僕の叔父さんとアレやコレ

うえのすけ

第1話 叔父さん、酔ってやらかす。

「叔父さん、やったよ!お嫁さんが見つかったよ!!」


 ある昼下がり、妙な事を叫びながら甥っ子が駆け寄ってくる。「やったよ!お嫁さんが見つかったよ!」だ?「叔父さん」と呼ばれた男、ロイ・ウッドは不審なモノを見る目でその姿を凝視した。

(嫁、だ?なんだアイツ、結婚したかったのか?)

 ロイの甥っ子、アル・ウッドはまだ十六歳。決して結婚を急ぐ年ではない。まして「結婚したい」とか言ってたのを聞いた事がなかった。そのアルが、何を血迷ってあんな事を叫んでいるのか?畑の真ん中目がけて走ってくる甥っ子の、表情がわかる距離まで近づいてきてもさっぱり心当たりがない。ひょっとして、四十手前で独身のロイを心配して、花嫁候補を探しでもいたのだろうか?まさかねぇ、と低すぎる可能性を考えていた時だった。

「これでカモってヒモにできるね!叔父さん!!」

 とうとうアルは目前までやってきて、勢いよくロイに飛びついた。本人に身体が大きくなった自覚がなく、未だに子供の様な感情表現をする。助走の勢いもあってロイは体当たりから押し倒される格好になった。重いし、頭打ったし、鍬が時間差で足に倒れてくるし。無邪気というか、全くどうしようもねぇな……と、起きあがろうとした時だった。

「あ」

 なんかうっすらと思い出した。あれは、あれは確かーー


「カモってヒモって、貧乏暮らしとおさらばだーーー!!」


 ロイ・ウッド。三十八歳、男、独身。兄夫婦の死後、遺児のアルとバート兄弟の身元請負人になったのは良いが、ウッド家には実に見事な借金があった。あまりの金額の莫大さに意識が遠のいたが、なんとか引き留めた。弁護士に相談し家財を売り払い、別荘やらの不動産も手放した。精算が済んで、ロイ達に屋敷と畑が残ったのは幸いだった。

 が、その畑には問題があった。必ず三つの黒い穴がある、ピンク色した謎の根菜のみしか育たない。他の野菜の種を植えようが、花の種を蒔こうが、だ。ロイの記憶によれば、これはマンドラゴラというもので、ウッド家しか栽培する農家がいなかった幻の野菜だ。

 味が美味い訳でもなく、見た目も穴の所為でおどろおどろしい。正直、あげると言われても全身全霊で拒否したくなる代物だ。しかも抜く時に悲鳴じみた音がするので、ロイとしてはできる事なら埋まったままにしておきたい。が、身体に良くポツポツと売れる為、目下ウッド家の貴重な収入源として嫌々育てている。

 そして屋敷も問題があった。屋敷が手元に残ったのは、近所で有名なお化け屋敷になったからだ。なんでも「屋敷から悲鳴が聞こえる」という事だったが、多分畑の野菜が原因だろう。無人で放置されていた畑には、マンドラゴラがこれでもかと育っていた。生命力の強いマンドラゴラは、一つでも残っていれば勝手に増える。自生していてもおかしくはない。このマンドラゴラが音の発生源で間違い無いだろう。が、この説の問題は、「無人の家なのにマンドラゴラが収穫がされていた事になる件」だ。

 この家に引っ越した時、確かに人の気配はまるでなかった。ロイの生家だったこの屋敷は、ロイが出て行った数十年前から使われていなかったらしく、家財はそのままに布が掛けられ、埃が積もっていた。廊下や床も然り、そこらじゅう埃だらけで、身体の弱いバートは咳が止まらなくなっていた。

 綺麗にして住み始めて、しばらくしたある日。


「この家……なんか居ない?」

 普段は寡黙なバートが切り出した。食事の時だったが、アルとロイの動きが一瞬止まった。が、ロイとアルは「え?そう?」とぎこちない返事をして、芋のスープを一心不乱に啜っていた。そう、二人共思うところがあった。が、怪談だの怪奇現象だのが嫌いな二人は知らんフリを決め込もうと言うのだ。見えないものは無いんだよ、気配がしたって見えないから居ない!口元に運ぶスプーンの速度が上がる上がる。その様子にバートは思った。「やっぱ居るな」と。

「夜、物音がするんだよ」

「ねずみだろ」

 ロイがそっけなく答えた。

「夜に走り回るような音が聞こえるんだよ」

「ねずみじゃない?」

 アルが棒読みで答えた。

「枕元で『やだぁ、寝顔かわいいー』って聞こえたんだよ」

 ロイとアルが引き攣った笑顔をバートに向けた。

「喋るねずみだ!偶に居るんだよ、歌ったり踊ったり器用なヤツがよぉ!」

「あ、僕も前にミントンの劇場で見たよ!なんだっけ、ねずみー……ねずみー・ねずみー?」

 ミントンとは、ジノリ公国の首都で、すんごく栄えている街だ。三人が暮らす、ド田舎のポタリーとは訳がちがう。裕福だった頃、観劇に行ったのだろう。大分うろ覚えの様だが。

