第25話 二股のコツとはなんぞ?

   ◇◇◇


 僕は労働という闇から解放された自由人だ。人間とは生きている限り自由を求め続ける生き物であり、時間的にも精神的にも肉体的にも、人間を縛る労働はマジで悪だと思う。


 でもだからこそ、労働後の自由時間は全てを解放された気分になるというものだ。

 彼女たちがまだ働いていると考えると心苦しい感はあるけど……。


「うむ。さて何をしてやろうか……」


 僕はなんとなく気分がよかったので人通りの多い家近くの駅前に来ていた。

 ここは家電量販店やレストラン、ゲーセン、カラオケなど様々な店があり、平日の夕方だが、主婦や学生など賑わっていた

 僕は基本引きこもりなので、1人で街に目的もなく来るのは珍しい、だが、労働の反動か今は外で遊びたくて仕方がない。


「久しぶりにゲーセンでも行ってみるか」


 足取り軽く、ゲーセンに向かおうとした時――。


『ああああああ、高円寺慎太! あんた何でここにいるのよ!』


 その時、目の前を通りかかったギャルが指をさして僕の名前を叫んだ。


(おい……他の人が見てるじゃねぇか……人様の名前をいきなり叫ぶんじゃねぇ)


 内心そんなことを思いながらも、ここまで露骨に指を指されて無視するわけにもいかないだろう……。

 えっと……こいつ確かさっきバイト中に来たクラスメイトの……。


「えっと、湯沢さんだっけ……?」


「湯島よぉー! 湯島霧江! 何でクラスメイトの名前を憶えてないのよぉー」


 だってなぁ……ぶっちゃけ興味はなかったし。


「悪い。次からは気を付ける」


「……反省してるならさぁー、もっと申し訳なさそうにしなさいよぉー」


 本音を隠せない性質なもんで。


「あっ! そんなことよりも高円寺っ! いや、師匠!」


「はっ?」


 何でまともに話したことないやつに師匠呼ばわりされてるんだ?

 だが、湯島は僕のそんな考えを無視して、真剣な表情で言葉を続けた。

 その顔にはなんだか鬼気迫るものがある気がする。


「わ、私に二股のコツを教えてください!」


「……」


 往来のど真ん中で45度完璧なお辞儀をしながら懇願するギャル……。

 当然周りの通行人を僕たちに注目している……。


『何あれ……? 修羅場かしら?』


『うわあああ! ゴミよ! きっと男がゴミなのよ!』


『ロリコンマジで死ねや……』


 おい! 最後のやつ教室で見たことのある顔だぞ!

 って……そんな場合じゃねぇ! おいおいおいおいおい! 何で修羅場を見られてる空気感になってんの!? こいつの目的はなに!? マジで怖いんだけど!


「ぐすん……教えてよぉー、ねぇ私に二股を教えてぇ……愛を教えてぇ」


「おまっ! なんで泣き始めてるの!? えっ……号泣!?」


『うわああ、女の子吐き始めちゃった……』


『きっと、彼氏の二股で無理しちゃってるのね……うぅ、可哀そう……』


『ロリコンに人の気持ちがわからない……しね』


「うそん…………」


 教室以外でも僕の社会的評価が大暴落している……えっ? なんか僕悪いことした?

 あっ、二股のお試し期間中か……。


「ねぇ、だめぇー……? ダメなの? ぐすん……」


 湯島は顔を上げて上目づかいで僕に訴えかけてくる……いや、大変可愛らしいんだけど……そうも言ってられない……。

 そうだな……ここは優しくしてやるのが男として度量だろう……だから僕は……。


「すまん!!!」


「えっ……!? 高円寺どこ行くのよぉー」


 本当にすまん! だが、わけがわからな過ぎて怖い! 恐怖以外何も感じない!


 人間とは恐怖からは素直に逃げなければ精神的に崩壊する生き物だ。

 いや、逃げてはいけない場面というのが確かに存在するのはわかってはいるが……ここは逃げていい場面だろ! 明らかに!


 正直カツアゲされるよりも怖い!!!


「もうぅぅぅぅ、待ってよおおおおおおお!!! わあああああああああん」


 僕はクラスメイトの鳴き声を背に、久しぶりの全力疾走をした……。

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