第28話 追いかけてもいい?

「ひでえ目に合った」


 全身切り傷だらけになりながら、すわ真っ二つにされるかというところでユララが止めに入ってくれて助かった。連れ込み宿の件に関しては、ユララのほうから誘ったことや連れ込み宿だと知らなかったこと等を伝えた結果、情状酌量の余地アリということになった。まだユララ父は納得していなかったっぽいが、あとはユララがどうにかしてくれるだろう。


「それにしても、屋敷の地下にこんな温泉があるとはな」


 十数人は入れそうな広い石造りの湯船に、かけ流しの温泉。こんな良い風呂に毎日入れるとは羨ましい。メンテナンスが大変そうだが、使用人たちが沢山いる貴族なら維持できるのだろう。せっかくなので温泉浄化魔法を使って風呂場を綺麗にしておく。


 軽く湯に触ってみると少しばかりぬるめの温度だった。かけ湯をしてから肩まで浸かる。肌がすべすべするような感触は、連れ込み宿で入った温泉と似ているな。同じ温泉がこちらにも流れているのだろうか?


「ふぅぅぅ」


 いつもならトテトテと一緒に入るのだが、今はトテトテはユースラ家の庭でお留守番している。流石に魔物を屋敷に連れ込むのは許可が下りなかった。従魔魔法を使っていなければそもそもユースラの街にも魔物を連れ込めないらしいので、従魔魔法を覚えたタイミングは中々良かったと言える。



【レベル22に上がりました】


【剣撃射出魔法を獲得しました】


【剣撃射出魔法:剣撃を飛ばします】



 飛ぶ斬撃、遠距離攻撃系魔法か。火球魔法が全然当たらないから遠距離はちょっと苦手なんだよな。状況によってはそうも言ってられないと思うので、そのうち練習する必要はあるかもしれない。ちょっと剣の達人っぽくて面白いから今度使ってみるか。


 そんなことを考えていると、後ろから少女のような声が降ってきた。


「隣入るわよ」


 この声はユララだ。返事をする暇もなく、左隣から水音が鳴る。距離が近く、俺の腕とユララの腕が触れ合った。少なくとも肌が当たっている部分は服を着ていないのが分かる。ユララのほうを一切見ずに、俺は目を瞑って尋ねた。


「おい、ちゃんと水着は着てるんだろうな?」

「あら、どうかしら? 確認してみたらいいんじゃない?」

「万が一にも裸だったらお前の父親に殺されるだろうが」


 いや、裸を見なくても一緒に温泉に入っているだけでアウトか? 恐れおののく俺をユララが笑い飛ばす。


「大げさねっ。お父様は優しいから怒ることなんて滅多に無いわよ」

「それさっきまで逃げ回っていた俺を見て言ってるんだろうな? この切り傷を見てみろ、ああっ、もう温泉魔法で治ったんだったっ」

「あははっ、相変わらずすごい回復力ね」


 温泉に浸かった時に傷がしみた記憶もないので、浅い切り傷程度だと一瞬で治るのかもしれない。討伐依頼をこなす時は、温泉に近い場所を選べば安全に戦えるな。


 俺が温泉に入っているのを知っているユララが入ってきたのは、先ほどの会話の続きをしたいからだろう。俺は目を瞑ったまま、ユララが話しやすいように促す。


「それで? どうするか決めたのか?」

「ううん、考えてみたけど、すごく難しいわ。全然答えが出なかった」

「まあ、そうだろうな」

「ジンもそういうことあるの?」

「そりゃあそうさ。そういう時は自分で納得のいく答えが出るまで悩むしかない」


 ユララは「そうか。そうよね」と呟く。


「ねえジン」

「なんだ?」

「何日か、何ヶ月か、何年悩むか分からないけど。もしあたしが旅に出たいって結論を出したら、あなたのことを追いかけてもいい?」

「……」

「すごく嫌そうな顔してるわねっ!」

「うははっ、バレたか」


 今は一人旅をしたい気分なんだよなあ。行き先も食い物も全てを俺の意思で決めることが出来ているのは、一人旅だからだ。二人以上の旅ってのは基本的に他人の選択も混じってきてしまう。まあでも、ユララと一緒に旅をするのもそれなりに楽しそうではある。


