はじまり

第2話

「……海老原えびはら 恵那えなです。よろしく」


 長く厳しい残暑も終わり、朝晩が少しずつ肌寒くなり始めた十月の初めの事。


 とある田舎町にある高校に、都会から一人の少女が転校して来た。


 茶色混じりのウェーブががった長い髪に、長く綺麗にカールした睫毛とパッチリ二重。


 目鼻立ちが整った小さい顔に、肌は白く、華奢でスタイルの良いモデル体型。


 身長も低めで、どこか儚げ。


 男子からすれば守ってあげたくなるような、美人より可愛いが似合う。


 実は恵那は【CANDY POP】というアイドルグループの一人でセンターを務め、『えなりん』の愛称で親しまれる人気アイドルだ。


 メディアで観る彼女は笑顔が可愛く、明るく元気……という印象なのだが、担任の隣に立っている彼女には覇気が無く、笑顔すら窺えない。


 これにはクラスメイトたちも皆困惑気味だ。


「ねぇねぇ何かさ、思ってたのと違くない?」

「うん、ホントに!」

「あれが本性? それとも、私たちみたいな田舎の人間とは仲良くなれない、的な?」

「ねー。何か、感じ悪いよね」


 朝のHRが終わり担任が教室から出て行くや否や、周りの生徒たちはヒソヒソと恵那について話を始めた。


 窓際の一番後ろの席を割り当てられた恵那はそんな周りの様子を気にする事も無く、机に肘をついて、ぼうっと窓の外を眺めている。


 けれど、そんなすました態度が更に周りの反感を買ってしまっているようだ。


 そんな中、


「ねぇねぇ、えなりん」

「今日の放課後、俺らが町を色々案内してあげるよ」

「つーか、困った事があったら何でも言ってよ」


 好奇心からか、クラスの男子生徒数人が恵那の席を取り囲むと、口々に声を掛けていく。


 親切心を装いつつもその裏の下心が見え見えの男子たちに嫌気が差した恵那は、


「……そういうの、必要無いから。それと、名前で呼ぶのは構わないけど、『えなりん』っていうのは止めてくれる? 私今はアイドルでも何でもないし、その呼び方は嫌いだから」


 冷ややか瞳で男子生徒たちを見つめながら、素っ気なく言い放った。


 これには近寄っていた男子たちも面白く無かったようで、


「そうかよ」

「何かガッカリだな。テレビで観るのと全然違うし」

「アイドルの時はぶりっ子かよ」

「つまんねぇの」


 文句を垂れながら恵那の元から去って行き、それを見ていた他のクラスメイトたちは、


「えー、やっぱり性格悪い」

「ネットに書き込んじゃおうかな」

「いや、今は休養中だし、そもそもグループも解散間近でかなり落ち目だし、必要無くない?」

「それもそうだな」


 聞こえるように悪意のある言葉を並べたてて噂をしていた。


(何よ、何も知らないくせに……)


 そんな周りの噂話にうんざりしていた恵那は心の中でそう呟くも、何かを口にする事は無い。


 文句の一つも言ってやりたい気持ちはあるものの、こういった噂話は今に始まった事では無く、転校前に居た学校でも、アイドル活動をしていても、グループ内でも、常に付きまとっていて相手にしても仕方無いと分かっているから。


(えなりん、なんて呼んで勝手にチヤホヤしてたのは、アンタらみたいなヤツらのせいじゃん……)


 アイドルとしての【海老原 恵那】は、愛嬌があって、笑顔が可愛い天使のような女の子。


 けれど、それは全てファンたちの理想が作り上げた、偽物の恵那。


 実際の【海老原 恵那】は、毒舌で冷めていて、理由も無く笑顔を振りまいたりはしない。


(ホント、馬鹿みたい)


 結局どこへ行っても『芸能人』、『アイドル』としての自分が付き纏ってくると再確認した恵那は、周りのくだらない声をシャットダウンする事にして窓の外に視線を移していた。


 授業開始の少し前、ガラッと教室後ろのドアが勢い良く開かれる。


 現れたのは流行りのマッシュスタイルに緩いカールを全体に入れてワックスで仕上げられたシャープマッシュと呼ばれる髪型で一際人目の引く金色の髪をしていて、服装も上が白いパーカーに制服のズボンをダボッとさせて穿いている、見るからに柄が悪そうなその出で立ちの男子生徒だった。


 クラスメイトたちは一瞬話を止めてそちらへ視線を向けるも、男子生徒に睨まれた事ですぐに逸らして話を再開させる。


 そんな様子を鬱陶しそうに見つめつつ、金髪の彼は自分の席でもある恵那の隣までやって来ると、窓の外を眺めたままの見た事の無い彼女の存在が気になったのか、


「…………」


 声は掛けないものの、何度かチラチラと彼女の方へ視線を向けていた。


 授業開始のチャイムが鳴り響き、周りの声を遮断していた恵那がふと隣に視線を向けると、


「あ……」

「…………」


 ちょうど恵那に視線を向けた金髪の彼と目が合い、若干気まずい空気が流れていく。

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