第20話 良いとこのお嬢様

 ユララは顔を引きつらせたままダブルベッドに潜り込んだ。そのまま「あああああっっ!」とか「うううう~~~~っ!」とか叫びながら足をバタバタと動かす。しばらく観察しているとやがて動きを止めて大人しくなり、掛け布団に引きこもったままダンゴムシのように丸くなる。


「バカだったわ……死にたい……」


 見ているだけで面白いが、このまま放っておくわけにもいかない。


 何もせずに引き返すのもアリだろうが、10ダラーという現時点では大金を払って温泉に入らないのも勿体ない。俺は誤魔化すように咳払いをしてからユララに声をかける。


「あー、水着買ったんだろ? 温泉だけ入ったら帰ろうぜ」

「一人で入って……そしてあたしを殺して……」


 重症だった。もちろん一人で温泉に入っても良いのだが、布団の中で呻いているユララを放っておくのも気まずい。ユララを立ち直らせる方法を考えた俺は、一芝居打つことにした。ダンゴユララに優しく声をかける。


「白い水着買ってたよな? あれ似合ってたよなー」

「…………!」

「すげえ可愛かったもんなー。また見たいなー」

「…………っ!」


 またもユララは足をバタバタさせてから、ひょこっと顔だけ布団から出した。ニヤつきを抑えきれないような変な顔をしながら、


「そ、そーお? まあ、ジンがどうしてもって言うなら、着てあげても良いけど?」


 と機嫌を治す。チョロい。そのままユララは掛け布団の中で着替え始めた。


「ちょっとジンッ! こっち見ないでよねっ!」

「おう。先入ってるわ」


 俺は手早く脱いで水着に着替えると、小型化したままのトテトテと一緒に浴室に入った。


 大木を丸ごと使って彫ったような湯船に温泉浄化魔法を使う。ただの連れ込み宿にかけ流しの温泉がついているとは中々豪華だ。温泉神スパクアを信仰する異世界、本当に色々なところに温泉があるな。


 小さいままのトテトテが溺れないか心配だったが、試しに湯船に入れてみるとプカプカと浮いた。これなら大丈夫そうだ。トテトテと一緒に湯船に入る。


「ふぅぅぅ」

「キュポォォォ」


 温度はかなりぬるめ、湯船は広く木製の清涼感もあって中々良い。



【レベル14に上がりました】


【防御力強化魔法を獲得しました】



 防御力強化はなかなか悪くないな。最高級温泉に入るまでは生き残るのが一番大事だからな、と考えてると、白いビキニを纏ったユララが浴室に入ってきた。なかなか湯船に入ろうとせずに、俺の方を見ながらモジモジと身体をくねらせている。妙な態度に首を傾げてから、水着の感想を求めているのだと気付いた。


「似合ってるぞ。可愛い」

「……! まあねっ!」


 ユララは笑顔を浮かべると、湯船に入って俺の隣を陣取った。二人で入るには広い湯船なのでもっと離れた場所に座れるはずだが、肩と肩が触れ合うほどに近い。連れ込み宿に男と二人で入ってると自覚しているのだろうか? 青年時代の俺だったら、こんな美少女と一緒に温泉に入ったら心臓が爆発するほど緊張していただろう。


「ふぅ。気持ち良いわね」


 艶めいた声を出しながら、ユララが湯船の中で足を伸ばす。


「こうしていると、またあたしのレベルも上がるのかしら。あたし、レベル6だったのに、さっき冒険者ギルドでステータスを確認したらレベル8に上がっていたわ」

「そりゃおめでとさん」

「温泉に入るだけでレベルが上がるだなんて、規格外の魔法ね。この魔法は、あまり人には言わないほうが良いと思うわ。恵まれた才能を祝福できずに、嫉妬する人たちもいるだろうから」


 同じようなことは俺も考えていた。仲間のレベルも一緒に上がる効果を利用するために、近づいてくる人間も出るかもしれない。ユララがそうだとは思っていないが、一応聞いてみることにした。


「ユララは俺が恵まれていてズルいって思うか?」

「ううん、思わない。周りをズルいって責めたところで、あたしが成長することは無いもの。あたしはただ、自分が持っている才能と環境の活かし方を考え続けるだけよ。まあ、あたしも恵まれているほうってのもあるけどね」


 配られたカードで勝負するだけ、という訳だ。頼もしい限りである。


「ねえジン、あなた異世界転移者って本当?」

「ああ、そうだ」

「そっか。ふふっ、そうなんだ」


 ユララが嬉しそうに笑って、揺れる腕がこちらに当たる。


「勇者が異世界転移者だった、って話はルイザさんから聞いたわよね? あたし、ずっと勇者パーティに憧れていたから、本物の異世界転移者に会えるなんてなんだか夢みたい」

「一応言っておくが、俺を勇者だなんて思うなよ。俺は温泉巡りの旅をしたいだけだからな」

「それはそれで大物よね」


 くすくすとユララが笑う。


「ジンはこの先、色々なところを旅するんでしょうね。羨ましいわ。あたしはこの街を出ることなく、ただ勇者の旅に憧れる日々を送るだけ。これまでも、これからも」

「別に好きに旅すりゃあいいじゃねえか」


 俺の無責任な物言いに、ユララは悲しげな笑顔を返す。


「できないわよ。ねえ、ユースラを周ってどう思った?」


 ユララと二人で周ったユースラの街を思い出す。活気に溢れた人々が行き交う街。


「良い街だとは思ったな」

「でしょ? あたし、ユースラが好き。あたしにはね、お父様が決めた婚約者がいるの。領主の娘であるあたしが結婚すれば、この街はもっともっと良くなるわ。だから、勇者に憧れる田舎娘のごっこ遊びは、この街で冒険者の真似事をして、それでおしまい」

「領主の娘ねえ。良いとこのお嬢様なんだな」

「そうなの。良いとこのお嬢様なのよ」


 俺からすると街のために結婚するというのはあまり理解できない価値観だが、ユララが決めたことならば、それに口を出す気はない。どうせ俺は流浪の旅をする男で、この少女とはすぐに別れる時が来るのだ。俺に出来るのは、別れるまでの時間に少しばかりの彩りを加えることだけだ。俺はことさら明るい声を意識してユララに笑いかける。


「まっ、しばらくはこの街にいるんだ。明日から冒険に付き合ってもらうぞ。勇者ごっこをするには人数が物足りないだろうが、そこは勘弁してくれ」

「あははっ、許してあげるわ。冒険だけじゃ勿体ないわね。まだまだこの街には良いお店があるんだから、もっと案内もしてあげるっ!」


 一緒にいる間は楽しくやろうぜという意図が伝わったのか、ユララも笑い返してくる。


 この後もユララとの楽しいお喋りは続き、危うく連れ込み宿の退室時間を過ぎるところだった。明日も冒険する約束をユララとしてから別れると、俺は本日泊まる予定の安宿へと向かった。

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