「俺の行き先に文句をつけないなら、ついてきてもいいぞ」

「やったっ!」


 ユララが俺の腕に抱きついてくる。柔らかくすべすべで温かい感触。断じて布地のそれではない。


「おいっ、本当に水着を着てるんだろうなっ!?」

「確かめてみる? 明日でお別れなんだもの。ちょっとは記憶に残るようにしておかなくちゃ」

「親父さんに殺される前に離れてくれっ!」


 ユララを引きはがすことに成功した俺は、慌てて風呂場を出た。追いついてきたユララと一緒に脱衣所を出たところでユララ父に見つかったのは言うまでもない。



   *



「監視任務は順調です!」


 カプーヤ・リコールカはそう言い切った。言い切ってしまった。各街に点在するスパクア教の教会内では、教徒同士が通信するための映像通信魔法装置が存在する。もちろん、現在の通信相手はアメリア・スターリング大司教である。


「そう。流石ですね、カプーヤ」


 映像通信の中ではアメリアが優雅に紅茶を飲みながら報告を聞いている。


「ところでアメリア様、私がアメリア様の使いであることを、ユツドーさんに伝えるのはダメなんですよね?」

「ええ、なるべくそれは避けて欲しいです」

「理由をお聞きしても良いですか?」

「会いたくても会えない時間が二人の恋を燃え上がらせるからです。カプーヤを通してわたくしとお話できることがバレてしまっては興ざめでしょう?」

「なるほど! 流石アメリア様です! カプちゃん目から鱗が落ちました!」


 その恋、もしかしてアメリア様のほうしか燃えてないかもしれませんよ、とはとても言える雰囲気ではなかった。


「ところでアメリア様。仮に、仮にですよ? ユツドーさんと仲の良い女の子がいて、ユツドーさんがその女の子のご実家に泊まっている、としたらどうします?」

「うふふっ、ユツドーさんに限ってそんなこと、えっ、うそっ、本当に? だってテルスの森で別れてからまだ一ヶ月も経ってない……」


 アメリアの手が震え、紅茶が揺れで溢れる。平静さを装っているが、美しい顔はみるみる青ざめ、手入れの行き届いた銀髪も乱れた魔力によって逆立つ。こんなにも動揺したアメリアを見るのは初めてだった。何が起こるか分からない怖さを感じる。アメリアの数々の武闘派エピソードが頭をよぎった。殺されるかもしれない、とカプーヤは思った。


「わー嘘です嘘です、本当にただの例え話です! ユツドーさんは今も一人旅を続けています!」

「そ、そう? そうですよね? わたくしとユツドーさんは恋人一歩手前の仲ですからね。そんなことありえませんよね」


 アメリア様の一歩ってもしかしてエルニケ王国ぐらいあります? とはとても聞ける雰囲気ではなかった。


 アメリアとの通信が終わってから、カプーヤは「おおおぉぉぉ」と頭を抱えた。


 隠蔽しよう、とカプーヤは固く決意した。ユツドーがユララの屋敷に泊まったのを知った時は膝から崩れ落ちたが、見なかったことにすれば何も問題はない。もしかしてユララのご両親に挨拶をしているのではという疑惑が頭を掠めるが、とにかくカプーヤは何も見ていない。


 まずはとにかくユツドーと同じパーティになるところからだ。そのための秘策は既に用意してある。


「ふふふふふっ、カプちゃんの優秀さを見せつけてやりますよぉっ!」


 教会にカプーヤの不気味な高笑いが響く。翌朝にご近所から騒音の苦情が入り、カプーヤは平謝りすることになった。

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