第24話 カプーヤ・リコールカの災難

 スパクア教正神派ヴァルガロッタ所属、カプーヤ・リコールカ、猫人ねこびと族、十四歳。ついに自分の時代が来てしまったか、と思った。


 思えば長い苦難の道であった。ヴァルガロッタに所属するためには三つの魔法象徴シンボル、すなわち十字架、星石、隠密衣を使いこなす必要がある。個々人によって魔法象徴シンボルの適性は違い、長い修練の末にどれか一つでも基準に満たなければヴァルガロッタ入隊への道は途絶える。


 カプーヤは十字架と星石の適性は凡人の域だったが、隠密衣の適性は同期の中でもずば抜けていた。厳しい訓練を乗り越え、無事にヴァルガロッタへの入隊に成功。その直後の出来事である。


「今からあなたに重大な任務を託します」


 なんと大司教アメリア・スターリング直々の任務を拝命したのである!


 全天のアメリアと言えば知らぬ者はいない武闘家だ。今でこそ冒険者稼業は休止しているようだが、一時期は冒険者たちの投票によって決まる「最強の冒険者は誰かランキング」で堂々の一位であった。同時開催の「絶対結婚したくない冒険者ランキング」でも一位を取ったので堂々の二冠である。アメリアが暴れ回ったためにこのランキングは廃止されたが。


 ともかく、アメリアはその戦闘力でスパクア教の怨敵を討伐し、大司教の位階にまで上り詰めた魔法使いだ。英雄として人望もあるアメリアは、他の司教よりも大きな権限を有している。


 そんなアメリアに直接声をかけられての任務、成功すれば出世街道まっしぐらなのは間違いない。いやーカプちゃんの時代来てしまったかー、むしろ時代がようやくカプちゃんに気付いてしまったかー。カプーヤは調子に乗りまくった。


 アメリアから与えられる任務を頭に刻み込む。任務は大きく分けると二つだ。一つ目、異世界転移者を監視すること。二つ目、異世界転移者と誰かが恋仲になりそうな場合は邪魔をすること。


 ……二つ目、なんだ?


 カプーヤは困惑して周りのヴァルガロッタを見るが、誰も助けてくれそうにない。良くも悪くもヴァルガロッタはアメリアを信奉しており、多少の疑問は飲み込んでしまうのだ。入隊したばかりのカプーヤは、その辺の機微が読み取れずに普通にアメリアに質問した。


「あの、アメリア様。なぜ、異世界転移者の恋路を邪魔する必要があるのでしょうか?」


 アメリアはそんな質問に機嫌を悪くするどころか、むしろ話したくて仕方がないとばかりに笑顔を咲かせた。


「よくぞ聞いてくれました。わたくし、今、ユツドーさんと、とても良い感じなのです」

「はあ、なるほど。その、ユツドーさんという御方と、恋仲になったということですか?」

「まだ恋人ではありませんが、寸前、と言っても過言ではないでしょう」


 アメリアは自信満々に言い切った。その後、アメリアはユツドーとの出会いから別れまでの顛末を語った。カプーヤはじっとして聞いていたが、かれこれ二時間近く聞いたところでまだ終わりそうに無かったので、口を挟んだ。


「なるほど、分かりました。異世界転移者であるユツドーさんとスパクア教徒であるアメリア様が結ばれるために、障害があれば排除しろということですね?」

「ええ。つまりそういうことです」


 異世界転移者をスパクア教に取り込む意義は大きい。女神スパクアと出会ったことのある人間は異世界転移者以外には存在しないからだ。冗談じみた任務だが見た目よりも遥かに重要な任務だ。


「分かりましたね?」

「は、はいぃぃぃぃぃ」


 アメリアに肩を掴まれて思わず声が震えてしまった。ともかくアメリアは魔力の総量がバカでかく、シンプルに怖い。


 それはともかく、ついてるな、と思った。アメリアの話によると、ユツドーとやらはアメリアにべた惚れで、浮気するようなことは絶対に無いらしい。もう一緒に温泉に入るぐらいのねんごろな関係のようだ。つまり、カプーヤの仕事は監視以外はほとんど無い。それで大司教アメリアの覚えが良くなるのだから楽な仕事である。


 頭の中でカプーヤは出世街道を突き進み、ヴァルガロッタの隊長に上り詰めて札束のお風呂に浸かって高笑いをする。うひひっ、カプちゃんの人生、らくしょー!


 これで万が一にもユツドーに他の恋人ができていればアメリアの機嫌を損ねるだろうが、アメリアの話だとその可能性もない。カプーヤは既に油断していた。


 カプーヤはユツドーの後を追った。スパクア教徒には血液から居場所を探る魔法があるため、居場所を追うのは簡単だ。カプーヤにとってはもう任務ではなく、ちょっとした観光ぐらいの気持ちであった。途中の街に遊びに寄ったり、ユースラについてからも温泉に入ってのんびりした。油断しまくりであった。


 ユースラ名物であるヂツノーペをかじりながら、カプーヤは思った。そろそろユツドーさんの監視に移りますか、まあ何の問題も無いでしょうけど!



 ユツドーはユースラ領主の娘と連れ込み宿に入っていった。



 カプーヤは膝から崩れ落ちた。残っていたヂツノーペを落としてしまうほどの衝撃であった。話が違う、と思った。


「もしかして詰みました……?」


 ここで正直に「ユツドーさん、良いところのお嬢さんと連れ込み宿に入っていきましたよ! いやー、アメリア様とは遊びだったみたいですね!」と報告するとどうなるか。頭の中で、アメリアが笑顔のままカプーヤの頬を張った。最強の武闘家のビンタは一撃でカプーヤの頭部を吹き飛ばす。


 こ、殺される……。


 怯えきったカプーヤは、この事はまだ報告しないことにした。カプーヤはいまいち詳しくないが、世の中には一晩だけの関係というのもあるらしいではないか。それなら、カプーヤが報告さえしなければ、この件は無かったことにできる。よし、そうしよう。


 カプーヤは見なかったことにして、得意の隠密で一週間ほどユツドーを監視した。



 二回、ユツドーとユララは連れ込み宿に入っていった。とても仲睦まじい雰囲気だった。



 再びカプーヤは膝から崩れ落ちた。


「つ、詰んだかも……」


 既にユツドーとユララは恋人なのかもしれない。ユツドーさんはアメリア様にべた惚れ、という話はどこにいってしまったのだろうか。心変わりか、それともアメリア様の主観があてにならないのか。いやいや、結論を決めるのはまだ早い。


「例えば、連れ込み宿に入ったのは温泉が目当てで、実はユツドーさんとユララさんは何もしていない。いたって健全な関係――そんなわけないでしょう!」


 自分で言っていて無理があったので叫んでしまった。しかし、そういうことにしておけばまだ間に合う。多分。


 ともかく、上手いこと異世界転移者に近づいてパーティに入れてもらって、事態を良い感じに収拾しなくてはならない。


 どうにか立ち直ったカプーヤは、ユツドーの監視任務を続けた。



 ユツドーがユララの婚約者を決闘で倒した。完全に恋人を取り合う感じの決闘であった。



 三度カプーヤは膝から崩れ落ちた。


「カプちゃんの人生、詰み。詰みです。なんでぇぇぇ。どうしてぇぇぇ」


 隠密魔法によって誰にも気付かれないまま、カプーヤはしくしくと泣きむせた。

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