それが、この娘……『陽菜』は『剣の山』頂上まで、『車』なるものを用いて日帰りで行ってきたきた経験があるようです。私たちが乗った『救急車』も『車』の一種です」


 陽菜さん……今は「ハルカ」の言葉に、ヒミコも目を見開き、そして豪快に笑った。


「なんとも便利な世になったものよのう……では、急ぎ支度をして……もう夕刻になっておるようじゃから、明日には形代となるものを見繕い、明後日には出立するとしようか」


「いいえ、ヒミコ様。『剣の山』に登るにも、それほど大層な準備は要りませぬ。明日、形代となる『身につける飾り物』を手に入れられれば、その日のうちに『剣の山』にたどりつけるかと」


「なんと、それほど早くに動けるか……」


 ヒミコはしばらく思案顔になると、俺の方に向かって声を掛けた。


「カケル……いや、こちらの世ではタケルじゃったか。そちも一緒に来るのじゃ。前世ではその方、なかなかの宝剣使いであった。そちも『神器』を手に入れ、邪鬼王との戦いに備えるのじゃ」


 真剣な表情でそう声を掛けるヒミコだったが、全く言っている意味が分からない。

 俺が困惑していると、


「……まあよい。今世の魂の娘達から話しをした方が伝わりやすいであろう。この娘達も妾たちの記憶を共有しておるでのう……如何に切迫した状況であるか分かっておるであろう」


 ヒミコはそう言うと、目を閉じた……と、またガクン、と体が揺れ、大きく目を見開き、唖然としている彼女の両親を見つめた。

 そして涙目になりながら、


「……ごめんね、お父さん、お母さん……私、おかしくなっちゃったのかも……」


 とつぶやくように口にした。

 日向子に戻ったようだ。


「……日向子だけじゃないよ。私もそう……先生が言ってたの、もう一つの人格が芽生えたのかも知れないって。三人ともが、お父さんとお母さんの目の前で表に出てきたのは、たぶんわざと。今の私たちの状態を、はっきりと伝えるために……」


 陽菜さんが、日向子を庇うようにそう言った。


「……私も、もう一人の私が出てくるの、とめられないのぉ……」


 空良も半泣きだ。


「……いや、ちょっと驚いたけど、雷に打たれて三人とも怪我がなかったんだ、それだけで幸運と思うようにしよう。なあに、今はちょっとショックで混乱しているだけだ。すぐに良くなるさ」


 三姉妹の父親が、動揺を隠して、笑顔で語りかける。


「そう、三人が無事なら、私もそれで満足よ。武流君も、日向子や他の二人のこと、嫌いになったりしないよね?」


「それはもちろん!」


 彼女たちの母親に、そんな風に問われれば、そう返事をするしかない。

 三姉妹とも、少しだけ笑顔になった。


「……それで、『剣の山』っていうのは剣山ってなんとなく思ったけど、身につける形代、とか言ってたの……それって何のことだ?」


 日向子に尋ねたが、首をかしげた。


「金属製で、腕や指に付けるアクセサリーならなんでも良いみたい……例えば、指輪とか。それに神器の『霊力』を移すのよ」


 陽菜さんの「アクセサリー」という言葉に、日向子も、空良も顔がぱっと明るくなる。


「先生は、今日は念のため入院して、明日の朝なら帰っても良いって言ってくれてたし、すぐにジュエリーショップに行きましょう! みんなアルバイトで買ったお金、あるでしょう?」


 日向子も空良も頷く。

 ここでいうアルバイトというのは、俺の父親が宮司を務める巫女のことだ。


「武流も行くよね?」


 日向子がなぜか俺を誘う。


「俺? 別にアクセサリーなんか……」


「私のおすすめの店、武流君が欲しがっていた『Z-ショック』の限定モデル、売ってるわよ」


「えっ……本当に?」


 密かに憧れていた腕時計の名前を出されて、俺もちょっとテンションが上がった。

 そんな三姉妹と俺の様子に、彼女たちの両親がほっとした様子になっているのに気付き……ひょっとしたら、陽菜さんの気遣いだったのかもしれないな、と感じた。

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