「そんなねずみが居る訳ねーだろ!!なんだ、ねずみー・ねずみーって!絶対お化けだ、お化けが居る!!」

 手のスプーンをテーブルに叩きつけて、バートがとうとう口にした。「お化け」と。どうにか平静を装っていた二人の何かが切れた。

「見たのか?あぁ?バート、その『おなんとか』見たのか!?」

「ねずみー・ねずみーだよ!やだなぁ、『おなんとか』なんか居るわけないじゃない!」

 二人は奈落の底の様な目をしながら、居ない方向へ話を持っていこうと必死になった。よっぽど嫌いらしい、口にするのも嫌だとは。お化けは信じなくても、歌って踊るねずみの実在を信じる方がよっぽど危ないとバートは思った。その後、「居る」「居ない」で揉めたが……数日後、ロイとアルが揃って顔面蒼白で現れた朝に、バートの主張は正しかったと確信した。


 生活苦よりも、ロイにはこのお化け問題がよっぽど堪えた。だって、口にするのも嫌なモンが家の中をうろうろしてだ。夜になると「あれじゃダメよ」だの「鍬を構えた背中がステキ」とか

囁かれる日々。極度の怖がりじゃなくてもきっとキツい。せめてもの救いは、お化けが美声の持ち主だった事ぐらいか。

 極度の怖がりのロイは流石に参って、飲めないくせに台所にあった酒に手を出しーー

「やってらんねーよ、ちくしょー!!」

 見事に酔っ払い、真っ赤な顔してくだを巻き始めたのだった。

「叔父さん、もう止めなよ」

 心配そうに嗜めるバートを無視して、ロイはなおも杯を煽る。長い前髪でバートの表情はまるで見えないが。

「んだよ、あのマンド……ピンクの根っこ??一生あんなん作って売って、細々暮らすのかよ!やだよ!薄気味悪ぃしよぉー」

 いや、そこは何か別のことを考えても良いんじゃないかな?そう思ったがクドくなりそうなので黙ることにした。

「おまけによぉ、毎晩毎晩!なんだよアレ!?居るな、やっぱり居るんだよ、おなんとか!!」

 もう素直に「お化け」って言えばいいのに。口にするとめんどくさそうなので、やはり黙ることにした。ロイの杯は止まらない。が、ロイの澱んだ目は一点を見つめてぴたりと止まった。その先には、心配そうに叔父を見つめるアルが居た。

「バートの言う通り、もう止めようよ」

 整った顔立ちの眉間に皺が寄せられる。だと言うのに……うん、美形だな?お前。

「アル、お前、綺麗だよなぁ?」

「は?」

 兄弟は揃って変な声を上げた。が、アルをじーっと見つめたまま、ロイは構わず続けた。

「美形はいいよなぁー……女だったら玉の輿、男だったら……あー?男あんまりいい事ねぇか!!」

 何が面白いのか、ケラケラと笑い始めた。と思ったら、今度は急に低いトーンで呟き出した。

「あ、でもあれか?金持ちの未亡人に見染められるとか……そうか、金持ちひっかけりゃいいんだよ。そうだよ、金持ちひっかけて金引き出せばいいのか!!」

 ゲスの極みの様な発想に目を輝かせ始めた。これが酒の所為なのか?アルとバートは酒には気をつけようと心に誓った。

「おい、アル!お前、顔いいからさぁ、金持ちのねーちゃんひっかけてだ!!カモってヒモって貧乏生活とおさらばだーーー!!」


「あーーー……」

 全てを思い出したロイは、畑のど真ん中で気の抜けた声をあげた。ニコニコとこちらを見つめる甥っ子は、どうやら叔父の妄言を真に受けたらしい。それで嫁がどうとか、上手い事ひっかけた、と。なーるほどねぇ、そういうことか!それでわざわざ畑まで成果を伝えに来たらしい。

「アル、お前……え?マジで??」

「すごく可愛い子だよ。きっと叔父さんも気にいると思う!!」

(いや、そうじゃねぇんだよ)

 全てを理解したところで、全身の血の気が引いた。何なら「サー」という音も聞こえた気がする。実行に移したの?マジで?馬鹿か、お前。喉元まで出かかったが、言い出しっぺはロイなので無理やり飲み込んだ。

 酔っ払ったロイの提案は、つまりは結婚詐欺だ。あれやこれやと詭弁を弄し、お金を引き出させる。そのカモを見つけてこい、と。実にゲスな発言・発想だったのに、純粋すぎる甥っ子は疑うこともなく実行に移してしまった。しかもカモを引っ掛けたという。

「どうしよう…………」

 空と同じ真っ青な顔色で、一人呟いてガックリと項垂れた。



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