第4話 転魂の秘術

 多少怯えた様子ではあるものの、外傷もなく、意識もはっきりしている様子の三姉妹に、彼女たちの両親も、そして家族ぐるみの付き合いがある俺の両親もひとまずは安堵した様子だった。


 俺の両親は帰ったが、日向子が怯えている、俺を頼っていると言うことで、俺だけが彼女の両親と共に残ることになった。

 そしてその「正常に戻った」意識の方が、今度は医師達を混乱させた。

(この病院は、この辺りでは最大の県立病院で、複数の診療科が存在する)


 三人とも、診察したときとは明らかに別人格となっていたからだ。

 念のため、一人ずつ別々に聞き取りを行うことになり、そのときは姉妹の両親だけが立ち会ったのだが、最後の日向子の時は、日向子自身の要望もあって、俺も立ち会った。


 その会話の内容は、にわかに信じられないものだった。


 自分には「ヒミコ」と呼ばれるもう一人の自分が取り憑いている。

 いや、取り憑いているというよりは、魂を共有してしまっている。

「ヒミコ」が、あの伝説の邪馬台国の卑弥呼かどうかは分からないし、卑弥呼イベントが関連していたのかどうかも分からない。


 ただ、「ヒミコ」は、遙か大昔、一般の人々が竪穴式住居に住んでいた頃に存在していた。

 その時代、あやかし、と呼ばれる存在が、人々の生活を脅かしていた。


 それらは物や動物、時には人間に取り憑き、あるいは元から実態を持って人間に襲いかかってくる。

 現代で言うところのゾンビや鬼、幽霊、いろんな妖が存在していたが、それらはいわゆる「巫女」や「呪術者」、「宝剣使い」が退治していた。


 その中でも「ヒミコ」は特に強力な霊力を持ち、「神器」使って太陽の力を操り、その辺りの妖など一瞬で屠っていた。


 事実上、女王として崇められ、崇拝されていたが、それに満足することなく、全ての妖の根源たる「邪鬼王」討伐に向かい、激闘の末、知略も用いてその肉体を滅ぼすことに成功した。


 しかし、魂だけとなっても存在し続けた邪鬼王は、自分自身を転生の秘術を使い、千八百年も先の世代へと逃れたのだという。


 それによって、当時の世に平和が訪れた。

 邪鬼王のことについては、それほど未来のことならば、後々の子孫に後始末を任せれば良いという意見が多かったが、その未来で肉体を復活させ、妖を増やし、またこの時代に帰ってこないとも限らない。


「転魂」の秘術を用いれば、魂が消滅してしまう危うさはあるが、自分たちも邪鬼王を追ってその時代に行ける――帰ってくる術はさらに困難で、無いに等しいらしいが。


 こうして、意を決して「転魂」の秘術――魂の全てではなく、その一部、意識と記憶を未来の自分の生まれ変わりに転植させる究極の御技――を使い、日向子に宿ったのだという。


 彼女はこれらのことを、はっきりと、まるで実際に見たかのように語った。

 今の人格は日向子であって、「ヒミコ」ではない。

 しかし、それが夢などではなく、もっとはっきりとした記憶……ただし、現実かどうか判然としない、いわば「映画やテレビドラマを、その主人公に成りきって見た」ようなイメージなのだと語った。


 かなりの時間をかけてそれを語った日向子は、その疲れもあって、病室に戻り、姉妹と共に眠ってしまった。


 彼女の両親によれば、姉の陽菜さん、妹の空良も、同じようなことを語ったという。


 その後、五十歳ぐらいの、精神科の男性医師に呼ばれた俺と彼女の両親は、衝撃の宣告をされた。


「非常に希有な事例ですが、あの三姉妹は虚言や妄想を語っているのではなく、実際に別人格が形成された、解離性同一症……いわゆる、多重人格となった可能性があります」

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