この国、正妃さんの甚大なる献身と慈愛の精神で保ってるようなもんじゃね?


 それから、シエロたんこと蒼と別れて破滅フラグをへし折る作戦を考えることにした。


 『愛シエ』のゲームが本格的に開始されるのは、あと十二年後。


 それまでに、できることはなんでもやっておきたい。


 まずは、情報収集と行きますか!


 信頼できる使用人に、攻略対象達の現状の調査を頼む。


 最初は無難に、国王である父レーゲンと、正妃の息子で第一王子。腹違いの兄ライカの調査から。


 正妃は、政略で国王への愛情は無い。正妃的には、シエロたんのお母さんのことは寵姫として政治に関わらせないなら、特にどうでもよかったっぽい。でも、国王が要らん横車を押してシエロたんを第二王子として扱うことについては不快に思っている模様。この辺りが変な風に拗れると、正妃がシエロたんを排除の方向へ進むこともあり得るかもしれない。正妃には留意。


 ライカについては、優秀な王子としての評判が高い。正妃が躍起になって教育しているからだろう。厳し過ぎる教育や、王の……父親からの愛情を受けられないことに対する歪みなどが複雑に織り重なって、性格が鬼畜になるんだったかな?


 と、ライカ周辺の事情を調べて気付きましたよ。


 クソ親父、まともに仕事してやがらねぇっ!!


 そしてその分、正妃の仕事が激務になっていたっ!? 数年前から寵姫であるシエロたんのお母さんに構けて、その寵姫が儚くなった途端腑抜けになり下がってやがったっ!


 まあ? 一応? 重要書類の判押しくらいはやってるみたいだけど? それ以前の書類の精査やらなにやらを正妃さんに丸投げとかどんだけクズかっ!?


 そりゃあ、正妃さんも見限るわ。んで、息子に期待して、厳しくするのもわからんでもない。女性の身で、国王代理兼王妃業も確りとこなすという過酷な激務に励みながら、母親としても完璧にしろだなんて、口が裂けても言えないわ。


 ざっと調べただけなんだけど……もしかしたら正妃さんが仕事の手ぇ抜くと、あっという間に国が傾いちゃったりするかもしれない。


 この国、正妃さんの甚大なる献身と慈愛の精神で保ってるようなもんじゃね? 恐ろしやっ!!


 これは、是非とも正妃さんを労って差し上げなくては・・・


 なんか、BL【愛シエ】ひゃっほー! とか思ってて本っ当にすみませんでしたっ!! と、ちょっぴり土下座をしたくなっちゃったわ。


 まぁ、あれだ。感謝と労いの意を籠めて、正妃さんの宮へと忍び込んで(多分、監視はされているけど見逃されている)お部屋の前にお花を捧げて帰るということを繰り返しました。


 なんというか、栄養剤とか滋養強壮に効きそうな食べ物の差し入れとかも考えないでもなかったんだけど、側妃の子供からの差し入れなんて絶対口にしないでしょ? なんて考えると、飲食物は却下。で、無難なのがお花だったワケですよ。手紙は、交流も無いのにいきなり送っても読んでくれる可能性は低いし。なんだったら、怪しまれるだろうから。


 無毒なお花……というか、疲労回復とかリラックス効果のハーブ系のお花をね、正妃さん御用達のお花屋さんや庭師に手配してもらって、『怪しくないお花ですよ~』と、正妃さんのお部屋のドアの前にぽつんと置いて帰るという労いミッション? だ。


 籠に入れたりとか、ブーケにした方が……とも思ったけど、やっぱりそれだとなにか仕込んでるんじゃないか? と疑われそうだな、と。『敵意も害意もありませんよ~?』という意図を籠めて、一人でこそこそ忍び込んでやってます。


 なもんで、今日も数輪をリボンで結んだだけのちょいしょぼ……じゃなくて、とってもシンプルな花束を置くのです。カモミールやラベンダー、フェンネル、マロウ、カレンデュラ、タイム、クラリセージ、ゼラニウム、ナスタチウム、マリーゴールド、オールドローズと日によって花を変えながら。ちなみに、効能優先で花言葉は全く考慮してません。


