人間の娘、魔王の妹になる
第5話 身体に宿す者の発作
リィナは思うように軽くならなかったリュックを背負い、元来た山のほうへ足を進めた
整備された石畳から、砂利道が続き、最後には整備されていない獣道が続く、草の中をかき分けて
けれど迷いのない足取りで目印もない雑草の中を進んだ
柔らかい夕日が降り注ぐ原っぱから、うっそうとした山の中へ入ると急に虫や小動物といった生き物の気配がぷっつりと途絶えた
結界か何かの力によって生き物が入り込めなくされているかのように植物さえも息を潜めてしぃんと静まり返っている気さえする
それもそのはず、ここからは魔王の領地だからだ
彼の強力な結界で阻まれた領地の中には彼が許した生命体しか入り込むことが許されない
本の稀に例外が発生することがあるが、ほぼ決まって配下の魔物か魔族たちが暮らしている以外、とくに人間の入り込む隙間は無い
リィナの跡をつけてきた不届き者が決まって振り出しに戻ってしまうのも、そういうわけなのだ
軽快に歩み続けるリィナの胸と喉が突然締め付けられるように苦しくなり呼吸ができなくなった
手や足の血管が浮き上がり、体中の体温が沸騰せんばかりに熱くなる
鼓動は早くなり、頭の上で鐘を鳴らされているかのようにひどい頭痛が襲ってくる
『魔王の血が・・・欲しい』
リィナが体内に宿すそれが、低く恐ろしい声で頭に響き渡るように欲を求めた
体中からたっぷり冷汗を流し、痛みと暑さで意識が飛びそうになるのをすんでのところで抑え
げほっ、と大きな咳をひとつした勢いでせき止められていた酸素を胸いっぱいに吸い込む
『まだよ。まだあんたなんかに負けないんだから。』
魔王であるロビンと約束した10年という月日を過ぎたあたりから、発作が起こる間隔は短くなり、奴の声も強くなった
もうそばにはいられない
抑えきれなくなったら、大好きな人を襲ってしまうかもしれない
もう限界だってわかっているんだ
だけど、お願い。もう少しだけでいいから
好きな人の傍にいさせて
叶わないよ。
だって、ただの妹だもの
血のつながりもない、魔族でもない、普通の人の子だった私が、魔王の妹になったのは10年以上前のこと
リィナは発作が収まった安堵と、跳ね上がった呼吸を抑えるため、近くにあった大樹に少し身体を預け、さっきまでいた街のほうをぼんやりと眺めた
西日が水平線に吸い込まれて落ちて行くところで
今日の最後の力を振り絞らんばかりに街を真赤に染め上げている
ほぼ真横から照らされた街は建物のひとつひとつを赤々と反射させてまるで街全体が燃え上っているよう
まだ幼かったあの日ー
私が街を追われるようにして逃げたあの日も街が真赤に染まっていた
今日のような夕日ではなく本物の業火に包まれて人々の叫び後やつんざく泣き声が響く中、呼吸すらも忘れて前へ前へと走ったことを思い出す
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