第31話 敵対個体

 カプーヤに言われる前に、俺はそのヤバい事態とやらに気付いていた。ギャラゴと名乗る魔物使いを鑑定していたからだ。



【名前】ゴブリン

【種族】魔鬼

【レベル】鑑定不能



 今までに鑑定魔法を使った経験から、人類として扱われる生物は個体名が表示され、魔物として扱われる生物は分類名が表示されることが分かっている。そのため、俺は名前欄には個体名のギャラゴと表示されると予想していた。しかし、表示されたのはゴブリン、分類名だ。


 俺は喋る魔物を相手にしている、と言いたいところだが、種族にははっきりと魔鬼と書かれている。この異世界に来てから初めて遭遇する未知の生物だ。


「喋るゴブリン……ってか?」

「おやあ? あっしは名前を名乗ったのにゴブリン呼ばわりとは失礼な人ですねえ」


 ギャラゴはギギギ、と不快な笑い声を上げながら仮面を外した。その下に現れたのはやはりゴブリンの顔だった。


「おっしゃる通り、あっしはゴブリンですが、名前もあるし意思もある。ちゃんと名前で呼んでくだせえ。あっしのようなのを、あんたら人間は魔物としては扱わないと聞きやしたぜ」

「……魔鬼」


 ギャラゴの言葉に答えたのはカプーヤだった。ネコ科動物のような縦長の瞳孔を見開き、背中に背負っていた十字架を右手に構え、臨戦態勢に入っている。十字架の内側、その中心部は空洞になっており、そこに取っ手がついているようだ。カプーヤが握りしめた取っ手から魔力が十字架に流れていくのが見えた。魔法を行使する直前の状態になっている。


 戦闘態勢に入ったカプーヤを見て、ギャラゴが慌てたように両手を挙げた。


「よしてくだせえ、あっしは戦いは好きじゃねえ。ただこうやって人間とお喋りしたいだけでさあ」


 ギャラゴの言っていることには真実が含まれているように思えた。今回の討伐依頼では、まだビッグゴブリンの群れによる被害は出ていない。ギャラゴが引き連れている魔物は人間を襲っていないのだ。


 本当に話したいだけなのか? 戸惑う俺にカプーヤが忠告する。


「ユツドーさん、魔鬼の言葉を信じてはいけませんよ。魔鬼について聞いたことはありませんか?」


 アメリアから魔鬼について聞いたことはあった。たしか……。


「人類に敵対的な個体、だったか? そうは見えねえが……」


 むしろ問答無用で襲ってこないぶん、魔物よりも幾分かマシにすら思える。しかし、カプーヤはそう思ってはいないようだ。今にも飛びかかっていきそうな体勢を崩さない。


「魔鬼の対処方法は二つだけです。今すぐに殺すか、目的を聞き出してから殺すか」

「ギギギ、野蛮な人ですねえ。あっしは戦いたくないと言っているというのに」


 カプーヤを信じるにしても、ギャラゴの意図が掴めない。仮にギャラゴに悪意があったとして、ここで俺たちと話すだけの行為に何の意味がある? 周囲の魔力反応を探るが、魔物が近づいてくる気配は無い。俺たちを包囲するための時間稼ぎって訳では無さそうだ。


「ジン、あたしもカプーヤに賛成だわ。こいつからは敵の気配がする。何かを企んでる」


 ユララも剣を構えた。これで魔鬼と戦闘するのに二票か。二人がまだギャラゴに襲いかかってないのは、先ほどのリーダーの話を覚えているからだろう。俺の指示に従うつもりなのだ。だからリーダーになるのは乗り気では無かったのだ。俺の判断に全てがかかっていると思うと憂鬱な気分になってくるな。


 本来なら今頃は一人で別の街に旅立っているつもりだったのだ。天啓魔法とやらに乗せられたせいでややこしい事態に遭遇してしまった。天啓クエストとやらが全て悪い……。そう、天啓クエスト、天啓クエストだ。あれ、何か書いてなかったか?


 俺は頭をフル回転させて、天啓クエストの文言を思い返した。



【天啓クエスト:ユースラの街を魔鬼から守れ!】



 そうだ。ユースラの街を魔鬼から守れ、だ。ビッグゴブリンの群れに対処できるほどの冒険者が三人、ここに誘き出されている。この状況で無防備になっているのは、果たしてどこだろうか?


「……狙いはユースラか?」

「おやあ? あっさりバレやしたね。どんな魔法を使ったのやら」


 ギギギ、とギャラゴは可笑しそうに嗤った。



   *



 同時刻、ユースラで悲鳴が上がった。


 血まみれになった冒険者を咥えたホワイトウルフが街中に現れたのだ。見る者が見れば、その冒険者がデール・ベイカーであることに気付いただろう。ぐったりして動かないデールをホワイトウルフが投げ捨てる。


 それを皮切りにして、続々と魔物が現れる。ホワイトウルフが、ゴブリンが、クロウベアが、コボルトが、ビッグゴブリンが。これらの魔物にギャラゴから下された命令は唯一つ。


 ――人間を殺せ。

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