第26話 vsホワイトウルフ

 街に繰り出した俺たちだが、ちょっとした不測の事態が起きていた。大通りを歩きながら、後ろを気にしつつユララが話しかけてくる。


「ねえ、あの猫人ねこびと、絶対あなたに用があるでしょ。話しかけてあげたら?」

「嫌だね。ああいうヤバい手合いは関わらないに越したことはねえんだ」


 ユララに釣られて、つい俺も後ろを見てしまった。


『パーティ募集! 特に異世界転移者歓迎!』


 先ほどから、怪しい文言が書かれた看板を持った女の子がついてきていた。ピンクのブロンドの髪から同じ色の猫のような耳が飛び出ている。下半身には同じくピンクの猫の尻尾が揺れている。ユララが言うにはそのまんま猫人というらしい。いや、翻訳魔法が俺に分かりやすいように翻訳しているだけなのかもしれないが。


 黒衣の背中には大きな十字架のようなものを背負っている。こっちの世界の住人には伝わらない例え話だがゴルゴダの丘に向かうキリストみたいなことしてるな……。何らかの宗教関係者なのは間違いないだろう。


 俺が見ていることに気付くと、ピンクの猫人は看板の文言を書き換えた。


『パーティ募集! ユから始まってンで終わる名前の人歓迎!』


 見てはいけないものを見た気分だ。前を向き直す。隣を歩くユララがまた囁いてくる。


「ねえ、やっぱりユツドー・ジンに用事があるんじゃない?」

「放っておいたほうがいい。俺には分かる。絶対宗教勧誘だ。なんかよく分からん十字架とか買わされるぞ」

「ジン、あなたの宗教に関する偏見は良くないわよ」


 話しかけたが最後、喫茶店に連れ込まれて絵とか買わされるに違いない。どうしたものかと再度後ろを見ると、目の前まで猫人が来ていた。距離が近い。


「うわあああっ!」

「ちょっと! さっきからなんで無視するんですか! こんなに可愛いカプちゃんが仲間に入りたそうに見てるんだからパーティに入れてくださいよ!」

「すみません、パーティは二人までって決めてるので……」


 俺は断ってそそくさと退散しようとするが、猫人は俺の腰に抱きついて引き留めようとしてくる。


「ちょっとだけ! ちょっとだけでいいから入れてください! なんでもしますから!」

「いいか、お嬢ちゃん。街中で優しく声をかけてくる宗教関係者は九割の確率で詐欺師だ。相手にしないに限るんだよ」

「ジン、あなた全世界の宗教関係者に謝ったほうがいいわよ」


 俺は放ったまま歩き出すが、猫人も泣きながら引っ付いて諦めない。「はーなーせー!」「びぇぇぇ! お願いしますぅぅぅ!」という既視感のあるやり取りを繰り返しているうちに、街中なので周りが俺たちに注目し始めた。ひそひそと「捨て子……?」「虐待……?」等と聞こえてくる。肩の上に乗ったトテトテが「キュポ?」と首を傾げた。


 ユララも出会った時に似たようなやり取りをしたのを思い出したのか、


「少しぐらいは話を聞いてあげても良いんじゃない?」


 と猫人の味方をし始める。俺はため息をつくと、仕方なく話を聞いてやることにした。べそをかいていた猫人が笑顔を咲かせる。


「カプーヤ・リコールカです! ユツドーさんのパーティに入れて欲しいんです!」

「湯通堂ジンだ。なんで俺のパーティに入りたいんだ?」

「理由は言えませんが、全く怪しい者ではありません!」

「怪しい奴はみんなそう言うんだ。ユララ行くぞ」

「ああああああ待ってぇぇぇぇ!」


 今日はやたらと変なやつに絡まれる日だな。撒いてしまうのが良さそうだ。俺はユララの手を握ると走り出した。


 俺とユララのレベルは20前後、走る速度もかなり速くなっている。大した労力を使わずに振り切れるだろうと思ったのだが、カプーヤも中々の速度で追いかけ回してくる。街中での逃走劇が始まった。


 逃げ切ったと思って料理屋で飯を食べたり、魔石屋を冷やかしたり、高台で景色を眺めたりするたびに、どこからかカプーヤは現れて、


「いーれーてーくーだーさーいー」


 と迫ってくる。たまったものではない。逃げているうちに、俺たちは人気のない路地裏まで来てしまった。もうすっかり夕暮れ時だ。まさかここまで追ってこないだろうな?


「ちょっと、ジン……」


 ユララが恥ずかしそうに手元を見る。おっと、ずっと握ったままだったか。俺が手を離すと、ユララが名残惜しそうな顔をした。気まずい沈黙が流れる。何か話そうと思って口を開いた時、ユララが何かに気付いたように俺の服の裾を引っ張った。


「ジン、何か変じゃない?」

「変?」


 ユララに言われて周りの魔力を探ってみると、確かにおかしい。街中ではあり得ないはずのこの気配は。


 曲がり角から、ホワイトウルフが顔を出した。なぜユースラの街の中に魔物がいる? それも一匹ではない、五匹のホワイトウルフが唸りながら俺たちを睨みつけている。いったいどういうことだ。緊張しながらも俺とユララは戦闘体勢を取り、そこで後ろから声をかけられた。


「ふふふ、お困りのようですね。カプちゃんをパーティに入れてくれたら魔物から助けてあげても良いですよ?」

「この声は、カプーヤ! まさかこれもお前の仕業か!?」


 パーティに入りたいがために、ここまでするのか! そう思いながら声がしたほうへと振り返る。


 ――そこには、ホワイトウルフに頭をガジガジと噛まれて流血しているカプーヤが立っていた。


 か、かじられてる……。


「この畜生風情が! 超絶猫耳美少女のカプちゃんをかじるなんて百年早いんですよオラァッ!」


 カプーヤが十字架に魔力を通して鈍器のように振り回す。あれそういう風に使うんだ……。十字架に殴打されたホワイトウルフが吹き飛んだ。仲間がやられたことで怒った他のホワイトウルフたちが一斉にカプーヤに襲いかかる。


「えっ、なんで全員カプちゃんのほうに!? こうなりゃ全員まとめて相手しますよかかってこーいっ!」


 カプーヤとホワイトウルフの乱闘が始まった。大丈夫そうだな。今のうちにこっそり逃げるか。ユララを連れて足音を消してひっそりとその場を去る。ユララが耳元で小声で囁いてくる。


(ちょっといいの? なんだか助けてくれたみたいだけど)

(街中で偶然魔物に襲われてるところを助けに来てくれたって? 怪しすぎるだろ、狂言に決まってる)

(あなたちょっとは人間を信用したら?)


「ほらほら見てくださいユツドーさんカプちゃんの活躍! パーティに一人は必要な殴打担当! ってあれいない!? なんでぇぇぇ!」


 後方からカプーヤの叫び声が聞こえた気がしたが、気のせいだろう。

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