第39話 剣を宿す
もうほとんどを『退魔の剣』によって支配され、一瞬現れた自我にやっとの思いで
「私ごと、剣を破壊してほしい」と懇願するリィナを見て、ロビンはリィナと出会った日のことを思い出した
深い森の中で突然現れた異形に膝を震わせて冷たい刃に怯えていたあの日
彼女の首元に短剣を突きつけ、今まさに命を奪ってやろうと鮮血で染めかけた
強く命乞いする彼女を見て興を無くし、あのまま短剣をひいていたら、彼女との今日はないだろう
あの日と同じことを今、
笑顔も優しさも、リィナを知って心を許した俺に出来ると思うか
答えは余りにも明白でなまめかしい白い首がちらと視界に入るたび胸が締め付けられて溜まらない
「ロビン様。お気持ちは分かりまずが、あぁなってしまった以上もう元のリィナ様には戻りません。ご英断を、お早く。」
ラドルフは焦る気持ちを必死に抑え込むように、けれど落ち着いた口調でロビンに伝えた
彼の目にもまた哀しみの色が浮かぶ
「でも・・・・」
また失ってしまうのか、大切な家族を。俺の傍にいてくれる人を、今度は自分の手で壊してしまうのか
胸が痛む。刺されてはいないのにどこも傷つけられてはいないのにひどい炎症が起こって熱く燃えてそして泣いている
他に選択は無いのだろうか。リィナを失う意外に方法は、本当に無いのだろうか
大切な人を目の前で失う哀しみをまた味わうくらいなら自由なんていらない。リィナと引き換えに手に入れた自由なんて、一生外すことの出来ない首輪付の自由だ
「くそっ。」
ロビンは唇を強く噛みしめて腰の短剣を一気に引き抜くと、リィナのすぐ前で腰を落として構えた
この金色の短剣を再びリィナの首に当てることになるとは、考えたくも無かった
リィナはロビンの姿を見て、ふっと安心した笑みを浮かべると先ほどの雄々しさはすうっと消え失せて優しいほほえみと安堵の表情を浮かべた
「ロビンお兄様、たくさん外を見てくださいね。」
リィナがにこりと笑うのだ。短剣を勇ましく構えた俺を見て今にも刺そうとしている俺を見て朗らかに笑って、そして一粒雫が零れ落ちた
夕暮れの薄い闇に煌めいた水晶はきらりと輝きを伴って頬をゆっくりと伝う
「リィナ!」
ロビンは握りしめた短剣を捨ててリィナへ走り寄った
殺すとか殺されるとかどうでも良くなって、けれどリィナのほっとした笑顔を見たとき俺には出来ないと心が叫んだ
ロビンは剣を構えた姿勢のリィナへまっすぐ突っ込み、宙へ構えられた黄金の大剣に自らの腹を貫かれる覚悟で距離を詰める
いち早くロビンの考えを読んだラドルフの制止をかわし、リィナの真正面に突っ込まんとするのをリィナははっと息を飲んで顔がくしゃりと歪む
ロビンがリィナとの距離を詰める寄りも先に、リィナの腕が機敏に動いた
「うっ・・・・・。」
さっきまでロビンのほうを向いていた黄金の大剣がリィナの腹に深々と差し込まれ刃の半身ほどが身体の中へと埋まり込んだ
「そんなに、そんなに血が欲しいなら、私のを全部くれてやるから。私だって魔王の妹よ。」
上下に大きく息をし、全身からじわりと脂汗をにじませる
しっかりとリィナの腹に差し込まれた大剣から血吹雪が吐き出されることはなく、鞘をしっかりとにぎったリィナの両手の際からそして、腹にしっかりと差し込まれた刃の身からじんわりと氷が解けるように剣が溶け金色の雫がリィナの腹部の鮮血と混ざり合っていく
流れ出した黄金の雫は刃の身を伝ってリィナの腹の中へと流れゆっくりと吸収されていった
「な、なんだ・・・・。」
空気を割るほど鋭く重かった大剣がゆるりと解けてリィナの身体の中へと収まって行くのをロビンは息を飲んで見つめていた
剣はやがて身体を失くし、いよいよ最後の一片がリィナの中へというとき、白い光がぱっと放たれてそれは徐々に弱くなっていく
彼女の足元に細い鞘に翼を彫刻した青白い細剣が転がり落ちた
これまで見たことのない短剣だが、先ほどの黄金の大剣が変化した姿なのだろうか
ふぅっと気が抜けて崩れ落ちるリィナの身体をロビンが地面すれすれのところで受け止めた
「リィナ、大丈夫か。リィナ、リィナ‼」
身体はひどく火照っていて熱い。けれど顔色は身体とは裏腹に血の気を失って青ざめ、それがより一層不安を掻き立てた
ロビンの張り裂ける声が丘に響く
リィナは声に反応するように瞼をゆっくりと開けて、安心したようにほほ笑むと身体を兄に預けた
「ロビン、お兄様が、無事で。よかった・・・。」
リィナの細く小さな手を握りしめて確かな温もりと、鼓動を確認し、そのまま抱き上げて屋敷へ向かう
「急げ。治療だ。」
ラドルフや城の皆がコクリと頷いて、急ぎ足で中へと戻っていく
ロビンも抱きかかえたリィナの呼吸を何度も確かめながら城へと戻った
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