第23話 ターゲット

 忠人は強盗犯が四人だったと知って、その中茶屋俊介という男を探した。

ただ、住まいは分からない。

探偵に頼もうかとも思ったが、流石に依頼した三人とも殺害したら、自分に疑問を持つだろうし、下手すると警察に通報されているかもしれない。

殺す前に住まいを聞けばよかったと後悔したが遅い。

部屋でひとり考えていると加奈子から電話が入った。

「こんちわ」他人行儀な挨拶が口からでた。

「こんにちわって、ふふふ、他人行儀なのね。もう、私の事忘れた?」問い詰めてくる。

「えっ、いやっ、あのっ、……久振りだから……」

それだけ言うのがやっとだ。汗が出た。

「そう、遊びに行って良い?」

恐る恐る訊いてみたっていう感じのトーンだ。

「もちろん、恋人だもん」敢えてそう言った。忠人も会いたい気持に変わりはなかった。

 

十分しないで加奈子が来た。

「随分早いね」

「へへっ、そこまで来てから電話したの。これ」

テーブルにお茶とビールとおにぎりとお菓子とから揚げと……一杯はいっている。

「随分仕入れたね」笑っていうと、長居する積りだからと頬を染て俯き加減に言う。

俯いた顔にぐっと来るものがある。

無理して押さえて「いっただっきま~す」

から揚げに手を伸ばした。

「やっぱり、そう来ると思った」笑顔の加奈子には癒される。

殺人鬼の自分にこんなひと時があって良いのだろうか……。

「なに、顔曇らせてんの?」

「いや、こんなに幸せで良いのかなって……」

知らないうちに自分の頬を涙が伝っていた。

「良いのよ。もう終わったんだから。あとは罪を償うんでしょ?」

「えっ自首?」

「だって、親の仇討ちした武士は親の墓参りして、お奉行所に届け出るんでしょ?」

「昔はねってか江戸時代の話?」

「いいえ、今も同じよ。悪人にも家族はある。きっと仇討ちで殺されたひとの家族は仇討ちした人を憎むわ。だって愛するひとが殺されたんだもん、当然の気持でしょ。だから、奉行所に届け出るんでしょ? 違うの?」

「そ、そうかも知れないけど、そんな風に考えたこと無かったから……」

「忠人は殺し屋でもないし、殺人鬼でもない! 極々普通の善良なサラリーマンでしょ?」

「うん、その積り」

「なら、これは仇討ちだったんです、とお奉行所に届けないとただの殺人鬼になっちゃう。私はそんな忠人を愛せないわよ」

「加奈子、加奈子って良い女だな。見かけじゃなくってさ……。俺、自首するよ。でも少し待って、ひとつだけ後片付けが残ってるんだ。それくらい良いだろう?」

「そう、……それを話してはくれないのよね、きっと。しょうがない、許す! ふふふ」

加奈子は忠人を覗き込むようにして言った。

「決まった。食べよう」

 

 夜、加奈子を送り届けてから浅草の飲食店街へ向かった。

浅草の駒形橋近くの駐車場に車を入れて歩いた

雷門近くへ来ると写真を片手に通行人に話しかける目付きの悪い、いわゆるヤクザな格好の若者が視線の先に現れた。

髪の色を茶色にし、黒縁メガネに、口横に大きな黒子を付けているので、自分が忠人とは見えないはずだが怖々とそいつらの脇を通ると

「おい、兄ちゃんと声を掛けられた」

びくっとしたが落ち着いている振りをして「えつ、俺?」

振向くと写真を突き出され「この顔見たこと無いか?」と訊かれた。

「ないなぁ、俺、東京へ出てきたの久しぶりだから」と言った。

「ふん」鼻を鳴らしてそいつは別の男に声を掛けに行ってしまった。

写真を見た時は心臓が口から飛び出るほど驚いた。自分の顔がそこにあったのだ。

「ヤクザが忠人を? もしかすると田中芳次郎を? 探してる? 何故?」

頭の中にはてなマークが幾つも並んだ。

危険だと思ってタクシーを拾って向島へ向かった。

時計は午後八時を回っているがスカイツリーの近辺には観光客などが多数溢れている。

そこで降りて、歓楽街へ向かう。

五分も歩くと、また目付きの悪いあんちゃんが写真を持って通行人に声を掛けている。

そいつも忠人には気付かなかった。

前に行ったシカゴの前迄くると店からヤクザっぽい男が出てきた。

やばいと思って店を通り過ぎようとしたとき

「田中だな、待てっ!」

怒鳴り声が後ろで聞こえた。

ばれた。やばい。そう思った途端に身体が勝手に走り出した。

タクシーに飛び乗って「品川駅」と叫んだ。

「どうしました?」

運転手に問われ「なんかヤクザっぽい男達に声を掛けられて怖いから逃げてきたんです」

真面目を装って答えた。

振向くと数台の車が無理やり反対車線にもはみ出して追ってくる。

「やばい、運転手さん! お金弾むから後ろの車から逃げて」と叫ぶ。

「あぁ分かった。任せて」

運転手はにやりとしてギヤを落してアクセルを踏んだのだろう。物凄いエンジン音を響かせて急加速しながら、前の車を右へ左へ避けながら加速を続ける。

歩道に乗り上げてまで走り出した。

「あんまり無理しないで! 事故でも起したら申しわけないから!」怖くなって、思わず叫んでしまった。

「ははは、お客さん、わたしはこれでもプロのドライバーです。あんなヤクザな運転手に負けるわけがない。大人しく見ててください、十分あれば後ろの車の姿も形も見えなくなりますから」

「ははは……」忠人は笑うしかなかった。

――ヤクザも怖いが暴走運転も怖い。ちびりそうだ……

メーターは八十キロ近くのデジタル数値を表示してその危険性を訴えている。

十分後、本当に後ろに車がいなくなった。

「どうです。お客さん逃げ切りましたよ」

そう言われて改めて周りを見ると、道路に車が一台もいない? ビルも無い。

「えっ何処?」

「あぁここは北区の荒川の土手の道ですよ」

「えぇたった十分でこんなとこまできたの?」

「これがプロです」

そう言う運転手は額の汗をタオルハンカチで拭っている。

「じゃ、どっかタクシーの拾えるとこで降ろして下さい」

「いいの?」

「えぇ万一タクシーの会社名とか車番とか見られてたら、迷惑かける。その時はナイフ突きつけられて仕方なくって言って、場所はここまでと言って良いので。済みませんでした。巻込んじゃった」

「いやぁ、久しぶりに楽しかったよ。じゃ、そこの蕎麦屋の前で良いかい? 食べてタクシー呼んだら五分で来るんじゃないかな」

「あぁそうします。ありがとうございました」

メーターは四千何某だったが万札を置いて「お釣りはお礼です」と言って降りた。

 

 蕎麦を食べてからタクシーを呼んで駒形橋近くの駐車場までお願いした。

降りてから辺りを見回したが人影はなく、そこから自分の車で新横浜へ向かった。

アパートの近所まで行くと歩道を複数の男が何かを話しながら走っている。

おやっと思ってアパートの前で停まらず通り過ぎる。チラッと視線を自分の部屋方向に走らせると男が立っていた。

「えっ、身元がばれてる? さっきまでは田中を探していたのにどうして?」

走らせながら必死に考えた。

 

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