第36話 剣の封印を解く
リィナは拳をぎゅっと握るとまばゆい大剣の前にしっかりと踏ん張って立ち、深い息を吐いて両手でしっかりと鞘を握った
お兄様を殺すことになるかもしれない
迷いと不安がちくりと胸を刺す
それでも
「なぁ、リィナ。街は変わってるか。今も小汚い商店が並んでにぎわってるのか。」
と零すお兄様に見せてあげたくて
ずっと隠している本音がふいに転げ落ちたのを彼は慌てて拾い直してまた奥深くへとしまい込んでしまうのが辛くて
外に出られないことくらいなんてことないと言ったロビンの目に窓から見える街並みが映ったときの寂しい藍色をもう見なくても良いように
目を閉じて太い鞘を握りしめ、硬い金属の感触を感じながらゆっくりと上に引き上げる
けれど地面に突き立てられた大剣は少女の細い腕ではぴくりとも動かず、リィナの腕が震えるばかりで変化がない
街にいたころは床ばかり見ていた。這いつくばって冷たい雑巾であちこち拭きまわって、お皿を洗って、洗濯をして、一日中くたくたになるまで働いてようやくありつけるの硬いパンと薄いスープだけ
すぐそばで温かいお料理に花を咲かせながら談笑している家族がいるというのに、私たちは疲れで黙りこくったままそして重たくて冷たい布団で寝るの
そんな毎日がずっとずっと続くと思っていた
お姫様に慣れるのは夢の中だけ
朝になったら目が覚めて魔法はみんな溶けてしまう
だけど、夢を叶えてくれた
来てくれたのは白馬に乗った王子様ではなくて、不器用な魔王様だったけれど
ここで過ごした日々は楽しかったな。嬉しかったな。温かかったな。
でもやっぱり夢はいつか、いつか覚めてしまうものだから
幸せな夢のまま、終わらせよう
リィナはさらに腕に力を込めて黄金の大剣を引き上げる
自分の身長ほどもある大きな剣はふんともすんとも言わず気を付けをしたままだったが、リィナの体温が剣の中へと流れピクリと微動な反応を見せた
リィナの頭の中へしゃがれた複数の声が流れ込む
大勢の人が一気に話すようにざわついてはいるけれど、しかしはっきりと割れんばかりに大きな声が頭を揺らす
『血が・・・血が欲しい。魔王の血。魔王の血が欲しい。』
ガンガンと頭の上で大鐘を鳴らしたかのように討ち響く声にリィナはよろめきながらも自分の意志をはっきりと保ち続けて鞘をしっかりと掴み剣を引き抜く
「お兄様を、お兄様を自由に・・・。」
震える腕でゆっくりと、けれど確実に少しずつ剣を地面から引き抜いていく
じわりと土の下から剣先を現わした黄金の大剣はいっそうまばゆい輝きを増し、リィナの両腕の中で金色に光り輝いた
「抜けた!」
土の抵抗が失くなった途端、頭の中に響く声はより一層強くなってリィナを襲っていく
思考も身体も全て乗っ取られるように、頭の中にもやがかかり身体がズシリと重くなる
山頂からふもとまで大きな地響きが雪崩のように押し寄せ、立っていられないほどの大きな揺れがリィナをそして森全体を撃って大地を揺らした
『血を・・・血を・・・魔王の血を‼』
叫ぶ声がわんわんと響いて目の前がくらりと揺れる
ひとりでに黄金の剣を上段に構えて、魔王の、お兄様のいる魔王城へと足が向かう
「だめ・・・お兄様は、お兄様は殺させない。私がお兄様に殺されるのよ。あなたと一緒に破壊してもらうのよ。」
剣はリィナの足を引きずるようにして山を降り一直線に魔王城へと向かっている
身体全体で剣を抱き抱え制止しようとするリィナをものともせず悠然と丘をずりっずりっと確実に下へ降りる
『血だ。魔王の血が近いぞ。たっぷりと飲ませろ。体中全部を飲み干して干上がってしまうほどに。』
だめなのに、止めたいのに、意識が混濁し、剣に身体も思考も侵食されていくのが分かる
何かが自分の中にゆっくりと入ってきて血と共に全身を巡り着実に乗っ取られていく
「魔王の血が欲しい。」
それはもう剣の声なのか、自分の声なのか分からなくなってしまった
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