 お花屋さんと庭師グッジョブ! と、そうやって正妃宮へ不法侵入を繰り返していたある日のこと。


「引っ捕らえよ!」


 という凛としたハスキーな声と共に、


「わきゃっ!?」


 あっという間に侍女数名に囲まれて捕獲されました。


「ほう、お前か。わたしの部屋の前に花を置いていたのは」


 なんとも麗しい……某歌劇団で男役のトップスターのような美しさと凛々しさに加え、華やかさを持つ、堂々とした迫力のある軍服姿の艶やかな女性があたしを見下ろしていました。


「花を置いているのは……最初は我が息子かとも思ったが、見張りが言うには女児だと言う。数度で飽きるかと思い、好きにさせていたが……それも毎日続く。して、側妃の娘が、わたしに何用だ? ネレイシア王女よ」


 侍女に抱えられて逃げられない状態で、扇子での顎クイ。おおう、近くで見てもめっちゃ美形っすわ。お似合いです! つか、ちょっとクソ親父に顔似てますね? ……って、確か正妃さんはクソ親父とは血縁だったっけ? 親族だからとハズレ野郎を押し付けられた口かもしれない。お疲れ様です!


「ぁ、せ、正妃様に、お花を……」

「なぜだ。答えよ」


 誤魔化しは許さない、というような鋭い眼差しがあたしを見据える。


「感謝を……」

「感謝だと……? お前の母を優遇しろ、と言うか? それとも、兄を第二王子にしろとの要求か?」

「あ、それは違います。母は絶対に権力を持たせちゃいけない系の人なので。むしろ、わたくし達の安全に支障が出ない程度に、母の権力を削いでほしいくらいです。ネロた……」


 おう、危ねぇ! 危うく、いつもの癖でネロたんと言いそうになったぜ!


「兄の方も、別に権力は求めてはいません。次期王太子には、正妃様のご子息であらせられるライカ様の方が相応しいと思います」

「ほう……」


 ニヤリ、とアストレイヤ様の唇が笑みの形に吊り上がる。おおう、さすが美形。悪役っぽい笑みもお似合いですな!


「あの女から生まれたにしては、まともな子供のようだな。さすが、神童という噂は伊達ではないということか」


 ぁ~……第三王子、もしくは第一王女が神童って評判になるのはちょっとマズったかも? でも、仕方ないじゃない。あのクソ女がヒス起こして、使用人達にドン引きするくらい当たり散らすんだもん。平気で他人に大怪我させるしさ?


 あたしがまだ生まれる前。あの女が実家で暮らしていた頃には――――熱湯をぶっ掛けられた後に放置されて、顔に酷い火傷の痕が残って、自殺しちゃった若い女の人だっているのだと聞いた。だから、そういうことが二度と無いよう使用人達を庇って、怪我した人への治療と補償、慰謝料などをあの女抜きであれこれ進めていたら、いつの間にか神童だなんて噂が立っちゃってただけだし。


 不可抗力なんです! とは言え、正妃さんとしてはきっと面白くないわよねー。


「それは、使用人達が大袈裟に言っているだけです。その……お恥ずかしいのですが。母の、癇癪が激しくて……」

「ほう、その年にして目下の者を庇うか」


 あっれぇ? あたしってば墓穴掘ってる?


「気に入った。正妃ではなく、アストレイヤと呼べ。それから、午後三時から三十分。休憩をする。顔を出せば茶菓子くらいはだしてやろう。降ろしてやれ」

「え?」


 ぽかんとしていると、抱えられていた状態から丁寧に床へと降ろされた。


「直接受け取ってやるから、廊下に置くのはやめろ。ではな」


 ひょいとあたしの手から若干くたびれた花を取り上げ、ひらりと振って踵を返す様がとってもイケメンですっ!!


 こうしてあたしは、アストレイヤ様の茶飲み友達になっちゃったっ☆


 なんつーか、あれだわ。クソ親父ことレーゲンは多分、守ってあげたい系の女性がタイプなんだと思う。シエロたんのお母さんが儚い系の極上美少女って感じの容姿してるし。お母さん似のシエロたんも然り。


 執務や政務をバリバリこなせて、女性ながらにそこらの男よりも男前で、男装の軍服が似合うイケメン過ぎるアストレイヤ様とは、そりゃあ合わないワケだわ。


 納得。


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